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頰を打たれたのなら

曇天の空。大嵐の戦場。

大雨はぬかるみを生み、ぬかるみは騎馬や騎士達の足を奪う。


とりどりの魔弾が、雨と風と鉛雲を纏ったドラゴニュート目掛けて撃ち放たれる。

騎士団の魔道士による決死の魔弾も、城壁から放たれる無数の砲弾も、カーディスガンドの纏う雲の中で虚しく爆ぜるのみだった。


「み…皆さん、大丈夫ですか!?」


「リニー閣下!ご無事でしたか!咎人は打倒したのですが、あの眷属が…」


と、隊列の最後尾から、状況に似合わぬ落ち着き払った調子の声が響く。


「では、貴方方の勝ちって事にすれば、放っておいてくれますか?」


炎の魔剣を右手に握るティーミスが佇み、騎士の隊列の後ろ姿を眺めている。

その傍らには、少し疲弊してはいるものの変わらぬ覇気を帯びたツインテールの吸血鬼。


「うわ!何だこれ!?」


騎士の一人が、細長い虫の様なものに顔を噛まれる。

否。それは虫ではなく、独立して動く一本の右腕だった。


「あう!」


自身の頭を背中に乗せたピスティナが、うつ伏せの3足歩行でティーミスの元まで駆けていく。

その姿は、最早ホラー映画のゾンビだ。


「はぁ…こっちに来てください。」


ティーミスはピスティナの背中からその頭を受け取り、立ち上がったピスティナの首に元通りにくっつける。

指を五本の足の様に動かしながらピスティナの右腕も無事に到着した為、ティーミスはその右腕も、ピスティナの体の元あった位置に戻してやる。


「あうあう!」


「無理をさせてしまい申し訳ございません。ピスティナちゃん。…何かお詫びが出来れば良いんですが…」


「あう!」


ピスティナが一つ、ティーミスの頭をポンと叩く。

当然だが、ピスティナは全く気にしていない。


「ありがとうございます。

スー…カーディスガンドさん!一旦ストップで!」


「…」


先程まで鉄粒の如く地面に叩きつけられていた雨は、霧とも雨ともつかない程の小降りとなる。

雷と風はピタリと止み、空に掛かっていた雲は少しだけ薄くなり、周囲は砕けた太陽に照らされ出す。


最早、勝負は決していた。


「も…もう嫌だ…もう嫌だあああああ!」


騎士が一人、剣も盾も放り出し逃げ出して行く。


「…降伏する…」


騎士が一人、武器を地面に落とし両手を挙げる。


「ピスティナさん…貴女はまだ…解放されないんですね…」


リニーが、絶望した様に俯く。


騎士達の戦意は喪失した。


「…皆さん、お疲れ様でした、」


「あう!」

「ガアアアア…」

「キィ!」


三体の従属者は皆半液に戻り、ティーミスの手首へと消えて行く。

戦場跡に降りしきる小雨は、更に弱まる。

もうじき止むだろう。


「く…死ねええええええ!」


騎士が一人、剣を構えてティーミスの背に駆け出し飛びかかる。

従属者の消えた今が好機と判断したのだ。


「ぐっは!?」


ティーミスの裏拳が、鎧も突き破り深々とその騎士の腹に突き刺さる。

拳は腹の皮を突き破り、臓物も少し破壊してしまった。

この騎士が、今回の戦争の最後の負傷者となった。



◇◇◇



鍵のかかったドアを蹴破り、蹴破り、蹴破り、破壊して、ティーミスは無事に、再びセガネ城の玉座の間まで辿り着く事に成功した。

前と違う事と言えば、街や城がほぼ無人な事だろうか。


「…お願いします。シュレアさん。」


「…」


シュレアは玉座に座ると、軽く口を開け目を閉じる。

少しすると口も閉じ、シュレアは何かを待つ様にじっとする。

そして、


「キィ♪」


意気揚々と、シュレアは座っていた玉座を壁床からちぎり取り放り投げる。

玉座のあった場所には、ちょうど人一人が通れるほどの大きさの穴が空いており、穴の奥には縄はしごらしき物がある。

温度差によって、玉座の間からその穴へと向かう風が吹く。


「キ。」


シュレアは、どやと言わんばかりにその秘密通路を指差す。

ティーミスは、シュレアの要求に応えてやる。


「よしよし。ありがとうございます。」


「キィ♪」


ティーミスはシュレアを二、三度撫でるとシュレアを兵舎の中に格納し、そのままその下へと続く抜け穴の中に飛び込んで行った。



〜〜〜



「…やはり民達が心配だ。少し様子を…」


「今外に出るのは危険です、陛下。

…ご安心下さい。今頃、城下町にあるシェルターへの避難を完了しているところでしょう。」


暗く湿った地下洞窟の中。

魔法石の光に照らされた数人の人影が、元々は地下牢獄として使われていたスペースに身を寄せ合っている。

国王と、重役含む家臣が5人。そして、護衛に雇った冒険者が2人。


「ご心配せずとも、今頃我が偉大なケーリレンデの勇猛果敢な騎士達が、憎き咎人を打倒している事でしょう。我々の役目は、此処で無事で居る事です。」


その時、


「しっ」


冒険者の一人が、国王達を静める。


「誰か来るぞ。一人だ。」


冒険者は当然戦闘慣れもしているし、洞窟の中は音が反響し拾いやすい。


「おお!きっと伝令ですよ!我々に安全を報せに…」


家臣の一人がその集団の中から飛び出し、直後その顔を青ざめさせる。


「あ…ああ…」


「…戦うか退くかのどっちかにして下さい。」


ティーミスと最初に対面した家臣は尻餅をつき、そのまま後ずさる。


「も…者共!武器を構えよ!」


護衛役の冒険者二人がすぐさま剣と槍をを構えるが、ティーミスと一瞬でも目を合わせた瞬間に、その武器をごとりと地面に落とす。


「仰せのままに…」


「私が此処から居なくなるまでじっとしてて下さい。その後は普通にしていて結構ですので。」


そこに居たのは、傷の一つも、返り血の一つも無い咎人の姿。

否、その右手の拳にだけ、鮮血か付いている。


あの騎士と冒険者の大隊を単身で突破したとは考えにくい為、恐らく抜け道か転移魔法でここまで来たのだろう。

そうだ、そうに決まっている。

ケーリレンデの用意した軍勢が敗れるなど、ある訳がない。

そう。ある訳がない。


ティーミスはそのまま地下牢跡に近付くと、空間には入らずにその中の様子を観察する。

もし鉄格子が現存していれば、ティーミスはちょうど鉄格子の外側に立っているといった具合だろう。


「…覚えているだろう。」


セガネの王が、家臣に止められつつもゆっくりと立ち上がる。


「私がセガネ国現国王だ。…」


そう言うと国王は、すぐさまティーミスの元に少し近付き、跪く様な体勢を取る。

それを見ていた家臣達が息を呑む音が、ティーミスには少し鬱陶しかった。


「要件は何だ。金か。国土か。私の命ぐらいなら喜んで差し出そう。

…だが頼む。民達の事は見逃してやってくれ。貴女の素性は重々承知している。帝国が憎いのも理解している。だが、民達は…」


「その、王様。私とおしゃべりしたいのは良いですが、せめて後にしてくれませんか。」


「…が?」


裏に、何か外交的な意図や策略がある訳では無い。

ティーミスは本当に、地位にも、権力にも、国王にも、一切の興味が無かったのだ。

お前にも、お前の持っている物にも興味は無い。

セガネの王にとってその態度は、初めての事だった。


ティーミスは跪く国王の横を通り過ぎ、縮こまる家臣達の方を向く。


「見つけました。ほっぺさん。」


「ひ!?」


ティーミスは、家臣のうちの一人を指差す。

少し頬がこけた印象の、赤色の長髪をした男だ。

ほっぺさんと言うのはティーミスがつけたあだ名だが、その容姿は関係無い。


「いつもいつも来るたびに、“及ぶ”前に私の顔を何度も拳で殴っていましたよね。特に、頰を。」


「あ…ひ…人違いだろ!俺は知らん!お前なんか知らん!」


「…かもしれませんね。早とちりは良くありません。」


と、ティーミスは、その“ほっぺさん”の右手を持ち上げ、手首をはだけさせる。

男の手首には歪曲した僅かな傷跡がある。

ティーミスはそこを、軽く咥え歯を当てる。

周囲の者全ては、ただ事の成り行きを見守るしか無い。


「な…何をする!」


ティーミスは男の手首から口を話す。

そこには僅かな唾液と、傷にもならない軽い噛み跡だけが残った。

その噛み跡は、男の傷跡と一致した。


「…怖かったんですよ。貴方の顔が。及ぶ最中の鼻歌が。赤熱した鉄ごてを私の体に押し当てる貴方の顔が。

…今だって、貴方の顔を見ると奥歯がズキズキします。」


ティーミスは、片手で指を一本づつ鳴らす。


「実を言うと、貴方に殴られた回数を数えて無かったんですよね。ですので、」


ティーミスは、ジャブを構える様に両の拳を前に出す。


「貴方の顎が砕けるまで、でどうですか?」


「ひ…誰か!このイカれたガキをどうにかしてくれ!衛兵!衛兵!?」


魅了によって動きを封じられた衛兵は、ただ壁をぼうっと見つめるだけだった。

当然ながら、家臣も国王も戦闘が出来る人間では無い。


「ま、待ってくれ!頼む!許してくれ!」


待って。

お願い、

許して。

この男は、ティーミスのそんな泣き声を聞き優越に浸っていた。


「ごっほ!?がぼ!?“ドシャ!”


3発目で、男の顎および顔面は砕ける。

辺りには血の匂いが充満し、ティーミスはぐうと腹を鳴らし、腹を抑え少し赤面する。


「…あ。もう終わりですね。次は…」


虫の息の男をコツコツとつま先で蹴りながら、ティーミスは少しの間考える。


「焼きごては無いのですが…これで良いでしょう。」


ティーミスは、虚空から炎の大剣を取り出す、

黒い炎を帯びたそれを、足元で悶えるその男に一息に突き刺した。


“ァァァァァァァ!ァァァァァァァァァァァァァァ!”


口を介さないそのままの声帯振動音が響く。

男はぐちゃぐちゃともがき悶えるが少しづつ弱まっていき、やがれ筋肉の痙攣の様になり、そして、それも次第に停止する。

残ったのは、めちゃくちゃに崩壊した男の骸と、満ち足りた様な表情を浮かべるティーミス。そして、怯えた小動物の様になっているセガネの重役達だけだった。

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