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オートファジーラブ

暗い洞穴の様な場所。

紫色の鍾乳石がそのまま格子となっている牢獄に、ティーミスは囚われていた。


「……」


首筋にはチューブの付いた針を刺され、耐えずピンク色の液体を投薬され続けている。


(気分が…悪いです…意識を持ったまま…体だけが眠っている様な…)


ティーミスは荒縄によって、地面にへたり込む体勢で固定されている。

いつものティーミスならば、少しもがいただけで全ての縄が弾け飛んでしまうだろう。


「はー………………はー………………」



ただ、今のティーミスはインプの血によって作られた麻酔薬によって、身動き一つ取れない状態だった。

家に押しかけてきた魔族達を見事撃退したティーミスだったが、吸血鬼を撃退した直後に昏倒。気付けば此処にいたと言った具合だ。


ただ、今の所は監禁以上の事は起こっていなかった。

故にティーミスは、ぼんやりと開けられた口から唾が滴り地面に落ちるのを感じ取る事以外する事が無い。

あれから、一体何日経ったかも分からない。

正直言って、ティーミスは死ぬほど退屈だった。


「…で、あれどうすんだよ。」


「知らないよ。ボスが帰って来てないんだ。」


と、何者かの話し声が、二人分の足音と共に近付いて来る。


「ほら、見えてきた。もう3日もあのまんまだぞ。【最上級魔睡薬】だって無限にある訳じゃ無いんだし…」


「まああれだ。いざとなっても俺達のせいじゃ無いからさ。」


恐らく下級悪魔の二人組は、ティーミスの居る牢屋の前で立ち止まる。


「…なあ、こいつ、人間にしちゃ随分可愛くねえか?」


「あ?…ああ…そうだな。俺は特に目元が好みだな。」


「分かる。なんつーか、サキュバスみたいな色気があるよな。」


ティーミスは、その瞳をゆっくりと見物客達の方へと向ける。

格子越しに誰かが自分を見物する光景。

その光景はティーミスに、様々なトラウマを蘇らせる。


「?おい、あいつの目からなんか出てっぞ。水?」


「泣いてるんだろ。」


身動きも取れずに同じ場所に居続けているのだ。

考える時間も、記憶に浸る時間も、腐る程あった。

ティーミスの首の筋が、一瞬だけピクリと浮き上がる。


「おい、今あいつ動かなかったか?」


「まさか。普通の人間なら肺も心臓も止まって死ぬ量を毎秒流し込んでるんだ。見間違いだろ。」


「ああ、だよな。」


編み上げのサンダルから覗く足の指が、一度グーパーをする様に動く。

ティーミスの魔睡は、確かにその効力を失い始めていた。


人間の体と言うのは、免疫と言う実に便利な機能を備えている。

魔法生物には無い非魔法生物独自の機能だ。

同種の薬物を与えられ続ければ、当然免疫も耐性も付く。


「おい、今動いたぞ!」


「まじじゃん…確かあいつ、捕まる寸前にキャッブズ達ぶっ殺しちまったんだよな…俺たちで勝てんのかよ…」


悪魔兵士達は、既にティーミスとの戦闘の心配をしていた。


(…少し動けるって…余計に辛いですね…)


ただティーミスは、まだ拘束を降り解ける程は復帰していなかった。


「と…取り敢えず投薬量を増やして…」


と、悪魔騎士達は不意に動きをピタリと止め、唐突にティーミスとは反対方向に跪く。


「あらあら、随分と楽しそうじゃないの。」


格子の前に、今度は金髪ロール髪の女性が現れる。

正面に4つのリボンの付いた黒いフロフリのゴシックドレス。ルビーの様な赤い瞳。口から僅かに覗く尖った犬歯。そして、室内であるにも関わらず広げられ掲げられている、白い日傘。

高位の吸血鬼だ。


「も…申し訳ございません!なんらかの手段で、魔睡を克服した模様でして…」


「何を寝ぼけたことを言ってるの?人間が、わたくしの作ったポーションに勝てる訳が無いでしょう?」


「はあ…」


「わたくしはこのお客様とお話がしたいですの。しばらく席を外してくれないかしら?」


「かしこまりました。ご主人様。」


悪魔の兵士達は一瞬にしてその身を黒い霧に変え、瞬く間に何処かへ消え去る。


「……」


「ふう。ごめんなさいね。人間がここに来るの初めてですので。」


「……」


何かを喋ろうと口を動かそうとしたティーミスだったが、やはりまだピクリとも動かない。


「さて、自己紹介がまだでしたわね。わたくしの名前は、シュレア=ロードハート。

序列第32位、ロードハート家の令嬢にして次期当主ですの。」


ティーミスは、学校で教わった魔族についての知識を呼び起こす。


魔界は、人間の住む“表層”から一つ下にある巨大地底空間、“魔界層”にある。

物理的には地上の下にあるわけだが、距離が距離故に物理での移動は今のところ叶っていない。基本的には、魔術移動以外に手段は無い。

また、魔界には明確な国家と言う物は存在せず、代わりに“家”と呼ばれる地主の一族が、代々自領を守り引き継ぎながら統治している。

その際に、自領の広さや血統の濃さに従い、家には“序列”と言う物が付けられている。

序列は高位であればあるほど、沢山の土地や重要な施設を管理する事が出来、更に序列上位10家は、魔王と言う称号が付けられるらしい。


「さて、此処に貴女を連れてきた理由は他でもありませんわ。

貴女は、これからわたくしの従僕になって頂きたいのです。」


「……」


「どう?魅了的な提案でしょう?まあ、もし嫌でも貴女に拒否権はありませんわよ。」


シュレアは、ティーミスの居る牢の格子を肩手で掴む。


「理不尽だとお思いで?ふふふ、わたくしからすれば、貴女の方がよっぽど理不尽だと思いますわ。

…なんの断りもなく、貴女はわたくしの心をお奪いになられましたのよ?

鮮血に塗れ破壊を舞う貴女を一目見た時、わたくしはどうして、わたくしに求婚を申し出る殿方にほんの少しも興味が湧かないかを理解しましたわ。」


シュレアは格子を掴んだまま、ティーミスの目線の高さまでへたり込む。


「…あれから、わたくしの夢は貴女一色に染まってしまいましたわ。

貴女の血を舐め、同じ日傘の下共に瓦礫の中を歩き、赤い月の夜に、貴女との初夜を迎える…はああ!」


ティーミスが反論出来ない事を良いことに、シュレアは自身の抱える妄想を心置きなく炸裂させる。


(…まさか…)


この悪魔の少女は、ティーミスに恋をした。

そしてこのめちゃくちゃな愛情表現と、恋人と奴隷を混同している言動からして、これが初恋なのだろう。

それも、ティーミスのパッシブスキルによって生まれた歪な恋だ。


と、その時だった。


“ゴオオオォォォ…”


空間全体が揺さぶられ、天井からはパラパラと小石や土埃が落ちて来る。


「っく…もう最終門番がやられたんですの…?」


「…?」


「…あ、折角ですし、貴女、わたくしと共に戦ってくださいまし!」


シュレアが手を払うと、鍾乳石の格子がみるみるうちに消滅していく。

ティーミスの元まで歩いて来たシュレアは、ティーミスの額に親指と人差し指を当てる。


「《眷属の証(ファミリーブランド)》。」


ティーミスの肩が、僅かにひきつる様にピクリと動く。

ティーミスの額に黒いハートマークのモチーフが一瞬だけ浮かび上がり、すぐに焼ける様に消えて行く。


ーーーーーーーーーー


精神干渉無効


ーーーーーーーーーー


「…何ですの?」


シュレアは再びティーミスを使役しようと烙印を刻むが、今度は先程よりも早く消え失せてしまう。


「一体…どうなって…」


ティーミスの瞳が不意にコロリと動き。シュレアの顔を捉える。


「ひ!お、起きてるんですの!?」


ティーミスは、喉から空気の抜ける様な音を出しながら、サンダルから出る足の指で地面を引っ掻き、腕を持ち上げようとその筋肉をしきりに動かす。

そして、


「…ぐぅ…」


荒縄は捻れ千切れティーミスは、老人の様な足取りで立ち上がる。

痙攣する指で魔刀を弱々しく握り、杖代わりにして立ち上がる。


「はー………はー………」


ティーミスは首に付いている点滴を引き抜こうとしたが、何かの植物の汁によって防護されており、そう簡単には外れない仕組みになっていた。


「ひいいいい!」


ただ、シュレアにとってはあまりにも衝撃的な出来事で、今のシュレアは、尻餅をついて慄くことしか出来ない。

殺される。

こんな事をして、ただで済むはずが無い。


「………」


ティーミスは魔刀を引きずりながら、シュレアの脇を通り過ぎて行く。


「…へ?」


ティーミスは上を指差す。


「…ど…こ…」


「地上へ繋がる魔法陣は…あっち…」


「かい…だ…ん…」


「…え?」

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