少女が眠れば世界は歪む
月の出る夜。
夜風に撫でられ、少女はオンボロベッドの上で、一人穏やかな寝息を立てる。
復讐の達成が効いたのか、ティーミスの不眠症は治っていた。
目標を達成して、自分が優れた存在だと思う出来事が、ティーミスが孤独への不安や死への恐怖をひととき忘れる為の、最善の処方薬だ。
心の弱いティーミスが、夜にちゃんと眠れる様にする為の復讐計画だった。
他の全ての存在にする様に同じく、夜はティーミスをそっと包み込む。
孤独は辛いが、孤独でしか得られぬ物だってある。
鼓膜とメンタルと、それから喉を休める時間。他にも色々ある。
数時間が経った。
東の空が朝焼けの染まる。
「…っんー」
ティーミスは目を瞑ったまま状態を起こし、両腕を上げ、ぐいと一つのびをする。
ガラス板の無い窓からティーミスの部屋へと、冷たく乾いた秋風が走り抜ける。
ティーミスは瞼をゆっくりと開け、その瞳を朝の光にゆっくりと慣らして行く。
さて、今日は何をしようか。
誰が指図する訳でも無い。
なんならこのまま丸一日をベッドの上で過ごしても、一日中を全てうたた寝で消費しても、誰に何を言われる事も無い。
ティーミスは孤独だったが、孤独はティーミスに行動の自由を齎した。
さて、今日は何をしようか。
ティーミスは掛け布団一枚だけを纏ったまま、文字通りのウィンドウショッピングを開始する。
今日はどんな物が置いてあるだろうか。
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【プラクティススタッフ】8000G
プラクティスモードを使用する事が出来る長棍です。
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特に何を買うとも決めていなかったティーミスだが、たまたま目に入ったその商品に心惹かれ、有り余るゴールドを使って購入に踏み切る。
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おめでとうございます。
ショップレベルが上がりました。
LV1 フリーマーケット
↓
LV2 売店
一部商品の値段が下がりました
新たな商品が入荷しました。
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ティーミスはそのままアイテムボックスの中に手を突っ込み、プラクティススタッフとやらを引っ張り出す。
その見た目は、黒く塗装され、図式化された蔦の彫刻が施された金属の棒だ。
先端が丸くなっている、本当にただの棒だった。
ティーミスはふと外の様子を伺う。
勿論、今だけ都合良く、ティーミスへの挑戦者などは居なかった。
戦いが無いのは、良い事だ。
ティーミスは、手に持っていた長棍を再びアイテムボックスの中に収納する。
ふと青空を見つめる。
雲一つ無い鮮やかな秋晴れだ。
「…ほぉ…」
早朝だと言うのに、ティーミスの瞼は再び重たくなって行く。
いつ起きるも、いつ寝るも、自由。何をするも、しないも、ティーミスの勝手。
少女の気まぐれを、そのまま実行に移すだけの、猫の様な日々。
ティーミスは、戦い以外の時はそんな日々を送っていた。
恐怖と苦痛で再び心が壊れてしまうまでの間の、束の間の休息だった。
〜〜〜
理解したつもりでいた。
既に既知となっていると。
違った。
その日は早朝から、セガネ城の軍法会議所には沢山の人々が押しかけていた。
ケーリレンデの重役や、冒険者協会の事務員に書記。参加を希望した有力騎士や冒険者も居る。
部屋の正面には黒板があり、そこには即興の情報書類が貼り付けられている。
紙は、横並びに3枚ある。
“召喚実体1
元ケーリレンデ帝国最高顧問部女官 故ピスティナ・クル
武器魔法の超強化型スキルを扱うスプリンター。
詳細は帝国人事資料「ピスティナ・クル」を参照
召喚実体2
吸血鬼専用スキル《紅の武装》を使用する事から、かつては吸血鬼又はその亜種であった可能性が高い。
しかし太陽を克服していると見られるため、故クル氏同様、異常な変貌を遂げている模様。
召喚実体3
種族はドラゴンファントムと推定される存在。
超大型魔法を陣も詠唱も無く発動する事が可能で、旧ジョックドゥーム寒冷化現象とも何かしらの因果関係が存在する可能性がある。”
ティーミスに、エヴォーカー的な性質が存在する事が判明した。
それも、殺めた強者を異形に作り変え強制的に使役すると言う、恐ろしく冒涜的なスキル。
ネクロマンスと召喚術の融合の様な、道徳を無視すれば実に魅力的なスキル。
「…もしかして…コルボ隊長も…」
「なあ…ドラゴンが使役出来るんなら…もう何でも使役できるんじゃないのか?」
未知は畏怖を産み、畏怖は憶測を生み、憶測はやがて恐怖を育てる。
特に、未知との対峙に慣れていない若手の者らは、その影響が顕著に現れた。
「それで、そのスキルの代償らしき物は確認されたか。又は、何かの条件が揃っているかとか。」
一人の帝国騎士団書記が、表情一つ変えること無く正面に立つセガネの情報官に問いかける。
そのスキルが、どれ程強大でも、どれ程常識から外れていても、スキルには全て対価やデメリットが存在する。
殆どの場合、自身の魔力かスタミナか、はたまた一定の体力だが。
「その点につきましては、彼女から説明があります。」
情報官が、そこに同席していた女性を指名する。
対“咎人”レイドクラン責任者の、リニー・ベルトだ。
「はい。私がピスティナ先…召喚実体1を討伐した時とほぼ同時刻に、咎人の一時無力化、又は死亡が確認されました。
恐らくですが、咎人はこれら主力級召喚物と、命の一部を共有している、又は何かの誓約に縛られている可能性があります。
これらの主力級召喚物は我々の脅威であると同時に、彼じ…咎人に有効打を与える上でも重要であると言う結論に至りました。」
通常のエヴォーカーであれば、使役する召喚物が死亡した場合でもその死が術者まで伝搬する事は無いし、術者が死亡したとて、それが原因で召喚物が後を追う事も無い。
恐らくはカルト的な誓約か、はたまたスキルの副作用としての呪いの類がそこには存在する。
そして、そんな代償の発覚は、同時に、酷く絶望的な真実も同時に導き出された。
討伐された場合に、自身にもデメリットがある様な駒ならば、本来ならばわざわざ参陣させるべきでは無い。
自身の側に付け、援護役として使用する筈だ。
実際に一度そう言ったシナリオは発生したし、その裏に何かの策がある様にも思えない。
ティーミスは単純に、失敗したのだ。それも恐らく、自身のスキルへの不理解が原因で。
ティーミスはまだ、自身のスキルを完全に把握していないし、次第に学習を積み重ねている。
それが、今回の戦闘で導き出されたティーミスの現状の可能性だ。
実際の所は、後付けされているのはティーミスの知識では無くスキルの方なのだが。
考えれば、不合理な事など何処にも無い。
ある日11歳の少女が、世界の全てを思いのままに変えられる力をポンと渡されて、果たしていきなり使いこなせるだろうか。
魔術師だって、素質があるからと言って、魔道書も師匠も無しにいきなり魔法を行使する事など出来はしない。
ティーミスの真の力は、ティーミス自身にすら分かっていない。
仮に、既にティーミスは、この世界の全てを持ってしても抗いようも無い程の異次元レベルの強者としてのスキルを持っていると仮定しても、それを否定する為の情報が何処にも無いのだ。
この大陸はじきに雪と氷に閉ざされるが、もしかすれば、タイムリミットはもう少し短いのかも知れない。
ティーミスがその身に宿す全ての力を解き放つ事が出来るようになった瞬間、帝国は、人類は、敗北するのだ。
「…それで、ヒーローは見つかったのか。」
「帝国の管轄領全土を、総力を持って捜索して居ますが、それが未だ…」
ギフテッドと共に、稀に世界の何処かに出現するとされる超人的な能力を持った人間。
ギフテッド戦役を記録した書物では毎回、彼らを勇者や英雄と呼び、ギフテッド討伐の際にはいつも中核を担う存在となる。
「そもそも我々は、ギフテッドについて余りにも無知でございます!これも帝国の、考古学を軽視する体制のしわ寄せでは無いのですか!?」
眼鏡を掛けた考古学者が、怒りに赤面した様子で席を立ちまくし立てる。
付近にいた職員が止めに入るが、それも無意味な物となる。
「…それに、咎人はもともと貴族の人間なんだろう?記録の一つも提出出来ないとはどういう事だ。」
「アトゥ植民区は元々原野だったのだろう?どうして貴族なんて…」
此処に来て、学者や書記達が抱えるケーリレンデの政治に対する不信感が噴出し始めた。
これを機に、帝国の内政はほんの少しづつ、暗い影を落とし始める。




