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報復への散歩

早朝、名もなき平原。

ティーミスは一人、少しゆっくりとした足取りで歩いている。


「…はあ…」


頭痛と耳鳴りとそれから目眩がするし、朝だと言うのに異様に気分が陰鬱だ。

酷い寝不足だ。


「…この方角で本当に合ってるんですよね…?」


ティーミスは布切れを片手に、そうポツリと呟く。

ウィンドウの表示するナビゲーションとは違い、実際の地図では現在地も残りの距離も教えてはくれない。

ティーミスは、今の集中力に自信が無かった。


「…迷子かもしれませんが…その時はその時です…」


幸いにも、ティーミスの進行方向は正しかった。


「…あれは…?」



数分後、セガネ国玉座の間。又は、セガネ国臨時会議室。

玉座の前に設置された楕円卓を囲み、セガネの重役達が冷や汗交じりに議論を交わして居た。


「咎人がこちらに向かっているだと!?幽閉されたはずではないのか!?」


「そんなもの、今のジョックドゥームを見れば察しが付くだろう!それより、奴の進行速度は!規模は!」


外界監査官が耳に魔法陣を当てつつ、次々と飛んでくる質問に答える。


「えー、規模は咎人一人。進行速度は一般的な少女の徒歩と変わらず。この速度で行けば、3日後のの昼頃にも到着するとの…えー、今情報が入りました。咎人は進行を停止し、…木陰で休息をとっているとのことです。」


「…よ…よし…ならばまだ猶予はある!セガネの底力を見せてやろうではないか!」


「報復のつもりならば、何度来ても同じだと言う事を知らしめてやりましょう!」


「既に帝国騎士団と冒険者もこちらに向かってるとの事です!」


セガネ国はケーリレンデ帝国にとっても重要な場所。

帝国として、フィフィやアトゥと同じ道を辿らせる訳には行かなかった。


「時間ならば充分ある!魔道砲を総動員し、セガネの持てる全兵器の使用許可もだ!」


今まで帝国側はティーミスに対しては負け続きだったが、セガネの玉座の間で起こった戦闘によって、形はどうあれ流れは覆った。


「あわよくばこのセガネで、決着を…!」


次の瞬間、議会員一同は沈黙する。

相手は侵略を目論む大国などでは無い。たった一人の、自分達と同じ人間の少女なのだ。

議員達は、ただただ無力感を抱いた。



〜〜〜


冒険者の都ビジオードにある、とあるギルドの一室。


「咎人が、セガネに?分かった、緊急クエストを用意しよう。対象は、第五階級以上の冒険者には“兵器の運用支援”第八以上は、“前線戦闘”だ。」


マーシャルが一人、魔法陣を相手に指令を飛ばしている。

ティーミス・エルゴ・ルミネアに関する情報は、記録上最初の出現であるアトゥ植民区崩壊事件以来急ピッチで収集され続けて居た。

ピスティナの残した記録、各地で起こったティーミス出現の生存者の証言、痕跡調査隊の報告、それら全ては集約され、各国の戦術参謀や冒険者協会幹部によって共有されている。


そうして出された結論、それが、ティーミスの封印だ。

得体の知れぬ自己蘇生、数多の戦闘スキル、そして、ティーミスの守るモノの価値の大きさ。それら全てを考慮した結果の、一先ずの対策としての結論だ。

どんな存在にも、隙と言うのは絶対に存在する。ティーミスの場合は、死後から蘇生までの間の数秒間だ。

その数秒を使い、考えうる限りの最強の封印魔法陣を起動させ、ティーミスを未来永劫魔法陣の中に封印すると言うものだ。


それが冒険者協会が決定した、ティーミスへの勝利条件だ。


「リニー、そちらはどうだ。」


マーシャルの話し掛ける魔法陣から、少し明るい女性の声が聞こえて来る。


「既に第14番隊と第8番隊のブッキングが完了しました。…魔法資源的に、恐らくこれが今回の遠征の限界人数でしょう。」


整頓された事務室に座るマーシャルとは対象的に、リニーの居る場所はむさ苦しい騎士団詰所の中だ。

年季の入った木を基調とした大きな広場に、沢山のテーブルと椅子があり、鎧や武器があちこちでせわしなく運搬されている。


「では、そろそろ切りますね。マーシャルさん。」


「ああ、また後日。」


魔法陣の描かれた羊皮紙を懐にしまったリニーは、付近にあったテーブルにつき、ほんの少しだけ口をつけて居たビールをぐいと一気に飲み干す。


ジョックドゥーム監獄からティーミスが脱走し、代わりにジョックドゥームの方が雪と氷に閉ざされてしまったと聞いた時、実の所リニーはさほど驚かなかった。

リニーがティーミスの処刑を閲覧しなかった理由は単純だ。

多忙とそれから、ティーミスの首が、処刑台から転げ落ちるビジョンが何故か全く見えなかったからだ。


最愛の師匠を殺めたティーミスを、リニーは確かに恨んでいた。

夢に見る程に恨み倒して居た。

ただ、それと同時に、リニーはティーミスを信用していた。


処刑程度で、あれが死ぬ筈は無いと。


リニーは、ピスティナの遺したティーミスに関する“本物の”資料を何度も読み漁った。

アトゥの貴族家に生まれて、臆病だが心優しい性格に育ち、他の貴族家の子供と同じ様に貴族学校に通い、たまたま帝国によって全てを奪われただけの少女。

それが[咎人]ティーミスの原点だ。

生き延びる為に人類が罪と指定する行為を積み上げ、何処からか強大な力を授かり、そして、今は人類としての権利を失ったただのモンスターだ。


何度読み返しても、何度想像を巡らせても、リニーの心に宿るのは“可哀相”と言う感情だけ。

始め、自分はこんなにも共感性の無い人間だったのかと落胆したが直ぐに気が付く。

可哀想、以上の何があるのだ?


リニーはリニー、ティーミスはティーミス。

皮膚とそれから空間によって隔たれた、所詮は全く違う物体だ。

人の気持ちを考えるとは聞こえが良いが、実際はただの想像だ。


ティーミスがこの世界の大多数にとっての邪魔者故に排除する。

可哀想だが、可哀想以上の事は無い。

ティーミスも、同じ心境だろうか。


「…おい、聞いたか?貴族街で強盗騒ぎだってよ。」


「ああ。何でも、子供を人質にとって立て籠もってるだとか。」


騎士たちのそんな雑談を耳に挟んだリニーは、徐に席から立ち上がる。


(あれこれ考えても仕方無い。外で運動でもしてこようか。)


リニーは弓を背負うと、その兵舎を後にする。

立て籠もっていた強盗犯が、超遠方より飛来した一本の矢によって仕留められたと言う話が挙がるのは、この十数分後の話だった。



〜〜〜



国と国の間には、殆どの場合は何も無い広大な平地が広がっている。

その平地の上に、森や山や村や町などがあるのだ。

平地は、野宿出来る程には安全ではあるが、定住するには危険なな所だ。


赤い毛並みをした犬が二頭、ティーミスの行く手を阻む様に立ち塞がる。

名前はそのままレッドウルフ。獰猛な狼のモンスター。

平地には何も無い、つまり、他の場所へ行く為の道。故に此処では、様々な“交通事故”が起こるのだ。


レッドウルフが突撃して来る。

ティーミスは軽く右足を上げると、そのまま右方向に振り、回し蹴りを繰り出す。

何かが粉砕される音がして、レッドウルフは二頭纏めてかなり離れた場所の地面にまで吹き飛ばされ、二度と動かなかった。


「…にえ!」


吹き飛ばされたレッドウルフの方角を見て、ティーミスはその目を少し見開く。

そこには、小さな花畑があった。


本物の花を見るのは、花畑を見るのは、いつ振りだろうか。


(いえ、早くセガネに行ってしまわねば…でも、時間もありますし…うう…)


ティーミスは、その心中で葛藤を始める。


(…どうせ着くのは明日か明後日です。数分伸びた所であまり変わりはしませんよね。)


ティーミスは誘惑に負け、その花畑の方へと歩いて行ってしまった。

寝不足故に精神状態が不安定で、自制が効かなかったのだ。


「…対象は進路変更後…マーガレットの花を眺め始めました。引き続き、観測を続けます…」


よって、ティーミスを監視して居たシーフの報告は、緊張感のかけらも無い内容となってしまった。

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