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捕獲戦

アトゥ、昼下がりの午後。


「はふぅ…すぅ…」


ティーミスは布団の中に潜り込み、ぬいぐるみを抱きしめながら眠っていた。丸一日こんな調子だ。

ぬいぐるみは良い。

死ぬことも無ければ、逃げ出す事も、ティーミスを殺そうとする事も無い。


あれからティーミスは、一週間前に何があったかを必死で思い出そうとした。

ただ思い出せたのは、ぬいぐるみを抱きしめ、酷い頭痛がして、気が付けば処刑台の上に居たと言うところまで。

更に、9個あると思っていた残機が1つも無くなっており、代わりに身に覚えの無いスキルが三つほど。

《オーディン》と、それと後二つ。


ーーーーーーーーーー


キープログレス


色欲相(ルクスリアアーツ)



《とある部屋》

脚装備【とある娼婦への】を獲得します。

(未受領)



嫉妬相(インビジアアーツ)


《零地点の嫉妬》

装飾品【あの人みたいに】を獲得します。

(未受領)


ーーーーーーーーーー


ティーミスはスキルボードを開き、その緑色に縁取られた項目をタップする。

緑色の縁取りは消え、スキルボードからアイテムが放り出される。

編み上げの黒いハイヒールサンダルと、片耳分のピアスだ。


ーーーーーーーーーー


【とある娼婦への】


魅力+300

地形、環境ダメージ無効



『シンデレラって知ってる?ガラスの靴が足にぴったりはまった少女が、最後は王子様と結ばれるんだ。…済まない、ガラスの靴は無かったんだ。だから…その、僕が作ったんだ。君の足にぴったりの靴さ。新米だけど、僕だって靴職人だからね。

…君は、僕のシンデレラさ。』



【あの人みたいに】


装備スキル《みんな違って》

対象の装備品又は体の一部を身に付ける事により、一定回数、その対象のスキルの使用が可能となる。



『私がいくら体をゆすっても、綺麗な音色を奏でる事が出来ないのに、何で私には歌声が無いの。

私が両手を広げても、大空を飛ぶ事は出来ないのに、広げられる両手も無いのに、何で私は自分の足で立ち上がる事すら出来ないの。自分の足すら持っていないの。

妬ましい憎らしい羨ましい。世界には、私に足りないものだらけ。

歌ってみたい。走ってみたい。音色を出してみたい。飛んでみたい。

私もあの人みたいに、愛されたい。』


ーーーーーーーーーー


ティーミスは、先ずは絨毯に落ちた片耳分のピアスを拾い上げる。

小さな鎖の先に、丸く白い、プラスチックの小さな円盤がぶら下がっているだけの簡素なデザインだ。

ただ奇妙な事に、そのピアスには耳に固定するための針も金具も、何処にも見当たらなかった。


「…どうせ、舌のこれと同じ理屈です。」


ティーミスは何も警戒する事なく、そのピアスを右の耳たぶに近付ける。


“パシュ!”


「ふぴぇ!?」


ティーミスは、針で刺された様な痛みに襲われる。

当たり前だ。

耳たぶを針で刺されたのだ。


「何で…何でこのピアスは普通のピアスなんですか!」


ティーミスは主に右目に涙を溜めながら、無機物にクレームを付ける。

ただ、完璧に普通という訳では無い。

ティーミスの耳たぶを貫いた針は、先程まではピアスのどの部分にも影も形も無かった物だった。


「はぁ…この靴も、足を食べたりしませんよね…?」


ティーミスは、編み上げサンダル風の靴を入念に調べる。

明らかにティーモスのサイズの倍はあるが、少なくとも見た目は本当になんて事のない、少しかかとの上がる黒いサンダルだ。


ティーミスは少し深呼吸をすると、履いていたブーツを脱ぎ、勇気を振り絞りそのサンダルに足を通す。

案の定、サンダルのサイズは、ティーミスには大きすぎる。


「また工夫ですか…」


とその時だった。

ティーミスの履いていたサンダルが、布の擦れる音を立てながら縮小を始め、ティーミスの足にぴったりの形に変形する。


「!」


今回は、サンダルの方が融通を利かせる形となった。


“君の足にぴったりの靴さ”


「これもしかして…誰の足にも合う様に作られているんじゃ…」


嘘ではないが、下手をすれば詐欺だ。

ティーミスはすくっと立ち上がり、端の方が僅かにひび割れた姿見の前に立つ。

右耳に煌めく小さなピアスと、素足履きの編み上げのサンダルが、ティーミスの色気と愛らしさを更に引き出している。

もしもティーミスが“正常な人間”であるならば、その容姿だけで千財万富を得る事が出来ただろう。


ティーミスはほんの僅かに鏡の自分に笑いかけると、そのまま右手に魔刀を構える。

この家に、自分以外の何かが居る。


風を切る音が聞こえ、ティーミスは反射的に頭を右にずらしその投射物を回避する。

ティーミスに躱され鏡に突き刺さったのは、全長が30センチ程の大きさの、三又の矛だ。


「…何ですか一体…」


ティーミスが振り返ると、その時を待っていたとばかりに、鏡からピンク色の粘性物質が飛び出す。


「うわ!?」


割れた鏡から浮き出る様に現れたのは、全身がサイケデリックなピンク色に染まった、大きな頭に小さな体の小さな悪魔、インプだ。


「へへ、ボスがあんたに会いたがってんだ。大人しくすりゃ手荒な真似は…ぐえ!?」


ティーミスはその粘性物質に動きを鈍らされながらも、右手でインプの頭を鷲掴みにする。


「な…何するつもりだ!」


「拒否権は…ありますか?」


「ぼ…ボスの命令は絶対だ!こんな事して、ただで済むと思…」


セリフを最後まで言い終わる前に、ティーミスはそのインプを握り潰す。

ただティーミスの体にまとわりつく粘液は消えなかった為、術者が別に居るか、これが魔法でないかのどちらかだ。

更に言えばこれは拘束ではなく移動速度へのデバフの為、ティーミスが首から下げているロザリオの効果は発動しない。


(…何ですか…頭がぼーっとして…)


ティーミスの呼吸が深くなり、自力で立っていられなくなったティーミスは、魔刀を杖代わりにして辛うじて体勢を保つ。

今は残機が無い。

もしこれが遅効性の猛毒か何かならば、非常に危険な状態だ。


「感服だな。」


ティーミスのいる部屋の空間のあちこちが歪み始め、有象無象のモンスター達が現れる。

5mある天井に頭がすれすれの大柄で強靭な筋肉を持つ朱色の悪魔に、黒地に金色の刺繍が施された鎧を纏う、白く長い銀髪を持った金目の男吸血鬼。そして、二つの頭部を持った黒毛の大型犬、オルトロスだ。

今までティーミスの部屋に潜伏していたらしい。


「…全く…プライバシーのかけらもない方達ですね…」


そう語るティーミスの深い息は、ほのかなピンク色を帯びていた。

間違い無く、この粘液は何かの薬物だ。


「ふ…四肢の一つ欠けていても問題は無いだろう。ジャグ、行け。」


“グルルルル…ガウガウ!”

“アオーーーーン!”


オルトロスが、待ってましたとばかりにティーミスに向けて走り出す。

その顎は鉄板を食いちぎり、その筋骨は並の重戦士が3人で掛かっても叶わぬと言われている。


ティーミスは魔剣を振り上げると、力の入らぬ腕の変わりに重心移動によってその剣を十字を描く様に振る。

速度も遅く、威力も本来の十五分の一も無い、非常に効率の悪い振るい方だ。


“ジャキーン!ジャキーン!”


十文字型に切断され、バラバラになったオルトロスの首の一つが、ティーミスの頭にぶつかる。

首だけになってもなおティーミスにかみつこうとしたため、ティーミスはその頭に、鳩尾から生やした赤黒の腕を突っ込み、命を奪取し事なきを得る。


“グオオオオオオオ!”


その直後に、ティーミスの頭上から巨大な大槌が振り下ろされる。

5m悪魔による攻撃だった。


地鳴りの様な低い音がして、その巨槌はピタリと止まる。

ティーミスが、左手で受け止めてしまったのだ。


“ウウウ!?”


「何なん…ですか!」


ティーミスは、先程よりも更に鈍い太刀筋で魔刀を振るう。

シールをめくる様な音と共に、5m悪魔の胴体は真っ二つに切断される。

その際、腹に埋め込まれていた赤い宝石が割れた為、その悪魔は一瞬で絶命する。


“グシャリ!”


ティーミスの攻撃の後隙を突き、吸血鬼の持つスポイト状の槍が突き出される。

槍は見事にティーミスのへその数センチ上に突き刺さる。


「うっぐ!?」


「全く…高かったんだぞ。あいつら。」


スポイト状の槍からピンク色の液体が吹き出す。

ティーミスは、その液体の混じった吐血をし、とうとう膝をつく。


(痛い…痛いのに…頭がぼんやりして…何も…考えられない…)


ティーミスは、何か無いかと地面をさぐる。

手で触れられる距離にあるのは、オルトロスの胴体の半分と、5m悪魔の砕けた腹の宝石の破片。

ティーミスが徐にその赤い破片を手に取ると、破片の先から銀色の小さな鎖が伸びる。

ティーミスは、その鎖の先にある輪を左の耳たぶに近付けると、輪は案の定、どこからか出現させた針で耳たぶを貫き固定する。


ーーーーーーーーーー


トレース元 【ハンマーデーモン】

使用可能回数 1回


ーーーーーーーーーー


「あ…う…」


常にそのピンク色の液体を送り込まれ続けた結果、ティーミスは脱力し、とうとうその瞳を閉じる。


「ふ…小柄な割に、なかなかの量消費させてくれるね。人間と言うのはつくづく面倒で…」


ティーミスの右手の中指がピクリと動く。

と、持ち主を失い虚しく転がっていただけの巨槌が不意に持ち上がり、ティーミスの右手に引き寄せられる。


「…ん?」


吸血鬼が事に気付いた時には、既に手遅れだった。


「《デーモンスタンプ》!」

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