防衛戦
ロードハート家邸宅、第三ロビー。
入り口と出口の二箇所以外に扉は無く、部屋全体も、巨大な長方形の形をしていた。
「グゴ…ブゴ…」
桃色の巨体が、その部屋の赤いカーペッドの上に横たわっている。
「ふいー、しかし、体力だけはアホみたいにあったな。この豚人。」
その巨体を、ボサ頭の赤髪の青年が、持っている大剣でちょんちょんと突きながら話す。
名前はコグ。役職は、その大剣によって戦場を蹂躙する戦闘職、“ブレーダー”だ。
「違いますよコグ。これはロードハートピッグマン。地上の物とは別種ですよ。」
そんなコグに訂正を入れるのは、艶のある茶髪にいかにも理知的な雰囲気を醸し出す青年、トゥキーエ。
役職は、治療専門の“プリースト”だ。
「おいコグテメエ!最後の一発譲る約束はどーなった!?あ!?」
そう言ってコグににじり寄るのは、刺々しい鎧を纏ったスキンヘッドの双剣使い。
名前はドレア。役職はそのまま、“デュアルソーダー”。
このパーティの、もう一人のダメージディーラーだ。
「仕方ないだろ。敵が思いのほかタフだったんだ。な?セリアちゃん。」
「はぁ…ラストヒットで揉めないで、ここは敵地だよ。もう少し緊張感を持ってよ。」
大盾を担いだ20歳前後の女性が、冷ややかな目でそう言い放つ。
このパーティの紅一点、“パラディン”のセリアだ。
「そんな固い事言うなって。確か、次でもうボス部屋だろ?余裕だって。」
「そう言う気の緩みから、姿勢の綻びが生まれるんだよ。ほら、とっとと行くわよ。」
「へいへい。」
四人組の先頭チームという事もあり。一見するとそれは冒険者の様に見える。
「聖水の残りはこんくらいか。銀刀は刃こぼれ無し。ニンニクと杭も問題無し。っし、行くぞ!」
彼らは、ヴァンパイアハンター。
国家とは別の独立した組織である冒険者に対し、ヴァンパイアハンターは、“聖イグリス共和国”と言う国の抱える、正式な国家組織。
その役目は当然、吸血鬼の討伐だ。
神の摂理に反する生命体として、聖イグリス共和国はヴァンパイアを、駆逐されるべき種として指定。
そうしてヴァンパイア専門の討伐組織、ヴァンパイアハンターは生まれた。
「オラァ!」
ドレアが、部屋の奥の、金細工で装飾された大扉を蹴破る。
まず目に飛び込んだのは、入り口から一直線に玉座まで続く赤いカーペット、そして、豪華絢爛な装飾の施された、無人の玉座。
「まさか…此処まで来てお留守…?」
セリアが、頰をぽりぽりと掻きながら呟く。
暫し無警戒で進む一行だったが、唐突に突き出されたコグの手によって静止する。
「…感じるぞ。強者の気配だ。」
と、玉座の右横にある、一見すると倉庫にでも繋がっていそうな素朴な木製の扉が開かれる。
そこから現れたのは、漆黒の刀身の刀を引きずる一人の少女だ。
煉瓦色の長髪に、今にも眠りこけてしまいそうな力無いトパーズアイ。
そして、首筋からは薄桃色のチューブの様な物が繋がっており、その先には鼓動する巨大な牛の心臓があった。ティーミスに魔睡薬を送り込む為の装置だ。
「…なんだあの子供、吸血鬼の気配はしないが…」
首をかしげるコグの横で、トゥキーエは目を見開き冷や汗を垂らしながら数歩後ずさる。
「…咎人…!?一体どうしてこんな場所に!」
「咎人?咎人って、あの最近現れたって言うレイドモンスターか?」
とドレアが、その金色の双眼をギラつかせる。
「へへ…面白え。じゃああいつ俺達でぶっ殺せば、晴れてレイド殺しのヴァンパイアハンターの出来上がりだ。だよな!」
コグが、少しあきれた様子で答える。
「はあ…出くわしちまったもんは仕方ないよな。な?セリアちゃん。」
「だね。もしかしてば、あれが報告に上がっていたヴァンパイアの正体って可能性もあるし。
…だけど無茶しないでよね。危なくなったら、直ぐに私の後ろに隠れるのよ。」
「うひょお、さっすがセリアちゃん。頼もしい。」
「るっさい!」
いつもの様にお互いを鼓舞し合うヴァンパイアハンター達。
その様子を見て、一瞬でも、自分だけでも逃げ去ろうと言う考えをよぎらせていたトゥキーエは深く後悔する。
(…そうか、そうだよ。彼らとは、天国に行っても地獄に行っても、ずっと一緒と言う約束でしたね。)
トゥキーエは、半ば確信していた。
皆殺しにされると。
それでもトゥキーエは、もう戦場から逃げ出す様な考えは起こさない。
「怪我したら言ってください!僕が治しますから!」
「へへへ!そいつぁ結構だ。…っし、行くぞコグ!」
「今回は、ラストヒットで文句は言うなよ!」
先ずは、パーティ最高速度を誇るドレアが、次にメインアタッカーであるコグが一直線に駆け出し、共にティーミスを自身の間合いに収める。
ティーミスがその二人を認識したのは、二人が到達してから3秒程後の事だ。
「ふ、遅えぞ!」
「そこだ!」
コグの重撃と、ドレアの連撃が、共にティーミスに降り掛かる。
ティーミスは、剣一本だけでそんな二人を相手している。
「っち、なんだこいつ…反応速度は鈍いのに、太刀筋の速度と威力が半端じゃねえ…」
実際その太刀筋も普段の十分の一程の力しか発揮されていない物だったが、それでいてなお、常人からして見れば剣聖レベルだ。
「二人とも、左右に逸れて!」
後方から飛んだセリアの声に呼応して、二人は回避行動を取る。
「…?」
ほぼ眠りかけのティーミスの頭では、事が起こるまで状況を理解する事が出来なかった。
「はああああああ!《ホーリーストライク》!」
セリアの持つ長槍の先端から、光の光線が放たれる。
本来はヴァンパイア特攻の為のスキルだが、その熱と光と攻撃に転化した聖魔力を直に喰らえば、並みのモンスターでもひとたまりも無い。
極光の光線が、ティーミスめがけて放たれる。
ティーミスは魔刀を手放し、その腕を顎腕に変え、そして、
「ひぃ!?」
その光線を、飲み込み始めた。
“パキパキ…パキパキパキ…”
肥大化する顎腕によって、その外装がひび割れる音がする。
《ホーリーストライク》が撃ち終えられる、
顎腕の口の中で、その黄金色をした浄化の極光が瞬いている。
金属が擦れるような高音がして、顎腕の口中で、光の色が黄金から紅色に染まる。
顎腕から、真紅の光線が放たれる。
先程の《ホーリーストライク》と比べても、質力も規模も倍以上に膨れ上がっていた。
「ぱ…《パーフェクトガード》!」
セリアが手に持つ大盾を築き上げると、目の前に半透明の巨大な盾が出現する。
間一髪で、ダメージディーラー二人もその障壁の中に隠れる事が出来た。
「おいおい…なんだあれ、反射なんて言う生易しいもんじゃ無いぞ…」
コグが、下唇を噛みながらティーミスの方を向き呟く。
本来ならば、この程度のパーティならば瞬殺のティーミスだが、あいにく現在は、“本来の”ティーミスでは無い。
(体が…まるで鉛のようです…)
全身が麻痺し、主に大脳の活動を極端に制限されたティーミスは、“現実的なレイドモンスター”並みの戦闘力にまで落ちていた、
一見すれば、ティーミスの首から伸びているチューブを断ち切れば済む話に思える。
が、このチューブはティーミスの首の大動脈と直接繋がっており、今の状態で断ち切れば、チューブから凄惨な量の血液が吹き出してティーミスは死ぬ。
これを取り外すには、精巧な外科的技術を用いらなければいけない。
体内に溜め込んでいた全てのエネルギーをぶつけ終え、ティーミスは顎腕を解除する。
そして、再び魔刀を取り出し、スローペースで構え、
「人間!」
「…?」
背後からの声に呼び止められる。
息を切らせたシュレアが、ティーミスの出てきた扉の前に立っている。
「一体何をやっているの!?貴女はもう自由の身なのよ!?」
「…」
ティーミスは、ゆっくりとシュレアの方を向く。
その隙を、トゥキーエは見逃さなかった。
「…!今です皆さん!この魔法陣の中へ!《帰還》!」
「っち、お開きってか。」
ドレアから少し愚痴が漏れたのが最後、先程までそこに居たはずのパーティは、一瞬にして消え去る。
想定外の事態が発生したのだ。通常ならば即刻帰還が常識だろう。
「はあ…はあ…大丈夫…ですの?」
「…うん…」
コポリと、ティーミスはその口から淡いピンク色の液体を吐き出す。
大丈夫では無かった。
体を動かした事により、ポーションが早く全身を回ったのだ。
「…どうして彼らと戦ったんですの?わたくしは…誘拐犯ですのよ?」
「…」
ティーミスは徐に炎の魔剣を取り出すと、黒炎の宿ったその刀身を、自らの首の右側面に押し当て始めた。
「ぐ…ううう…あああ!」
ティーミスの首の皮は黒く灼け爛れ、周囲には肉脂の焼ける臭いが充満する。
そうしてティーミスは魔剣を当てたまま、一気に首に刺さるチューブを引き抜いてしまった。
「はー………はー………はー………」
ティーミスの首の右側を中心に、内肉や血管にまで達する痛々しい火傷が出来た。
引き抜かれたチューブからは、ピンク色の液体が絶えず地面に垂れ流されている。