数合わせ大隊
ティーミスの移動開始が確認されてから、5日後の早朝。
カラカラカラ…カリカリカリカリ…
微かに黒い火の粉を帯びた大剣を引きづりながら、ティーミスが一人セガネ国の防壁の監視範囲に現れた。
「お出迎え、どうもです。」
セガネ国の大門の前に、騎士の大隊が配備されている。上空から見れば、無数の長方形が地面にある様だ。
大体の前方には大小様々な大砲やバリスタ、後方を固めるのはゴーレム。セガネの城壁の上にも、無数の大砲が据え付けられている。
そして、その騎士の集団で出来た長方形の間に散らばる様に、あからさまに周囲の雰囲気から逸脱した者達も居る。冒険者だ。
ーーーーーーーーーー
強力な結界を検出しました。
戦場に、以下の効果が適応されます。
・魅了無効
・[帝国兵]タイプ全ては、【能力値+150%】、【多段シールド3】が付与される。
【多段シールド3】
一度の攻撃では、最大でも体力の3分の1しか失わない。
ーーーーーーーーーー
魅了は確かに強力なデバフだが、いざ対策するとなれば比較的容易に終わる。
問題はもう一つの効果の方だ。
(…範囲指定の能力強化…)
これほどの規模と効力を持つ物は、当然一朝一夕で用意できる物では無い。
セガネはティーミスの到来を、何日も前から準備して居たと言う事だ。
「…まさか…監視されて…!」
途端に、ティーミスは赤面する。
あの道草混じりの散歩を見られていたと言うのなら、実に恥ずかしい話だ。
「本当にたった一人なのですな。」
セガネ国監視塔に用意された臨時の司令室では、軍師達が頭を抱えていた。
相手が敵国の軍勢や巨大モンスターならばまだしも、一人の少女だけを相手にする戦争など、記録上初めての試みだったのだ。
軍師達は少しの間悩み話しあったのち、一先ずの答えを出す。
「よし、前方陣営の主力兵を前に出せ。」
魔法陣に向かい指示を一つ飛ばした軍師は、その足のまま窓の前に移動する。
此処からならば、戦況を睥睨出来る。
「女の子に手をあげるのは気が引けるが…」
騎士達の合間から、数十名ほどの人物がティーミスの前に姿を現わす。
「まあ、僕だって時と場合って物はわきまえているつもりさ。」
軍師達はティーミスを、軍隊として指定した。
それも、“主力戦闘兵一人だけ”で編成された軍隊だ。
軍戦では、兵士は大まかに分けて二種類存在する。
特殊能力や突出した技能を持ち合わせては居ないが、戦闘においては充分な戦力となる[一般兵]。
そして、そんな一般兵と比べて文字通り桁違いの戦闘能力を持っている、戦術の核となる兵士[主力兵]。
「沢山居るんですね。」
「ああそうさ。此処に居るみーんな、君の事が大っ嫌いな人達さ。」
「…フェアじゃ無いですね。」
「フェア?…ふふふ、君の方こそ、神様みたいなスキルを授かっているじゃ無いか。
…気分はどうだい?…なんの努力も無しに、無双のモンスターになれた気分は…」
「…ごめんなさい。少し怒らせてしまいましたか。…ですがせめて、」
ティーミスの手首から、ポタポタと黒い液体が垂れ始める。
ティーミスの背後の地面から赤黒い液体が染み出して行き、赤黒い液体から兵士が次々と、文字通り湧き出して来る。
「数くらいは合わさせて下さい。」
ただ実際は目測の為、帝国側の人数と本当に合っているかは分からかった。
「何だと!?」
瞬きの間に、一瞬にして帝国側とほぼ同等規模の兵士が出現した。
魔法学では全くもって説明の付かない、常識外れで、恐ろしくて、そして、夢の様なスキル。
「前方に大盾持ちと砲兵、歩兵の集団に参陣する…あれは野人か?後方には弓兵に、よくわからん特殊兵も其処彼処に…」
軍師達はすぐさまティーミス陣営の分析を開始する。
その表情には緊張も混じっていたが、どこか活き活きとしていた。
分析して分かったことと言えば、ティーミス側の陣形が、強力なテンプレート編成だと言う事。
そしてその軍勢を構成する存在は、ギルティナイトやその亜種だと言う事だ。
個の能力値では、通常の人間よりもギルティナイトの方が格段に上。集団バフによって強化されていても、良くて互角程度だ。
「よし、特殊兵と[咎人]の動向に警戒しつつ…よし、前衛部隊、交戦を開始せよ!」
「うおおおおおお!!!」
指令に呼応するように、前線の数隊が解凍され、突撃を開始する。
それを見たティーミスが指をくいと動かすと、盾持ちを先頭にギルティナイト軍も進行を始める。
本来ならばティーミスも参戦したい所だが、
「ふふふ…行くよ、《炎舞》!」
「…《ナイトプライド》。」
「うおおおおお!《千龍倒斬》!」
ティーミスの周囲を固めるのは、どれも名のある冒険者ばかり。
剣の一振りで全てが解決、とは行かなかった。
「…」
ティーミスの手に持つ魔剣が、5m程の巨剣に変わる。
その重量は凄まじく、ティーミスの手首の骨は相変わらずメリメリと痛々しい音を立てる。
「ぬ!?」
「…はああ!」
巨剣が一回、半月を描くように振るわれる。
たった一回ではあったもののその威力は凄まじく、巻き起こった風圧によってティーミスに接近中だった冒険者が何人か吹き押される程だった。
「良い得物だな。」
人狼の戦士が一人、巨剣を持つティーミスの目の前に立ち、右手に魔法陣を出現させる。
「俺とお揃いじゃねえか。」
「…にえ?」
人狼が魔法陣から取り出したのは、城塞設備からむしり取ってきたかの様な、5m程の巨剣だった。
◇◇◇
「はぁ!や!…てやぁ!」
双剣を使う帝国騎士が一人、戦場を舞っている。
黒い短髪。二十歳前後の生真面目そうな顔立ち。全身をすっぽりと防護しているが、見る者にすらりとした印象を与える白色の鎧。
彼の名前は、コア・クロウ。
「副隊長!右翼側が苦戦中との事です!」
「わかった。直ぐに向かう。」
帝国騎士団第8番隊副隊長、[戦場の血風]だ。
コアが右翼側に向かうと、そこは異様な戦況と化していた。
「クソ…当たんねえ!」
「い…いつの間に…!?ぎゃあああああ!?」
女性の様なしなやかで淫らなからだつき身体つき。紅い肌。黒いナイフ。紅い薄布で覆い隠された顔。黒く長い髪の毛。同じく、腰から股間にかけて垂らされた黒く長い布。
ーーーーーーーーーー
【踊り子】
高い回避性能と暗殺性、それから貴重な魅了を使用する事の出来る特殊戦闘兵です。
主に集団を相手にした時間稼ぎ及び陽動を得意とし、背後に回り込んでの後衛の暗殺も得意とします。
ただし耐久面に難を持っており、広範囲に渡る攻撃には注意が必要です。
ーーーーーーーーーー
当然だが、此処の騎士達は兵士の解説文を見る事は出来ない。
特殊戦闘兵とは文字通り、特殊な能力によって戦況を掻き乱す事を得意とした役職。
適切な対応策が無ければ、攻略は困難を極める。
「…皆。一旦離れろ!」
コアは一先ず一般兵を引かせた後、威嚇剣舞によって踊り子達の注意を惹く。
「すー…はー……考えろ…」
ギルティナイトやその亜種は決まって、対応する役職のイメージを過剰なまでに体現している。
この兵士達も、例外では無いはずだ。
(…露出の激しい衣装…ナイフ…女性……ダンサーか?)
ダンサーとは本来、劇場や酒場などで客を相手にする仕事で、戦闘役職には入らない。
が稀に、そのスキルを戦闘に生かし戦う者も存在し、近年ではダンサーを、特殊近接戦闘役職に加えようと言う動きも出ている。
(高機動…つまり低耐久…ならば!)
コアは両手の剣を構えると、腰を落とし、低姿勢体制をとる。
「《ブレードストーム》!」
次の瞬間、コアは剣を構えたまま回転を始める。
剣によって発生した斬撃が竜巻を成しコアの体を包み込み、斬撃の竜巻は次第にその規模を増していった。
“ズシャア!”
“シャア!”
風の様に飛来する無数の斬撃に、踊り子達は次々と斬り伏せられて行く。
ただコアの加減もあってか、後退していた騎士達には傷一つ付いていなかった。
風が晴れ、少し疲弊した様子のコアが現れる。
「ふ…副隊長!」
「俺は大丈夫だ。それより…」
「あれを!」
「…?」
馬の蹄の音がする。