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誰が為でも無く

簡素なデスクベルが、正午を知らせる音色を奏でる。

広くも狭くも無い教室の、正面の黒板からは文字が消され、部屋には喧騒が訪れる。

椅子から立ち上がる生徒も居れば、机の上に昼食を並べる生徒もいる。


「…ほぉ…」


ティーミスは、後者だった。


楕円形をした、すべすべとした木製の弁当箱を開ける。

閉じ込められていた湯気がむわりとティーミスの顔を撫で、ティーミスは優しく無垢な笑みを浮かべる。

その服は貴族らしい、華やかな紫蘇色のコルセットドレスだった。


「うわぁ!ティーミスちゃんのお弁当、今日も凄いね!」


「ええ、お母様が作ってくれたんです。」


「ねえねえ、ちょっと分けてよ!」


「良いですよ。一人ではこんなにいっぱいは食べられませんから。」


ティーミスは自分から友人に声を掛けることはあまりしなかったが、その容姿と、帯びた優しい雰囲気に誘われたクラスメイト達に、ティーミスはいつも囲まれていた。

休み時間でも、殆ど窓辺の席から動く事が無かったティーミス。窓辺の席で、いつもそっと咲いていた一輪の花。

とりわけ人間関係に恵まれていたティーミスだが、ティーミスにとってはそれが日常だった。

平穏な、なんて事ない日常だった。


「おいティーミス!」


群がる少女達を掻き分け、少年が一人、ティーミスの元に現れる。

短くも長くも無い黒い、少しぼさついた黒髪。背負うのは木材から切り出した、大剣を模した偽剣。その物腰は、典型的なやんちゃな少年だ。


「ちょっと何よレックス!」


「女子棟には、男子は進入禁止って知らないの!?」


「っち、うるせえうるせえ!俺はティーミスに用があるんだ!」


レックスが背中の剣の柄に手を掛ける仕草を見せると、女子達は黄色い悲鳴とともにレックスとティーミスから数歩離れる。


「どうもレックスさん。貴方も、私のお弁当が…」


「違う違う!お前、筆記試験一位なんだってな。」


「ええ…あ、いえ!あれは問題がたまたま…あ、じゃなくて…」


「…そう言う謙遜は良い。だから頼む。」


レックスは急にもじもじし出す。

ティーミスは、不思議そうに首を傾げる。

外野はと言えば、先ほどまでの喧騒が嘘の様に静まり返っていた。否、時々ひそひそ話が飛び交っている。


「お…俺に…勉強…教えてくれ…」


外野の一人が、レックスにつかつかと近付いてくる。


「あんたねぇ…そんな事の為に校則違反を4回も…」


すっと、ティーミスの手が外野の少女を静止する。

長い金髪を大胆に垂らした、如何にもなお嬢様風の出で立ちの少女だ。


「良いですよ、レックスさん。何事も分け合いが大事です。知識も、」


ティーミスは、そのフォークで弁当箱から肉切れを一つ持ち上げる。


「お弁当も。」


「お…ありがと…」


いつもそこに咲く一輪の花。全てを許容する小さな女神。

それが、この学校でのティーミスだった。


レックスはティーミスのフォークから肉切れ摘み上げると、そのまま口の中に放り込む。

その時、ガラリと教室の窓が開く。


「まずい、先生が帰って…」


レックスは身構えるが、教室に入ってきたのはこの貴族学校の先生などでは無かった。


「キィ…」


ゴシックロリータドレス。華やかなツインテール。茶目っ気のある八重歯。そして、酷く疲れた表情。

その手には、禍々しい真紅の大鎌が握られていた。

形状とその質感は、それが物の切断が可能な本物の武器である事を示していた。

少年少女達の通う学校には、本来ある筈のない異物。


「な…何…?この人…」


生徒達は当然パニックになるが、ティーミスだけは不思議と落ち着いている。

窓からは陽に照らされた校庭が見えるし、廊下にも窓は付いている。

しかし、ツインテールの少女が現れたドアの向こうは、廊下の代わりに黒塗りの闇が広がっている。


「……」


ティーミスは胸を押さえ、目を閉じて、深い息を繰り返す。

甘い夢、甘い追憶とは、いつも唐突に終わりを迎える物だ。


ガラリと椅子のずれる音がする。

ティーミスは、酷く悲しそうな表情を浮かべながら立ち上がる。


「待てよ。」


そんなティーミスを、レックスはティーミスの肩に手をポンと置き呼び止める。


「本当に行くのか?」


「ええ…ずっと此処には居られません。」


本当はもう、向こうには帰りたく無い。

全てを忘れてた、この夢の中で過ごしたい。

でも、


「…私には、今の私の道があります。」


「そこにあるのは、苦痛と絶望だけだぞ。」


「ええ、きっとそうでしょうね。」


ティーミスはそのまま、シュレアの元まで歩いて行く。


「…ですが、償いも無く逃げる事なんて出来ません。それにまだ仕返ししたい相手だって居ます。

…さようなら、レックス。もう二度と会えない、私の親友。」


レックスはもう2年も前に、アトゥの暴動によってその命を落としている。

きっとレックスは神の御元に帰っているが、ティーミスが同じ所に行けるとはとても考えられない。

仮にティーミスの魂が本当に死を迎えたとて行き先は地獄一択。

故にティーミスは、レックスとは二度と会えない。


「分かったよ。それがお前の決断なら、俺は止めないさ。

…あばよ、ティーミス。」


ティーミスは背後に向けてふわりと手を振ると、迎えに来たシュレアと共に、その闇の中へと歩いて行く。

夢の終わりは、いつも唐突だ。




「…っ!」


ティーミスは目を開く。

最初に目に入ったのは、やはり黒塗りの闇。

一瞬、自分はまだ目覚めていないのかと勘違いするティーミスだったが、直ぐに頭と体が別離している事に気が付く。

不思議な事に、別離している筈の胴体や胴体からも離れている右腕も、ティーミスは自分の意思で動かす事が出来る。

ウィンドウが一つ、ティーミスの目の前に表示される。


ーーーーーーーーーー


【トーンタイム】

あなたは現在、デバフ無効、無敵状態です。

これは、あなたが最初に行動を起こしてから10秒後まで継続します。


【斬首】

非常に危険な重症です。

一分以内に当該部位の結着を行わない場合、あなたは死亡します。


【四肢欠損】

あなたは、いずれかの部位を一部失っています。

回復による結着が可能ですが、時間経過によって成功率が下がって行きます。


ーーーーーーーーーー


「……っ」


ティーミスは腕を伸ばし、付近に転がっている頭部を掴む。

その瞬間、ウィンドウにタイマーが表示された。


ーーーーーーーーーー


9:723


ーーーーーーーーーー


小数点第3位まで表示される事から、そのタイマーの重要性が伺える。

ティーミスは掴んだ頭部を首の上の切り口に出来るだけ押し付ける。右腕も同様に。

欠損部位が両方とも手の届く範囲にあった事が幸いした。


タイマーが零を刻む。


「ーーー!ーーー!?」


ティーミスは声にならない悲鳴をあげる。

首の切断面からは、噴水の様に大量の血が吹き出す。

激痛と恐怖によって今にも飛びそうになる理性を必死に繋ぎ止め、ティーミスは何をすべきかを考える。

何故だか[血酒]がたんまりとある。

いや、“何故だか”では無い。この闇の外で、彼女達が戦っているのだ。


「…な”……」


赤い瘴気が、主にティーミスの傷口に向かって流れ込む。

待っているのは、死か再起か。


「…すー…!」


呼吸が通った。気管が繋がった。

血が止まった。血管が繋がった。

鉛か何かを詰め込まれていたかの様な思考が、一気に晴れる。


「う…動く…生きてる…!」


ならば、歓喜している暇など無い。


まだ麻痺の残る右腕に拳を作り目の前の闇に向かい一気に突き上げる。

硬いものが拳に当たり、闇が物理的に吹き飛ばされる。

広がって居るのは曇天。

冷たく快い良い雨が、ティーミスを優しく撫でる。


ティーミスは、その封印用の棺から身を起こす。


誰が為でも無く、花は咲く。

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