ルックアットザ
“うおおおおおおおあああああ!!!”
テラベルトは斧を振りかぶる。
その身に、周囲の炎が渦巻く様に吸収されて行く。
“《地対地超高出力斬り》!!!”
テラベルトの周囲の空間が一瞬歪む。
次の瞬間には、テラベルトの前方にある目視可能な物体全てが、横に振るわれた斧の高さの所で切断される。
一刻遅れて、熱風と斬撃音が、斧の斬撃の軌跡を追い掛ける。
「凄く…危ないですね。」
対するティーミスは、少し屈むだけで回避してしまった。
特別なスキルも何も使っていない。
ただ、先程のテラベルトの一撃が想定している敵よりも、ティーミスが小柄だったと言うだけだ。
斬撃に当たり、遥か後方に弾き飛ばされた巨剣を引き寄せながら、ティーミスは首を傾げる。
「英雄さん、ちゃんと私の事は見えてますか?」
テラベルトとのその挙動は、ティーミスの背後に巨大な敵を見ているかの様だ。
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ハイチャージに成功しました。
回避した技の威力に対応する《破気》を手に入れました。
《破気》×10
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「…今度こそ、見てやります。多分、一番かっこいい技!」
ティーミスは巨剣を振りかぶると、そのまま紅色の天空に向けて放り投げる。
《天地亡滅剣》の発動までの数分間、ティーミスは丸腰になる。
“あああああ…鬱陶しい侵略者どもが!皆殺しにしてくれる!”
「だから…私は一人ですって!こんな事…言わせないで下さい…」
ティーミスはテラベルトの台詞に落ち込みながら、自分の顔の前で拳をかちんと突き合わせる。
ダメージは通らなくとも、仰け反りやノックバックによる時間稼ぎは狙える。
“うおらああああああ!!!”
テラベルトの斧が振り下ろされる。
ティーミスはその斧を右手の甲で受け止めるが、当然その手には傷が出来る。
「…効くかわかりませんが…」
ティーミスはテラベルトから距離をとり、傷口からかなりの量の血を吸い出し口に含む。
そうして、再びテラベルトを視界に収めようと顔を上げるが、どうにも見つからない。
上空から、微かな熱風が流れる。
“叩き斬ってやらあああああああ!!!”
「…ゴポ!?」
ティーミスは慌ててバックステップで距離を取る。
先程までティーミスの立っていた場所には、変わりに巨大なクレーターが刻まれる。
慌てて吐き出されたティーミスの血液は、空気中に出た瞬間に蒸発し焦げ消えてしまう。
「飛びましたね。ぴょーんって。」
ティーミスは率直な感想を述べる。
実に豪快な奇襲方法ではあったが、既にタイムリミットは訪れていた。
紅色に染まる天空に負けず劣らずの赤い光を帯びた巨剣が、戦場の中心に向けて落下している。
ティーミスは少し得意げな笑みを浮かべ、戦場の端まで移動する。
“何…だ…身体が…”
《天地亡滅剣》。
今現在ティーミスが使う事が出来る中で、最も強力な攻撃スキル。
一度発動すればその膨大な攻撃範囲は強力な移動速度デバフギミックが発動し、回避はほぼ不可能。
「… これで駄目だったら、もう打つ手はありません。」
ティーミスは右手で赤黒の半液を捏ねながら、事の成り行きを睥睨する。
自身のスキルによっては、ティーミス自身が傷付く事は無い。
紅色の光を放つ巨剣の切っ先が地面に突き刺さり、そこを中心とした半球系の爆風が巻き起こる。
爆風は、戦場は愚か付近の火の粉も、空に掛かっている分厚い赤い雲も、テラベルトの背後にあった塔の残骸すらも、全てを消し飛ばす。
「…にぇ…」
紅い天に穴が空く。
茶色い埃によって燻んだ青空が、その穴から地を覗く。
ダンジョンとしての天地が滅された結果、皮肉にも、しばしの間だけ天地は本来の姿を取り戻した。
“あ…が…”
テラベルトは、突き刺さる巨剣の傍で蹲っている。
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【憤怒の将軍 テラベルト】を撃破しました
9813231EXP 401666G
・地対地戦術武斧〈火〉
・騎戦用ナンディンの頭骨
[火]ダンジョン30層目をクリアしました
おめでとうございます!
LVが99→100(MAX)に上がりました。
称号「頭打ち」を獲得しました。
2の余剰経験値が蓄積されました。
スキルポイントを502獲得しました。
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縦長のウィンドウを眺め、ティーミスは優越感に浸る。
ティーミスは、現実逃避の為に潜り続けたダンジョンによって、カウンターストップまで到達する事が出来た。
「…これで…少しは楽に生きられますかね…」
確かに強くなる事も重要だが、別に強くなったからと言って幸せになれる訳では無い。
むしろ、ティーミスは強くなればなるほど、世間ではそれを危険度として見なされる。
悪役とは、辛い職業だ。
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【地対地戦術武斧・火】
スティーン軍の使用する一般的な近接武器です。
モジュールを付け替える事により、属性を変更する事が出来ます。
攻撃力+600000
火属性+75%
攻撃速度-90%
【騎戦用ナンディンの頭骨】
テラベルトが仮面として使用していたナンディンの頭骨です。
スキル《遺物よりの徴兵》解放後に使用可能。
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ティーミスはスキルボードを開き、スキルツリー画面に移動する。
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未習得項目が現在283件あります。
一括で習得しますか?
(キープログレスは除きます)(習得の反映には時間が掛かる場合があります。)(精神に極度の負荷が掛かる場合があります)
〈はい〉〈いいえ〉
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ティーミスは、肯定のボタンに触れる。
仮にこのボタンを押した事によって、ティーミスの身体が異形の怪物に成り果てたとしても、後悔は無かった。
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一括習得を開始しました。
完了まで残り、30.00
29.59
29.58
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不意にティーミスは、自らの失態に気が付く。
まだ『審判相』が、《オーディン》一つしか開放出来て居ないのだ。
これでは、いつ身体が乗っ取られるとも知れない。
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精神干渉無効が発動しました。
精神干渉無効が発動しました。
精神干渉無効が発動しました。
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「…?」
ティーミスは周囲を見回してみるが、敵らしきものは見当たらない。せいぜい、目の前で倒れているテラベルトくらいだ。
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精神干渉無効が発動しました。
精神干渉無効が発…
同様のメッセージが100件以上検出された為、自動的にこのメッセージを非表示設定にしました。
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「…まさか…」
ティーミスは目を閉じて、少しの間心を落ち着ける。
自身の精神の奥底で、何かが騒ぐ声が聞こえる。
ティーミスの中に囚われている、大罪人達の残留思念だ。
ティーミスは思わず嘔吐する。
あくまでもスキルの習得によって増幅しただけであり、残留思念そのものは元からティーミスの中にあったものだ。
ああ、鬱陶しい侵略者“ども”が。
テラベルトの方がむしろ、ティーミス自身よりもティーミスの事が良く見えていた。
「私は…何…?」
ティーミスは、自分を見失う。
そもそも、今の自分は本当に本物の自分なのだろうか。
本当のティーミスは、あの日監獄の中で死んでいて、今の自分は、“ティーミス”と同じ記憶を持っているだけの全くの別物なのかも知れない。
永遠にどちらとも証明する事の出来ない問いに、ティーミスは怯え始める。
「私は本当に…ティーミス・エルゴ・ルミネア…なの?」
そもそも記憶とは、自我とは、自身を自身と証明する物は何だろうか。
一応は脳に収納されている情報の集合体と言う事にはなっているが、実際物事はそう単純では無い。
脳組織も生体組織故に、必ず代謝が起こっている。人間の場合、脳の全ての細胞は一年で入れ替わってしまう。
一年前の自分と、今の自分は、本当に同一人物だろうか。
ティーミスの場合は、死ぬ前の自分と今の自分は、同じ存在なのだろうか。
11歳の内気な少女では耐えられない程の思考の渦にティーミスが飲み込まれようとしていた時、不意にそれは起こる。
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警告
緊急クエスト『英雄の激昂』発生
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