ノーンレイド
赤い馬鎧を纏った黒馬にまたがるのは、一人の女騎士。
ゴシックロリータドレスの上から真紅の部分鎧を身につけ、垂れ下がる黒と金の長いツインテールが、華やかに風になびいている。
シュレアだ。
「キュフフ♪」
獲物を見る様な流し目で、コア達一行を眺めている、
纏っている覇気が、明らかに違う。
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【夜略人】
攻撃性能、機動力、サステイン能力に長けた従属者です。
多彩な戦闘技術と吸血鬼の固有能力を駆使し、短期決戦や長期戦闘を得意とします。
ただし、最大体力が非常に少ないです。
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「こいつも、ピスティナ先生と同じ様に…」
コアは、心臓と足首を冷たい物で突き刺される感覚を覚える。
屍術などと言う生易しい物では無い。
記憶と自我を奪われただけで、彼女達は無理矢理生かされているのだ。
「副隊長!我々もお供を…」
「いや、奴は主力兵だ。お前達は付近の敵を頼む。」
「しかし…いえ、かしこまりました!」
周囲の騎士達が参陣し、戦場に円形の広場が出来る。
「キャハハ♪」
馬を降りたシュレアは、虚空より一本の槍を取り出す。
血の様な真紅の大槍だ。
「敗血臭に…それをごまかすためのフローラルの香り…間違い無い、元はヴァンパイアか…」
「キィ…」
シュレアは片手で槍を数回回転させると、構え直し、身をかがめ戦闘態勢に入る。
実のところシュレアは《従属者》となっても、戦闘能力は殆ど変わっていなかった。
変わった所と言えば、
「…日向で吸血鬼と戦う事になるなんてな…」
日光も、銀のナイフも、杭も聖水も、弱点と言う弱点全てを克服した事だった。
本来魔族は死んだ時にその身は数分で灰や液体へと変わってしまう為、魔族のアンデッドの作成は不可能である。
では、目の前のこれは一体なんだろうか。
「キィィ!」
シュレアの持つ紅槍が突き出され、
「ふん!」
コアの双剣がばつ印を作り、その交点で受け止める。
火花が散り、コアの靴が地面と擦れるザリザリと言う音が聞こえる。
その戦術にアンデッド特有の鈍さは無く、完璧に生者のそれであった。
「お前、名前は何だ!」
「キ?」
「お前、家族は居るのか!」
「…キィ…?」
「お前は何者“だった”んだ!」
「キィ?」
死とは、何だろうか。
どう言う状態になれば、それは死んだと定義する事が出来るのだろうか。
仮に人が霊になるとして。
頭を打って記憶を無くしたまま死んだ人間は、一体いつの時点で死んだと定義されるのだろうか。
30年分の記憶を無くし、そのまま50年の記憶を積み上げ死んだ場合、霊はどんな記憶を持っているのだろうか。
そもそも、霊は記憶を持つ事が出来るのだろうか。
記憶とは、心にも、魂にも刻まれない。脳の中にある情報に過ぎない。
その記憶を持った脳を手放した場合、霊は何を覚える事が出来るのだろうか。
「…俺は…何者だ?」
シュレアとの一進一退の戦闘の中、コアは一人、思考の迷宮へと迷い込んで行く。
そもそも、人とは何処に居る。
何処までが人なのだ。
剣を振るこの腕はコアの物だが、この腕が切り落とされたとてコアは消えない。切り落とされた腕もコアでは無く、コアの腕でしか無い。
この吸血鬼によって、コアがバラバラにされた場合はどうだろうか。
その場合、切り落とされた腕も、全てをひっくるめ“コア”なのだろうか。
心臓を抜き取られたって、その心臓はコアでは無い。コアの心臓だ。
記憶を持った脳が消え失せたって、コアと言う人物そのものは恐らく消えない。
では、人はいつ消えるのだろうか。
肉体が一定以上失われた時だろうか、その鼓動が止まった時だろうか、魂もろとも浄化され天に帰った時だろうか、それとも、そもそも、人が死ぬと言う、消えると言う概念自体に、何か問題があるのだろうか。
「…違う違う違う!」
コアの双剣のうちの一本が、シュレアの喉元をたまたま突き刺す。
シュレアの喉から、黒く粘性のあるタールが吹き出して来る。
それは図らずとも、コアの動きを鈍らせる。
その隙をつく様に、シュレアの赤槍が投げ飛ばされる。
赤槍はコアの頬を掠め、はるか後方で戦闘を繰り広げている騎士の一人に突き刺さる。
「な…何だ!?」
赤槍を突き刺された騎士は一瞬にして、身体中の全ての血を失い絶命する。
カラカラの死体から赤槍は独りでに引き抜かれ、再び主人の手元に戻って行く。
シュレアは赤槍の槍身に噛みつき、しばしの間ゴクゴクと喉を鳴らす。
と、シュレアの周囲に赤色の光のエフェクトが現れ、タールを吹き出していた喉の傷が瞬時に塞がって行く。
吸血鬼の固有能力。文字通りの《吸血》だ。
一見すれば、一対一では絶望的に不利な相手。
だが、よく観察すれば自ずと攻略法も見えて来る。
シュレアの喉を突いた鋒には、力は殆ど込められて居なかった。
にも関わらず、シュレアは早急な治療が必要な程の致命傷を負った。
シュレアの弱点は、人並み程しか無いその低耐久性だ。
コアの鼓動はドクリと音を立て、緊張と興奮に手汗が出る。
目の前のこの少女は、文字通り、武器を持った少女だった。
成れるのか?
英雄に。
この手に持っている剣のどちらかを当てた瞬間に。
「何で俺が副隊長なんですか!何でそいつが...」
コアは、騎士の家系に生まれながら、武器スキルに恵まれていなかった。
「分からないのか?...なら、コアよ。新隊長の稽古相手をしてみろ。お前と同じ、デュアルブレーダーだ。」
2の才能を持っている者が、20の努力をしたって、
「が...がは...」
「あ...勝った。やった!副隊長に勝てた!」
20の才能と3の努力を持っている者には勝てない。
それが現実だった。
コアはそれから、血反吐を吐くような努力を積み重ねたが、自分より歳が7も若い隊長には勝てなかった。
副隊長と言う役に留まっているのも、半ば団員のお情けだ。
「キィ...」
目の前に居る、このヴァンパイアを倒す事が出来たのなら。
この戦場で、功績を残す事が出来たのなら。
そこだ。
極限状態の剣舞の中、コアは一つ、心の中で呟く。
その双剣はシュレアの脇腹を完璧に捉え、一つ、振るわれる。
近接戦において最も重要な事は、当然だが相手の隙を突く事。
そして、戦闘においての最も大きな隙が出来る時。
攻めの一手を打つ時だ。
ドスリ
大槍も双剣も部類としては同じ近接武器だが、そこには、決定的な射程の差があった。
緊張状態の人間と、従属者の吸血鬼では、無視できぬ程の反応速度の差があった。
「な…嫌だ…嫌だああああ!」
コアの悲鳴が聞こえる。
吸血音が聞こえる。
シュレアの舌なめずりの音がする。
シュレアのその目は、ほんの少しだけホッとしている様だ。
コアは確かに強かった。
ただコアは、肝心な事を忘れていた。
コアは復讐の物語の主人公でも無ければ、相手の隙を突く事だけを考えられるほど、デュアルブレーダーは安全な職業でも無い。
コアも、武器を持った男でしか無かった。
「副隊長!そちらの戦況は…副隊長…?」
騎士の一人が、自分達が築いた決闘場へと目をやる。
そこには、自らの赤槍をしゃぶる吸血鬼の少女と、一体のミイラ死体だけがあった。
「キュフフ♪…キャハハハハハハ♪」
シュレアの持っていた槍が一度赤い液体となり、その形状を変えたのち再び固形化する。
歪な形をした、真っ赤な一本のずんぐりとした剣。
パキン!
否、整った形をした、細身の二本の剣だ。
「キィ…?」
少し不思議そうに首を傾げながらも、シュレアはその双剣を見よう見まねで構える。
腰を落とし、低姿勢で剣を構え、そして回転する。
斬撃の竜巻がシュレアを包み込む様に巻き起こり、しばしの間、その戦場の土埃を撒き散らす。
「…キィ…」
シュレアは唐突に技を辞め、手に持っていた赤い双剣をかなり遠くの方まで放り出す。
地面に付く前にその双剣は液体化し、シュレアの左手に再び集結する。
「キュフフフフ♪」
集結した赤い液体はそのまま大鎌に変形する。
一対多、掃討力に長けた形態だ。
コアのスキルは、シュレアのコレクションに加えるには少し弱過ぎた。
1ー0




