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犯行動機

「………」


「………」


ロードハート家邸宅。応接間。

ティーミスとシュレアはそれぞれ、テーブルを挟むように置かれた二つの高級ソファに腰掛けている。


「…その…えっと…」


シュレアは、自らの恋した人間に怯えていた。

ティーミスのパッシブによる魅力を、ティーミス自身の齎らす恐怖心が超えたのだ。

ティーミスが帰るつもりが無い事が分かり、ティーミスを一先ず応接間に呼び出したシュレアだったが、この後何をすれば良いのか検討も付いていなかった。


「…あの、」


「私を此処に連れてきたのは、本当に私が好きだったからだけですか?」


「え…?」


「貴女は自分の事を、“次期”当主と仰っておりました。では何故、今の当主では無く貴女がボスなのですか?」


ティーミスは元々、物事をそこまで深く考える人物では無かった。

言われた事は素直に受け取り、本を読んでも分からない事があれば、そう言うものだと割り切る、そんな人柄だった。

運命はティーミスに、捻じ曲がり歪曲した世界を示した。

いつしかティーミスは、自身の見る世界と同じ、思慮深く捻じ曲がった性格になっていた。


「それは…」


シュレアはしばしの間思考を巡らせ、やがて何かを決断したかの様に立ち上がる。


「付いてきて下さいまし。」


シュレアはティーミスを、邸宅にあるとある部屋まで案内する。

年季の入ったオーク材の扉を開けた先に広がって居たのは、同じく年季の入った雰囲気を醸し出している広い寝室。

天幕の掛かったベッドの上には、一人の男が横たわっていた。

その金髪の色合いは、シュレアそっくりだ。


「…わたくしの、お父様ですわ。」


「…」


シュレアはそのベッドにゆっくりと歩み寄るが、ティーミスは扉の前から動こうとはしなかった。


「病気、ですか?」


「厳密に言えば呪いですわ。ずっと前に此処に来たヴァンパイアハンターに掛けられましたの。」


シュレアは、自身の父親の頭をそっと撫でる。


「もう何年も、ずっと眠り続けているんですの。」


「…それはお気の毒に。それで、私の誘拐と何の関係が?」


「言ったでしょう。わたくしは、貴女に眷属になって貰いたいと。」


「…にえ?」



それは10年前、まだティーミスが一歳、シュレアが290歳だった頃。

とある魔王の城にて。


「位階を…下げる…?」


「領土変更については後日通達する。今回の要件は以上だ。では、御機嫌よう。」


タキシード姿のスケルトンはシュレアにそれだけを告げると、踵を返して立ち去ろうとする。


「ま…待って下さいまし!わたくしは、父上の掛かった呪いについてのお話があると…」


「ええ。貴女のお父上、ガーワ氏は、人間より受けた呪いによって事実上の戦闘不能状態となられました。

ですので、家全体の戦力の減衰と判断し、位階降格の判断が下されました。

…最も、人間如きに敗北を喫する血統に第21位階を割り当てたのは、初めから我々の判断ミスと言わざる終えませんね。」


「降格は別に構いません。…それより、何か父上を助ける手段はないのでしょうか?」


「仮にあったとして、私がそれを貴女に教える意義は?」


「…え?」


「人間に敗北する程度の第32位階の弱小魔族を、どうして生かしておく必要があるのですか?」


「…!?」


このスケルトンの言葉を要約すればこうだ、

雑魚を生かす価値は無い。


「…失礼、腐っても貴女のお父上でしたね。ではこうしましょう。貴女がこれからロードハート当主代理として功績を積み、それが上層部に認められ位階が昇格する様な事があれば、魔界資源の使用許可も降りるでしょう。

当然、“ブラックポーション”も。」


「…ブラックポーション?それは一体…」


「おや、貴女はポーション調合に長けていると聞きましたが…まあ、知らないのなら教えてあげましょう。

ブラックポーションとは、所謂魔界版のゴッドポーション、最上級回復薬でございます。

失った体力は勿論、ありとあらゆる状態異常を完治させる事も可能でございます。

其の性質ゆえにこの魔界では重要管理資源として管理されており、普段は限られた魔王のみが扱う事の出来る代物ですが、功績を積む事が出来れば、或いは…」


スーツのスケルトンは、少しからかうようにその顎の骨をカタカタと鳴らす。


「おっと、少し喋り過ぎてしまいました。では、御機嫌よう。」


その日から、シュレアの奮闘は始まった。

降格によって四分の一以下になってしまった領土から再びコツコツと広げ始め、魔界に立ち入った侵入者を手当たり次第に討伐し、統治と言った政治面にも精力を出した。

ただ、どうしても、父親の様に完璧には行かない。

実際は単純な経験の差だったのだが、シュレアはいつしか、そんな自分に無力感を抱く様になっていた。


幸い、縁談だけならば沢山ある。適当な有力魔族に嫁げば、土地を手放し全てを放り出しても許される。

10年が過ぎ、諦め掛けていた時だった。

ろくな眷属も作れず、シュレアは自らが地上の偵察に出向く事になり、そして、彼女と出会った。


「…?」


人に化け、シュレアはアトゥと言う国に潜伏していた。

アトゥで地下泉の発掘が始まろうとしたその時に、シュレアは初めて彼女をその目で初めて見た。

腕を怪物に変え、燃え上がる剣を振るう、天使の様に美しい少女。

少なくともその時のティーミスには、同性を惹かせられるパッシブスキルはまだ無い。


「…随分と強い人間もいるのですのね…」


そうして、その計画は始まった。


「人間?」


潜伏先の家の中、シュレアはもう随分と使っていない自身の吸血歯をぺろりと舐める。

シュレアの記憶が正しければ人間は、使役可能な温血動物だ。


「あの人間が居れば…」


シュレアは直ぐに魔界に帰ると、ティーミスを捕まえる為の準備を始めた。

なけなしの貯蓄を使い腕の立つ刺客を買い、自身が居ない間を任せるための番人も雇った。

ただティーミスの、“時折この世界から消える”生活スタイルの為、足取りの捜索は困窮を極めた。


そうして数ヶ月かけて、ティーミスが自分の家と呼んでいる場所を突き止め、留守の間に刺客を配備し、万全の状態で捕獲作戦に臨んだ。


「…随分と定期報告が遅いですわね…」


定時報告予定時刻から数分が過ぎた頃、痺れを切らしたシュレアは、自ら地上に赴いた。

その結果、運良くティーミスを捕まえる事が出来たのだ。


「全員…倒されたんですの…?」


その力の片鱗を、目の当たりにしたと同時に。



「…つまり、貴女方の家の再興を手伝って欲しくて、私を誘拐したと。」


「まあ、それが主な理由ですわね。…どういうわけか、貴女との主従関係は叶わないようですが…」


「…そうですか。要するに、そのブラックポーションとやらを取ってくればいいんですね。」


「何ですの?」


「貴女は私を手に入れる為に、様々な努力を成されました。

では私は、その努力への対価を支払うべきかと。」


魔族とは、いわば生物学的な人間の敵対種。

一人で帝国と戦い続けるよりも、もう一層、魔族側に付いてしまえばいいのではないかと言う、ティーミスなりの考えだ。

幾ら世界に揉まれても、ティーミスは所詮は11歳の少女。まだまだ、甘かった。



~~~



「…これは…」


旧ジョッグドゥーム監獄より、南70km地点。

一人の地質学者の発見は、大陸全土を恐怖の底に陥れた。


「寒冷地が拡大しているだと?」


「はい。旧ジョックドゥーム観測隊より、七ヶ所全てから同様の報告が上がっております。このペースで拡大が続けば、寒冷域はいずれ他領へも広がるかと…」


「何と言う事だ、これじゃまるで、」


「…《龍氷ズィ・ワイバーンアブソリュート》…の超巨大版…」


ルミネア家の歴史は帝国によって抹消されてしまった故に、その歴史は謎も多い。

わかっていることは、現在に至るまで、他に類を見ぬ程の様々な種族によってルミネアの名が紡がれてきた事、アトゥ地下に存在する巨大魔力泉、[アトゥルルイエ]と深い関係を持っている事。そして、人類文明創世記に登場する原初の冒険者、エルゴ・ルミネアの末裔による一族であると言う事のみだ。

その家柄故に、いつかのどこかの“ルミネア”がドラゴニュートとの愛を完成させていても、そして、ドラゴンの血がティーミスの中で覚醒していても、何ら不思議では無い。

それならば、他の種の遺伝子も覚醒しているやも知れない。

サキュバスでも、エンジェルでも、エルフでもフェアリーでもドワーフでもニンフでもマーフォークでもスカイアでも鬼人でも獣人でも、天空種でも、神類でも

もしかすればティーミスの体は、“種族特性欲張りセット”状態なのかも知れない。


「つまりルミネア家は、歴史を全部使ってとんでもない化け物を完成させたって訳か。」


「もしこの寒冷化現象が《龍氷》によるものだと仮定すれば…」


地質学者が、地図と定規、それから算盤を机の上に広げ計算を始める、


「この大陸全体が寒冷地と化すのに半年…そして…大陸全体が、草一本生えぬ死寒の地となるのは…今から2年後…恐らく寒気は海を越え、隣の大陸にも広がっていくでしょう。

そうなった場合、更に5年後には世界全土が、雪と氷の支配する大地に変わり果てるでしょう…」


「…つまり…」


「そんな場所では、人類は生きてはいけません。仮に少数民が寒冷地に適応し、人類の種の存続は出来たとしても…」


極寒の地を好み、なおかつ一定水準の文明を持っている種。

スノーエルフ、アイスベア種の獣人、人語性アイスフェアリー。

人類の次に栄えるのは彼等だろう。

このままでは永遠に、人類が再び世界支配種となる事は無いだろう。


「拡大を食い止める事は出来ないのか?」


「元が《龍氷》ならば、打つ手無しと言うわけでもありませんが…規模が規模なので、速度を落とす程度しか…」


「…っく…」


7年。

それが、帝国に突き付けられた、支配者としての人類文明存続のタイムリミット。

ティーミス討伐に、唐突に生まれたタイムリミットだった。

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