晴れのち雨
セガネ国正門前。
雑多な戦場と比べそこは、静かな時間が流れていた。
「見つけましたよ。ピスティナさん。」
年の割には少しあどけない印象のバトルシューターが、弓を軽く持ちながら、目の前のそれに話し掛ける。
リニー・ベルトだ。
「…あ”?」
ティーミスの戦死より、20分前の出来事だった。
「クロークフラワーの香り…ピスティナさん、最後の出撃から本当に何も変わって無いんですね。」
普段は軍服以外を纏わず、化粧も必要最低限しかこなさなかったピスティナだったが、唯一シャンプーにだけは一定のこだわりを持ち続けていた、
最期まで。そして今となっては、永遠に。
「ピスティナさん、私、決めたんです。…前に進むって。
ええ、本当は、貴女の訃報を聞いた時点ですべき事でした。」
ピスティナは首を傾げたまま、リニーの動向を注視し続ける。
ピスティナは言語を理解する事が出来ないが、リニーが警戒すべき相手である事は理解出来たのだ。
「…私が知っている貴女は、もう世界の何処にも居ません。…いえ、居ますね。みんなの中に…少なくとも、私の中には居ます。」
リニーはその短弓を持ち上げ、ピスティナに向ける。
「ですが、私の目の前にはもう居ません。だって…」
リニーは、首からぶら下がるロケットを、弓を持っていない方の手の指でそっと撫でる。
「貴女は、私の背中を押してくれたんですもの。」
唐突に突風が巻き起こり、ピスティナの姿が消える。
次の瞬間には、短刀を纏ったピスティナが、リニーの真後ろから突撃をしている。
「すぅ…《ブレードエンチャント》!」
リニーは、右腰に携えられた矢筒から矢を一本取り出すと、片手剣の様に構える。
その矢は、白い光の膜に包まれる。
《ブレードエンチャント》。
物質から切断属性を引き出し強化する、かなりメジャーな物理魔法だ。
キン!
最初の突撃は、ピスティナの頭部の辺りを叩き進路を逸らすことで何とか回避する。
だが流石に、矢で出来た即席の剣一本で無数の短刀と戦い続けるのは無理があった。
(く…この人相手に、私じゃ近接戦は不利…何とか距離を保たないと…)
ふとリニー脳裏に、ピスティナとの記憶が蘇る。
もう、心は痛まない。
「無理?…上等じゃない!」
リニーは弓を背中に背負うと、矢をもう一本引っ張り出し両手にそれぞれ一本づつの矢を持つ。
「《ブレードエンチャント》!」
リニーは、二本の即席剣でピスティナと戦う事にした。
“役職を言い訳にはせずに、どんな時も、人間種としての最良の選択をとれ。”
ピスティナの言葉だった。
「たあああ!」
「…!…!?」
遠距離役職と見立てた筈のリニーが突然接近戦を仕掛けてきたのだ。
ピスティナのその陳腐な思考回路は、エラーを起こしていた。
ピスティナは短刀を空中に整列させ即席の障壁を作るが、手に持った状態のまま突き出されたリニーの矢が、障壁を貫通して行く。
矢とは本来、貫通力に長けた武器なのだ。
「…!?」
リニーは、障壁を崩した矢からは手を離し、空いた手ですぐさま背負っていた弓を構える。
そうして、白い光の膜に包まれたままの矢を、崩れた障壁めがけて射ち放つ。
カシャン!
陶器の割れる音がする。
短刀の障壁は完全に崩れ去り、矢はそのままピスティナの胴体を貫通する。
「あああああああ!!!」
ピスティナはまだ動く。
この程度の傷ならばまだ、普通のアンデッドでも活動可能だ。
短刀を再び周囲に浮かせたピスティナは、今度は短刀だけをリニーめがけて飛来させる。
リニーは、矢筒から再び取り出した矢を使い、迫りくる短刀を振り払う。
その向こうには、ピスティナの姿は無い。
「帝国騎士心得第七十八条をぉ…言ってみろおおおおおぁぁぁぁ!!!」
「え!?」
リニーのほぼ真上から、ピスティナの声が聞こえる。
その周囲には短刀は殆ど無く、代わりに拳が握られていた。
「…上部からの奇襲には…対空戦術が有効…!」
リニーはピスティナの教えを復唱した後、矢を一本拾い上げ、エンチャントによって白く輝かせ、一つ、上弦の弧を描く様に振るう。
ピスティナの首は、いやにあっさりと切断された。骨に値する部分が名残程度しか無く、構造としてはゴム人形に近かった。
ドサリと、ピスティナの胴体がリニーのすぐ右に落ちてくる。頭はリニーの前方の足元にある。
「…ィィィィィィ…!」
ピスティナの胴体が、頭の切り口からおぞましい金切り声をあげながらよろよろと起き上がる。
アンデッド共通の急所は、頭だ。
スケルトンでもゾンビでも、首を切られたり頭を砕かれたりすれば以後永久に沈黙する。
故にピスティナは、アンデッドでは無かった。
「帝国騎士心得第七十八条…近接騎士たるもの、利き腕こそが第二の…」
指の第一関節だけを折り曲げた状態のピスティナの手が、リニーに向かって振り上げられる。
リニーは咄嗟にその腕を蹴り上げると、地面に散乱していた短刀を一本拾い上げる。
ピスティナの手首を掴み、肩のあたりに刃を立て、そして、
「……」
認知から思考、そして反応までを最も効率良く行う為に、ピスティナの右肩にブラッドプラスチックの組織が集中していた。
頭は、いわばメインカメラ兼スピーカーの様な物だった。
「はあ…はあ…ピスティナさん…?」
足元の骸は、何も答えない。
ふと気がつけば、周囲の喧騒の音が止んでいる。
いつの間にやら雨が降り出している。
あちらこちらで、歓声が挙げられている。
一体何が起こったのだろうか。
リニーはまだ、事態を理解しきれていなかった。
◇◇◇
鉛色をした空から、冷たい雨が降りしきる。
騎士が一人、台車の付いた黒く大きな棺桶の様な物を運んで来る。
「死体の様子は?」
「今の所は変化無しだ。自動蘇生には、何かしらの条件があるのかもしれないな。」
分厚い白ローブと皮手袋で身を守っている騎士が、ティーミスの遺体を慎重に拾い上げ、その棺の中に入れて行く。
「キィ!キィィ!」
「こら、暴れんな!本当にただの動物だな…」
紫色のラインの走る鎖に縛られたシュレアが、臨時集合場の様になっているその場所まで運び出される。
シュレアはティーミス死亡後、突然動きが無軌道になり敗北した。
「…こいつは術者が死んでも消滅しないのか。やはり雑兵とは作りが違うらしい。」
博識高い騎士団の学者が、手帳に色々な事をメモしながら呟く。
シュレアは鳴き声を挙げながら、ティーミスの入れられている棺に必死で這い寄ろうとするが、銃士に銃の持ち手で後頭部を殴られ、地面に頭をぶつける。
「キ…キイィィィィィ!」
「う…うるせえな!本当に何なんだよこいつ…」
ジタバタと暴れるシュレア。
雨は強まる。
「…風の音か?」
遥か遠くから、猛々しい咆哮が響く。
まるで、ドラゴンの様な。
雨は強まって行く。
ピシャリと雷鳴が轟く。
ドラゴニュートが一体、鋼色の空から落雷と共に降臨する。
従属者の死はティーミスにも伝染するが、ティーミスの死は従属者には伝搬しないのだ。
「ゴオオオオオオ!」
魔力の篭った雨は、浴びる生者の体力を少しづつ奪って行く。
雷鳴は指示を搔き消し、豪風は歩みを阻み、そのドラゴンとしての威圧は勇気を削いでいく。
「ぶ…武器を…構えろー!武器を構えるんだー!」
カーディスガンドの周囲にピシャピシャと電気光が走る。
カーディすガンドはその右手の人差し指を騎士団に向けると、その指先から、金色の稲光が放たれる、
雨によって電気の伝導率が上がっている為、一瞬で一直線上の騎士が焼け飛んだ。
「キィ…」
カーディスガンドの御身に全ての騎士達の視線は吸い寄せられ、すぐそこで起こっているそれは、誰も気にもとめられなかった。
「キィ…」
シュレアが、その封印用の黒い棺に額をピタリとくっつける。
シュレアと棺を囲う様に光の輪が現れ、そこに小さなウィンドウが出現する。
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手動蘇生を開始します。5分間の間待機してください。
【奪取した命】を必要としない代わりに、以下の追加効果が存在します。
・HPが10%の状態で復活します。
・状態異常は引き継がれます
・手動蘇生の術者には、24時間の間【蘇生疲労】が付与されます。
【蘇生疲労】
手動蘇生や、自身以外への回復技を行う事が出来ません。
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