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孤独のストレス

ーーーーーーーーーー


定時更新の日付を間違えてしまいました。

誠に申し訳ございません。


ーーーーーーーーーー

ゴーレム。

種族としてはありふれたモンスターで、その戦闘能力も様々だ。

その主な起源は、もともと人の手によって作られた物が呪いによって凶暴化した物が2割、そもそも構造が不安定で、自然に暴走してしまった物が7割。そして、古き文明によって作られ、何らかの拍子で起動を始めた者がおよそ1割。


“適正存在確認 和解効率 低い コントロールセンターは排除を推奨しています。”


ただ、今回出現したそれは、そのどれとも当てはまらなかった。


胴体に刻まれるのは、どこの国に所属するかを示す為の意匠では無く、“ST-32”と言う白く角ばった文字。

その5mほどある巨体とそのフォルムシルエットは太った男を連想させ、その全身は岩石でも魔石でも無く、鋼鉄によって形作られていた。


旧ジョックドゥーム監獄より西、氷雪地帯の境界にて。


「クソ…こいつ、物理攻撃に対して極端に耐性を持ってやがる!」


「駄目だ、生半可な魔法攻撃じゃ傷一つ付けられない!」


その敵は、軍の倉庫でも無ければ地下遺跡も何も無い筈の地面から突如として現れ、ドラゴンすら凌駕する高速飛行によって、雪原ジョックドゥームの地の外周に降り立った。そこにはエルフの住処は無かったが、代わりに雪原の拡大を抑止する為に配備された騎士団が居た。


“排除、開始します”


未知のゴーレムの拳が振り上げられ、雪原地帯と草原のちょうど境界のあたりに振り下ろされる。

クレーターが生まれ、衝撃波によって数十の騎士達が砂塵の様に吹き飛ばされる。

その立ち回りは、どこか雪原地帯を守っているかの様だった。


「っく…我々の手には負えない!一先ず撤退だ!」


ゴーレムを睨んだまま、騎士団は後退を始める。


“敵対存在の退散を確認。戦闘終了と判断します。”


その巨体には見合わぬ聴きやすい女性の声で、ゴーレムは誰に聞かせるでもないシステム音声を放つ。


「へへ…追って来ねえのか…」


“これより、掃討を開始します。”


ゴーレムの頭部にあるそっけなく輝く無機質な赤いランプから、一本の細い光線が地面に横直線を描く様に放たれる。

地面に残った光線は、直後、そのエネルギーを上へと吹き上げる。

一瞬だけそこに光の壁が築かれたが、次の瞬間には地面の下で何かが爆発した様に、地盤全体がクッキーの様に割れる。


「ひいい!?」


一撃目の被害は、幸いにも数隊のみで済んだ。

ただ、土埃が晴れる前に、ゴーレムのランプは再び光を集め始める。


「な…!?」


少なくとも魔法の法則には完全に反したデタラメな大技が、再び放たれようとしている。

そこに居る全ての人間が、死を覚悟した。


ダシリと、鉄板が無理矢理破られる音がする。

ゴーレムの、シウテクトリの腹からは、黒炎の魔剣の柄が突き出ていた。


“メインタンク…損傷…予備エネルギールートの設定を開始しま…”


「《血閃(マッドレイ)》」


真紅の光線が、シウテクトリの全身を包み込む。

バチバチと音を立て、シウテクトリの外装は少しづつ赤茶色に変色を始める。

シウテクトリの生まれた世界は魔法の無い世界。故に、炎や低温などの事象には強かったが、魔法耐性そのものは無かった。


“ジジ…ガガガ…”


「……」


騎士団の最後方に、ティーミスが立っている。

最後尾の騎士の頭の上に立っている。


「う…うわ!?」


ティーミスがその人差し指をくいと動かすと、シウテクトリに突き刺さっていた魔剣がその手元に舞い戻って来る。

一回素振りをしてオイルや針金を振り払うと、ティーミスはその騎士の頭から飛び降りる。


「な…何で…!?…は…!?」


先程までティーミスの足場にされていた騎士は、目を見開き怯え震えている。

いくらヘルムを被っていたとは言え、曲がりなりにも訓練を受けていた兵士が自身の頭に人が乗っていた事に気がつかなかったのだ。

幾らゴーレムに気を取られていたからとは言え、その騎士は、恐ろしい怪異にでも化かされた心地を得た。


「地図があるって、便利ですね。」


ティーミスの構える武器が、大きな魔剣から細身の黒い刀に一瞬で切り替わる。

一口にゴーレムと言っても種類は様々居るが、殆どはその機動力に難がある。

このシウテクトリもそうだ。


“ジジ…機体損傷重篤…これよりアンリミテッドモードに移行します。”


最もシウテクトリは、この世界で言うゴーレムとは全くの別物だが。


分厚い鉄板が次々と地面に落下していく、若干の反響を伴った重々しい音が聞こえる。

シウテクトリの外装が剥がれ落ちて行き、内部の骨組み、否、シウテクトリの本体が露わになる。


“機動力、エネルギー効率、攻撃力、向上。防御性能、外部交信機能、自己制御能力、低下。

この機体は1時間後に緊急停止をします。”


数本のワイヤーを纏った棒の様な四肢。無機質な輝きを放つ赤いランプの灯る、警察の身につけるヘルメットの様な頭部。そして、オレンジ色に赤熱した鋼鉄製の拳。

肋骨を模したであろう六本の鉄柱の一番右上の物には、先程と同じ“ST-32”の文字が、若干かすれてはいるが白いステッカーで描かれていた。

いかにもな本気モードと言った具合だ。


“内部ヒーター、最高出力。これより、潜在的脅威との交戦を開始します。”


白く細い糸の様な光が三本、シウテクトリの体に走る。


“第一武装解除。グラ…”


シウテクトリの棒ばった体が、だるま落としの様に頭部からスルスルと地面に落下して行く。

ティーミスを目の前にして、シウテクトリはシステム音声を垂れ流している余裕など無かったのだ。


チャキリ…


ティーミスが、魔剣を鞘に納める音がする。

別に納刀しなくともアイテムボックスに入れて仕舞えば同じ事だが、ティーミスなりのこだわりがあった。


ーーーーーーーーーー


フィールドクエストをクリアしました。

以下の報酬を獲得します。

・2289923EXP 70900G

・コーアー社製超電子炉心

・鉄片×28

[タイムボーナス]パラダイムシフトプラン×3


ーーーーーーーーーー


ティーミスは、凄そうなアイテムとそうでも無さそうなアイテムがボックスの中に出現するのを見届ける。


「…助けて…くれたのか…?」


一人の騎士が、ふとそんな事を呟く。


「にぇ?」


ティーミスには、当然そんなつもりは無かった。

そもそもシウテクトリ自体、ティーミスの手によって、ティーミスに倒される為に呼び出された物だ。

帝国の騎士を助けるつもりは毛頭無いが、だからと言って今此処に居る者達を即刻皆殺しにするのも嫌だ。

と、ティーミスは丁度良い言い訳を思い付く。


「鎧に付いているそのリボン。貴方達、騎士に就任してまだ1年も経っていませんよね。

…私を苦しめた騎士は、少なくとも2年前から騎士だった者ですので。」


鎧を装飾するためのリボンは騎士の所属によって色分けされているが、必ずしも業歴を示す物では無い。

帝国騎士の、過剰なまでに複雑な組織体系を利用し、ティーミスは勘違いをしているふりをした。


「な…何を言う!我は…」


雪原を映したティーミスの薄銀の瞳が、振り返った拍子に帝国騎士の鎧を写した灰色に変わる。


「何か言いました?」


有無を言わせぬ威圧感、重圧が、声を上げようとした老齢の騎士にのしかかる。

心なしか、ティーミスの顔が少し赤みを帯びている様にも見える。

苛立ちの表れだ。


「…いや、何でもない。」


「そうですか。それにしても…此処は随分と寒いんですね。皆様も、お身体には気を付けて下さいね。」


ティーミスは騎士達に素っ気なくそっぽを向くと、そのまま空間の歪みの中へと消えて行った。


「…何なんだ、一体…」


帝国及び冒険者協会最上層のみが知認している、とある仮説がある。

ティーミスは、帝国以外の、強大な何者かと敵対関係にあると言う物だ。

突如現れ、ティーミスの出現させたであろう区域に入り込み、そしてティーミスに倒されたこのゴーレムも、そんな“何者か”の内の一体なのだろうか。


ティーミスには何か壮大な目的があり、今の人類からしてみればそれが極悪非道に見えるだけかも知れない。

もしかすればティーミスが、この世界で唯一の、本当の正義を心に宿した人物なのかも知れない。

そんな仮説、今の帝国には否定する事しか出来ない仮説が、また一つ裏付けされた。



◇◇◇



「〜〜〜〜!!!」


ぬいぐるみに顔を埋め、ティーミスはその叫び声をぬいぐるみの綿の中に解き放つ。

顔が赤らんでいたのは苛立ちからでは無く、単に人前で緊張していただけだった。

空は、遠巻きに見える僅かな夕明かりを除き夜闇に包まれていた。


「……」


では、ティーミスが気軽に話す事の出来る、会話を交わせる事の出来る人物とは誰だろうか。

ジッドは、もうずっと前からティーミスの元に現れていない。


「…う…うぐ…」


突如ティーミスは、鉛板を胸に押し当てられる様な悪寒に嗚咽する。

この世界にはもう、武器を握らずにティーミスと喋れる相手が居ない。

全員死んでしまった。


「…」


ティーミスはぬいぐるみを抱きしめたまま、とさりとその身をベッドに委ねる。

どうして、こんな事になったのだろうか。

ティーミスはただ、自分を殺そうとしている帝国と言う組織と戦っているだけだ。最初は、天から見れば何もやましい事など無かった筈だ。

ティーミスは、一般市民も沢山殺した。ティーミスのせいで、一般市民が沢山死んだ。


“どんな事があっても、絶対に人を傷付けてはいけないよ。”

母の言葉だ。

どうしたってティーミスは、殺人と言う許されぬ罪を犯した、どうしたって救われない大罪人だ。

ティーミスが幾ら強くなろうったって、幾ら償おうとしたって、死んだ人間は絶対に戻って来ない。

ティーミスはもう、誰からも許されない。


「う…うう…ごめんなさい…お父様…お母様…!」


ティーミスは、ぬいぐるみの布地を涙で濡らす。

折角生を受けたのに、折角愛を受けたのに、どうしようもない最低人間のなってしまった。

どうしようもない、化け物になってしまった。


ティーミスの歯が、ガリリと一つ音を立てる。

ならばせめて、生きてやろう。

誰からも望まれなくても、誰からも嫌われていても、世界最後の一人になったって、一秒でも長く生きてやろう。

破壊でも創造でも関係無く、一つでも多くの事を成し遂げよう。


「…」


ストレス性の狭心症によって、ティーミスは不眠症を患った。

孤独は心を蝕む。

孤独は、最も酷い部類のストレス源だった。


暖かい食事が無くったって、安らぎが失われたって、ティーミスは生きている。

腕は動く。足は動く。頭は働く。体力はある。目は見える。耳は聞こえる。徴兵力はある。


ティーミスはぬいぐるみをベッドの上に座らせると、そのまま二階の窓から外へと飛び出して行く。


「…セガネ…」

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