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アンノウンウィン

セガネ国正門より10km地点。

赤黒の兵士達と帝国の騎士達による一進一退の攻防が繰り広げられる中、戦場の中心には、大きな円形のスペースが発生していた。

そこに居るのはティーミスと、ティーミスと相対する冒険者達。


(…疲れました…ヘトヘトです…)


早鐘の様に高鳴る心臓。

鼻にこべり着く、むせ返るような血臭と死臭。

今が晴れているのか雨が降っているのかも分からない。

自分が今どうして戦っているのかも、思い出す気も起きない。


ティーミスは今、そんな極限状態の中にあった。


ティーミスに立ち向かって来る冒険者は皆、ピスティナには劣るものの十分交戦出来る程の実力者。

剣の一振りで一列が倒れる。少年マンガの様な、そんな上手い事は行かなかった。


世界の音が篭る。

視界が狭まる、いや、広がる。

少しも動かない物はティーミスの世界から忘れられて、動く物が良く見える。

普通の少女の体にはとても耐えられない、生死を賭けたランナーズハイ状態だった。


「う”…ぐあああああ!」


獣の様な呻き声を揚げながら、ティーミスは目の前の敵を巨剣で斬り伏せ続ける。

手首と首とそれから全身に刻まれた切り傷からは血を吹き出し、あちこちの打撲から走る激痛は、ティーミスの心と体を疲弊させて行く。

おまけに、兵士を失った代償のダメージは常にティーミスの全身を突き続けている。不快な痛みだ。

ティーミスの体力(ヒットポイント)にはまだ余裕があったが、体力(スタミナ)は限界を迎えようとしている。


「う!?」


汗か血のどちらか、又はその混合物で足を滑らせ、ティーミスは不意に体勢を崩す。

冷たくて大きな物が、自身のうなじに押し当てられる心地がする。ティーミスは、死を覚悟する。


「く…力が入んねえ…何だこれ…!」


辛そうな男の声が聴こえる。

激痛により不意に我に帰ったティーミスは目を開け、周囲の状況を確認する。

ティーミスの周囲には、様々な身なりの沢山の死体がある。どれも冒険者の物だ。

首筋に当てられていた金属製の物体は、どうやら剣だったらしい。


「…待って、何かがおかしい…」


後方を陣取っていた白魔術師が、前衛部隊の観察の結果を口にする。

慣れ親しんだ仲間達を一瞬にして失って行くのは確かに堪えるが、それにしても疲労の仕方が不自然だ。

ふと白魔術師は、地面に散らばった血痕が目に入る。

赤色や黒赤色に混じり、ビビッドピンク色の液体が混じっている。

ティーミスの血だ。


「彼女の血を浴びたら危険です!恐らく、毒性があります!」


「血が!?」


ティーミスはシュレアの一件から一度も死んでいない故に、その体内に魔睡薬が宿り続けていた。

その血を浴びただけで、通常の人間の手足先は麻痺し始め、強烈な眠気と倦怠感に襲われる。

その血を浴び過ぎただけで、直に肺と心臓が止まり死に至る。

ティーミスの身体は既に、怪物のそれであった。


白魔術師は善意と警戒を込めてそう言い放ったが、実際の効力は少し違った。

血を浴びたら危険だと言う警告は、特に近接部隊の恐怖心、警戒心を必要以上に煽り、結果として保守的な戦いになる。

保守的な戦いになれば、分があるのは、ティーミスの方だ。


「う…うあああああああ!」


半月、否、ランドルト環を描く様に、巨剣を一つ右から左に振り回す。

ティーミスにしては随分と遅く、しかし決して鈍重とは言えぬ攻撃速度。

ティーミスの血を浴びた冒険者は、地面に残された骸と共に砕け吹き飛んで行く。

巨剣の刀身に刻まれた大木に、林檎の身が三つ実る。


「はぁ…はぁ……はー……」


流石にもう、ティーミスの手首がみっともない音を立てる事は無い。

否、今回はたまたま上手く行っただけだ。


「…何だ、一瞬悪寒が…」


ティーミスと主に交戦している人狼の巨剣士が、ポツリとそう呟く。

野生の勘は実に鋭い。


ティーミスはその巨剣を持ち上げる。

そのまま、ティーミスはその巨剣を、中衛から後衛の集中する地点に向かって振り下ろす。

斬撃を伴う巨剣の一撃。

魔道師はともかく弓師の機動力はそこまで低い訳では無いが、その射程と破壊力の暴力には敵わなかった。

巨剣の刀身に描かれている大木に、林檎が4つ実る。


ティーミスは巨剣を余裕(そうに見せる様に)で片手で持ち上げそのまま肩に担ぐ。

その姿は、威圧感は、重圧は、重戦士などと言う生易しいものでは無かった。


「皆さん、一旦こちらに!今、治療の準備を!」


白魔術師の呼び掛けて、残った冒険者たちティーミスから距離を取る。


「任せろ!俺が前に出る!《グレートウォール》!」


壁のような盾を持った冒険者が、白魔術師とその周囲の者達を守る様に立ちはだかる。

半透明の巨壁が、盾持ちの前方に現れる。

《グレートウォール》。

術者はその場から移動出来なくなる代わりに、一定時間の強大なシールドを獲得する事が出来る、タンク系の大技だ。


「よし、今の内に体勢を…」


ティーミスは、巨剣の切っ先が正面に来るように構える。

深呼吸を一つして、そして、右足を一気に踏み込む。

大地の震える音がする。

半透明の巨壁と一本の巨剣の切っ先がぶつかり合う、ギィギィと言う音がする。

氷点下の湖畔に張った分厚い氷が割れていく様な、重苦しくも何処か心地良い亀裂音が戦場に響く。


「何!?」


半透明の障壁に、落雷の様に亀裂が走って行く。

刀身に刻まれた巨木に、林檎が三つ実る。


ーーーーーーーーーー


10スタックの【破気】を獲得しました。


『禁断の果実が実る時、パラダイスは終幕を迎える。』


ーーーーーーーーーー


巨剣に破気が蓄積される条件は、ティーミスは未だによく分かっていない。

素振りでも良いのか、何かを切らなければいけないのか、それとも、名前の通り何かを破壊するべきなのか。


「そこを…退いて…!」


今それを気にしても仕方が無い。

大事なのは、今【破気】が10スタック蓄積されたと言う事だけだ。


ティーミスは障壁への攻撃を辞めると、天を仰ぎ、次第に雲の掛かり始めている空へと向かって放り投げる。

実際は《怠惰なる支配者の手》によって持ち上げているのだが、そんな理屈を知らない冒険者達は戦慄する。

巨剣使いですらだ。


「う…」


体力を使い果たしたティーミスは、その場にへたり込む。

本来ならば最大の隙なのだが、ティーミスの周囲に出来たピンク色に変色した血だまりが、間合いへの接近を許さなかった。

巨剣は遥か上空にまで到達し、黒い点の様にしか見えなかった。

ティーミスは拳を持ち上げると、とんと一つ、地面に振り下ろす。


「…《天地亡滅剣》…!」


空に掛かる雲が、炎の様な朱色に染まる。

赤く輝く落下星、否、膨大なエネルギーを帯びたティーミスの巨剣が、地面めがけて墜落を始める。


「おい、何だありゃ!」


上空から地面に向かって、風が吹き付けている。

音が篭り、足はすくみ、ただならぬ恐怖を感じる。


「とてつもない力…あんな物が来たら、セガネ諸共この戦場は…!」


その時だった。


「…?」


ティーミスの右腕が、見えない何かで肩からバッサリと切断される。

独りでに首が跳ね飛ばされ、腹には背中まで続く穴が空く。


「…うそ…」


声にならない声で、ティーミスは最期の言葉を呟き、そのまま絶命する。

戦場に転げ落ちたその首は、酷く戸惑っている様に見えた。


ガン!


ティーミスの巨剣が地面に突き刺さり、一帯の地盤を割ってしまう。

その重量故に僅かに地面が揺れるが、巨剣自体からは何の力も感じられない。

赤黒の兵士は、糸が切れたかの様に一斉に倒れ、その前に半液に還り蒸発する様に消え去って行った。


ティーミスは、このセガネの地に二度敗北した。

今回の敗因は、敵の数に圧倒され大量の兵士を呼び出してしまった事。

それと、放った従属者(ヴァサルメモリス)の動向をしっかりと把握出来ていなかった事だ。


「…死んだ?でもどうして…」


「勝ったのか?俺たち…なあ…」


ティーミスは時折敗北するが、セガネに対しては毎回ティーミスの自滅だ。

あれだけ恐れていた存在が、突然原因不明の敗北を遂げる。

原因不明の勝利など、彼らにとってはただただ不気味でしか無かった。

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