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半丁賭博

セガネ国。王城、玉座の間。

国王は一人、ぐにゃりと歪んだ玉座に座り、頭を抱えて俯き、必死に思考を巡らせている。


帝国の用意した大隊を打ち滅ぼし、選りすぐりの冒険者達の心と骨をへし折り、ティーミスは何をしたか。

ただ、あまりいい噂の立たない立法官一人を惨殺しただけだ。

ただ一人の人間を殺す為に、明らかにそれ以上の大仕事をこなしている。

否。もしかすればティーミスにとっては、単身で軍隊と戦う事くらいならば苦でも無いのかもしれない。


自らを痛めつけ、凌辱した相手への復讐。

人智を超越した少女だが、その行動動機は実に人間らしい物だ。

一度目的を達成すれば、市民は愚か戦意を失った騎士や冒険者にすら、ティーミスは汚れ一つ付けずに帰って行ってしまう。


「王様。もしも帝国との縁を切ってくださるのなら、私はもう二度と此処には来ません。

…いえ、来ます。困り事があればいつでも呼んで下さい。チェスのお手伝いくらいならしてあげます。」


ティーミスが去り際に吐いたその台詞が、セガネ王の脳内をずっと漂い回っている。

人類創世記からの由緒を誇る大国か、つい数ヶ月前に現れた無双少女のどちらに従うか。

セガネ国王に突きつけられたのは、そんな究極の半丁賭博だった。


コンコンと、ノックをする具合に壁を叩く音が聞こえる。

ドアが破壊されていた為来客の姿が丸見えであったが、国王も一応のしきたりに従う。


「入りたまえ。」


玉座の間に現れたのは二人のスーツの男。

一人は、巻かれたカーペットの様な物を背負っている。


「はぁ…今度は誰だ。」


「ケーリレンデ帝国第三皇子にあられまするギズル・ケーリレンデ陛下が、殿下との謁見をお望みでございます。」


「…そうか。」


今までは隣国の役人や顔見知りの貴族達だったが、今回は訳が違う。

セガネ王は、服の折り目を正し、背筋を伸ばし、深呼吸を一つして心を整える。


スーツの男の一人が、背負っていた巻き布を床に広げる。そのカーペットには、とりどりの糸や装飾によって魔法陣が刺繍されていた。

もう一人の男が、ポケットから透明な粉の入った小瓶を取り出し、内容物を一つまみ、その魔法陣の上に振り掛け簡単な呪文を唱える。

布の上の魔法陣は淡い光を放ち、次の瞬間その魔法陣の上には、背の高い男が出現する。


赤い毛皮のロングコート。その下の軍服にはとりどりの勲章。頭には額にはめ込むタイプの金色の王冠。手には王尺。

遠隔ではあるものの公務と言う事もあり、その服装は大国の皇子としての威厳を惜しげも無く振りまく為の正装だった。


「久しいな。セガネの王よ。」


「これはこれは陛下。変わらず御健気そうで何より。」


「…それで、わざわざ私を呼びつけるのは相応の理由があるのだろうな。」


「ええ。今日は重要な話が…」


咎人の復讐対象を炙り出し事前に処刑してしまえば、咎人の脅威から逃れられる可能性がある。

そう伝えるつもりだった。

ティーミスの討伐対象は、自身を汚した者ともう一つ、自身から全てを奪い去った帝国そのものだ。

この世界からケーリレンデの名が消えるか息絶えるまで、ティーミスの復讐は終わらないだろう。


「…今日付けで、我々セガネ王国は、貴方方との同盟を破棄させて頂きます。」


「…何…?」


玉座の間の空気が、突如凍て付く。


「…セガネの王よ、冗談にしては悪趣味が…」


「冗談などではありません。」


「貴様、我らが偉大な祖先の築いた、数十世紀の盟約を、たかが小娘一人の為に破棄すると言うのか!」


「あれは小娘などではありません!ギフテッドです!…それに、数千年前と今では状況も違います。帝国はかつてよりも強大になっている代わりに、誠実さを忘れてしまいました。

我々はもう古の形に囚われず、前に進むべきだ。…それが今回の騒動で、私が学んだ事です。」


「…まさか、帝国が信用できぬのか?帝国が、あの小娘に敗れると!?」


「もしも帝国が咎人に勝った時は、私が間違っていたと言うだけでございます。私の首でも何でも、好きにすれば良いでしょう。」


次の瞬間、セガネ国王ははっと我に帰る。

自身はじきに退位する事になっている。

息子に、随分と大きな課題を作ってしまった。

いや、あの子ならきっと大丈夫だろう。

セガネ王は、そんな確たる自信にほくそ笑む。


対するギズルは、酷く憤慨した様相を見せる。

ケーリレンデ陣営からのセガネの離脱は、損害としては決して看過できない物なのだ。


「まさか、咎人が貴殿らを救うとでも思っているのか?奴がこの大陸を、雪と氷に閉ざさんとしているのは承知だろう!」


「その程度なら魔法壁と防寒装備でどうにでもなるでしょう。…むしろ、絶滅寸前のスノーエルフがまた増えるかもしれませんね。」


「お…お前に人間種としての誇りは無いのか!」


「別に、いつでも人間が頂点で無くても良いのでは?これが、草一本生えぬ煉獄になるとかであればまた話は違いますが。」


「…どうやら、君と我々では根本的に思想が違う様だ。

ケーリレンデ帝国はこれより、セガネ王国の同盟指定を解除し、要注意敵対国家として取り扱う。良いな?」


「ええ。その方がお互いの為ですとも。」


ギズルは苛立った様子で通信を切る。

従者二人はしばし呆気にとられていたが、すぐさま我に返り撤収していく。

セガネ王は、そんな二人の後ろ姿をしばし眺める。


「その…ありがとうございます。」


「君か。」


玉座に寄りかかる様に、少女が一人。

ティーミスだ。


「勘違いしないで頂きたいのは、我々は決して、君の事を信用した訳でも、君の味方になる訳でも無い。

あくまで約束通り、君に従い同盟から脱退したと言うだけだ。出来れば君も約束に従って欲しい所だが…」


「そうですね…少し考えます。」


ティーミスは、何かを叩く様に指を宙に燻らせる。

ティーミスの操作しているウィンドウは他人からは見えない為、側から見ればその作業は、“妙な手癖”にしか見えなかった。


「これ、あげますね。」


その言葉を最後に、ティーミスの気配が不意に消える。

不思議に思ったセガネ王はティーミスの声のした方を振り向くが、そこには当然ティーミスは居ない。

が、代わりに、真新しいハンドベルが一つ。


「ふ…これで呼べと?まるで召使いだな。」


ーーーーーーーーーー


【星遠のコールベル】

鳴らすと、持ち主に通知が届くハンドベルです。

使用制限はありませんが、その他の効力は持っていません。



『爺!爺!…はぁ、お城が大きすぎて、これでは人も呼べやしませんわ!』


ーーーーーーーーーー


セガネ王はそのハンドベルを懐に仕舞い込むと、壊れかけの玉座に深く腰掛ける。

その内、もしかすれば退位する前に、最後に一つ大掛かりなチェスを指す羽目になるのかも知れないのだ。

あまり、余計な事に頭を使っても仕方が無いだろう。



〜〜〜



旧ジョックドゥーム監獄跡地。

ティーミス脱獄後初めて、そこに大人数の調査隊が送り込まれた。


「おい、あれが冷気の発生源か?」


純明な過冷却水が、外壁の切れ込みから滝の様に流れ、闘技場の様な構造になっている処刑場へと流れ込んでいる。

大部分はその衝撃によって氷塊に変化するが、一部は液体のまま流れ落ち、処刑場の地面に薄く張っていた。

元が牢獄だとは思えない程に、聖域の様に神秘的な光景に一行は多少の戸惑いを覚える。


「…見ろ。あそこ。」


騎士達の氷漬けの遺体が、まるで時を止めたかの様に過冷却水の湖の上に横たわっている。

腐敗は愚か、少しの劣化も見られぬその骸は、氷を払えば今にも動き出しそうだ。


「…おい。お前達。」


調査員達の足元から、ふとそんな声が聞こえる。


「うわあ!?アンデッドが出た…って、貴方は確か!」


「感嘆している暇があるのなら少し手を貸してくれ。この通り身体が氷漬けなんだ。」


仰向けに倒れたまま凍り付いていたチゥウデーンが、困った様子で調査隊員達にそう話す。


「チゥウデーン様…ああ良かった。資料上では貴方は死んだと…」


「ああ。死んでいるとも。もうずっと前にな。」


「いえ、そう言う訳では…」


「取り敢えず、私を此処から引き剥がして…いや、氷ごと運び出してくれないか。話したい事が山程あるんだ。」

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