アブソリュート
ーーーーーーーーーー
『審判相』
パッシブスキル
《オーディン》
精神干渉無効。体力除く全能力値及びリソースが現在のレベル分乗算。技制限耐性。
『悪いが、防弾ジャケットは信用できないんでね。』
『お前に鉛弾が効くかよ。』
ーーーーーーーーーー
灰色の空が広がる、陰鬱な闘技場、否、処刑場。
黒炎をあげる大剣を構えたティーミスは、ぐるりと周囲を見回す。
ティーミスを360度取り囲む、数える気にもならない程の沢山の騎士達に、一際異様な気配を漂わせてるアンデッドの死術師。
ティーミスは、ほんの少しだけ口角をあげる。
四面楚歌など慣れたものだし、戦いは大好きだ。
傷つける快楽と、傷付けられる快楽の両方を受けられる。
「一人でも、多くの市民を守るのだ!」
“うおおおおおおお!”
ティーミスを取り囲む騎士達が、一斉に突撃を始める。
「どいてください。暑苦しい。」
ティーミスは魔剣の刃先が顔の横に来るように構え、右足の片足立ちの体勢を取る。
左足を地面に振り下ろし、刹那、そのドーナツ型の軍陣は、一方向がぽっかりと空いた、ランドルト環型に変わる。
「神様なら、これで視力検査が出来ますね。」
ティーミスは体温上昇によってほんの微かに頬を染めながら、そのランドルト環の口の先に立っている。
数秒して、曇天の空から黒い炎の雨が降る。
溶けた鎧や剣や骨。ありえない角度からありえない力をかけられ、ぐちゃぐちゃの肉塊と化した騎士。
そんな物が、軒並み黒い炎を灯しながら降り注いで来たのだ。
「ひ…い…!」
「今…一体何が…!」
と、兵士の一人が更に恐ろしい光景を目にする。
陣の中心の、先程までティーミスのいた場所から現在ティーミスの居る場所まで、騎士の下半身だけの骸の道が出来ていた。
ティーミスは、進路上の全ての敵を一瞬にして切り飛ばしたのだ。
ティーミスの俊敏性は既に、装備による補助を受けない場合の最高点に達している。
ティーミスを縛るのは肉体の限界では無く、物理法則と空間理論値だ。
「…うわああ!」
「ひ…怯むな!モンスターと言えど所詮はただの小娘で…」
そうだ。
ティーミスは、ただの少女だ。
ただの少女ではその容姿故に、絶望によって士気を削ぐ事は困難だ。
「…折角ですので、貴女の力を見せて下さい。」
ティーミスの手首から、赤黒い半液がドクドクと流れ出る。
半液は例の如く地面に液溜まりを作り、液溜まりは隆起し、一つの棺桶へと変わる。
その蓋には、龍の骸骨の横顔を模したシンボルがあしらわれており、その下には、何か鋭利な物で雑に刻まれた大きな文字がある。
“トカゲの死骸”
ゆっくりと棺桶が開き、棺桶の中に広がる黒塗りの闇の中から、音も無く一体のドラゴニュートが現れる。
カーディスガンドだ。
ティーミスは近くに落ちていた甲冑の上に立ち更に背伸びをして、やっとカーディスガンドの頭を数回撫でる。
「…クルルルルル…」
カーディスガンドはしばしの間喉を鳴らし、所謂ドラゴン的な唸り声をあげる。
「教えて下さい。今の貴女は一体どんな事が出来るんですか?」
「………」
カーディスガンドは浮遊したまま、ゆっくりと騎士達の方を向く。
「おい、何だあれ!」
「ドラゴニュート…ファントム!?」
ティーミスは魔剣を観客席の方に放り投げ、観客席に突き刺さった魔剣の元に瞬間移動する。
カーディスガンドの魔法は、敵味方問わずに巻き込んでしまう性質があるらしい故の避難だ。
もしも、観客席に居るティーミスすらも危うい程の戦いを繰り広げるなら。もし観客席に居るティーミスすらも滅殺されてしまうような戦いならば、笑いながら死んでやろう。
ティーミスはそう心に決め、高鳴る平べったい胸を押さえながら、ちょこんと観客席に座った。
「…にえ?」
ティーミスは、自身の胸部を拳でトントンと叩く。
先程死んでしまった為、体の発育までリセットされてしまった。
「あいつ、召喚術まで…」
「サモナー…じゃない。強力な少数、又は単一体召喚。エヴォーカーか!?」
「く…誰も伝達魔法が使えない…斯くなる上は!」
騎士の一人が、そのバッグより鳥籠を一つ取り出す。
鳥籠の中には白い鳥が一羽居て、飼い主である騎士から紙切れを受け取ると解き放たれ、普通の鳥よりも明らかな高速で、空高くへと消えて行った。
「クソ…観客気取りかよ…」
「落ち着け、奴自身に参戦する気が無いのならこちらにも勝機はある!」
召喚物を“使役“するサモナーと違い、エヴォーカーは召喚物と“契約”を結ぶ。殆どの場合は、決闘によって召喚獣に実力を認めさせるのだ。
故にエヴォーカーはサモナーと違い、術者自身も高い戦闘能力を有しているのだ。
「ドラゴンか…奴らを切るのは大好きだ!」
「待て!無計画に突っ込むな!」
騎士の一人が、長剣を振り上げながらカーディガンドに飛び掛かる。
「うおおおおおお!」
カーディスガンドは、ハエでも払うかのように、右手を一つひらりと払う。
次の瞬間、カーディスガンドに斬りかかった騎士は、六等分の輪切りとなり、カーディスガンドの足元に、ボタボタと虚しく散らばる。
見えざる龍爪。ズィ・ワイバーンクロア。
五本の斬撃により空間ごと対象を切り裂く、ドラゴン専用の物理魔法だ。
「…グルル…グガアアアアアアア!!!」
カーディスガンドはその瞳を開け、騎士団に向けて指を突き出す。
その指先から、白銀色の一本の糸のような物が放たれる。
否、糸では無い。
“ピキピキ…バシャアアア!”
光線状に放たれたのは、固体化するまで圧縮された過冷却水だ。
圧縮された過冷却水は兵士の何列かの頭を切断すると、処刑場の壁に細い切れ込みの様な傷を作る。
切れ込みの中で圧縮が解けた過冷却水は、その溝から直瀑滝の様に勢い良く吹き出し、瞬く間に凍結する。
雪と零度以下の水と氷塊が降り注ぎ、気温差によって発生した暴風によって巻き上げられた雪と雹が視界を一気に遮る。
処刑場が、瞬く間に極圏の如き極寒の地に変わる。
「く…前が見え…」
雪中で立ち往生する騎士達の勝敗は、既に決していた。
見えぬ龍の爪が、雪の中を走る。
一箇所、又一箇所と、真白い雪の中に大きく鮮やかなシミが出来る。
最も、この気候で生きる事の出来る生物は限られている。極端な寒冷地に対応したモンスターか、術者本人か、
「さ…ささ寒いですよ…カーディスさん…」
ティーミスだ。
「ほお…ほお…」
ティーミスは両の手のひらに息を吐き、その手のひらをそっと擦り合わせる。
「おお思うんですけど…これ…本当にあったかくなるんですか…?」
格好が格好なだけに、ティーミスは凍えていた。
「…」
カーディスガンドは再び目を閉じると、何も言わずに半液に戻り、ティーミスの手首の中に吸い込まれる様に消えて行く。
完全に格納されるのを確認すると、ティーミスは目の前に、我が家へと続く空間の歪みを出現させる。
ティーミスの家に置いてあるぬいぐるみは、ティーミスの髪の毛で縫い合わせられている故に、瞬間移動の対象にとる事が出来たのだ。
〜〜〜
ジョッグドゥーム監獄を中心に、突如として草一本生えぬ極寒圏の出現。
そんな異常現象が世間に知れ渡るのは、ティーミスの退去から丁度丸一日経った後だった。
「何だこれ…?」
たまたま近くに駐屯していた他国の騎士団が今回の現地調査隊に任命され、程なくして騎士団はその極圏の地に足を踏み入れる。
「ねえ、今って晴れてるよね?」
一人の女騎士が空を見上げる。
空は、くどいほどの鮮やかな青空だ。その筈が、その極圏の地は雪が降っていた。
何も無い空中から、ふわりふわりと降りしきっているのだ。
「あまりの低温で、空中の水がその場で雪になるんだろう。…ドラゴンでも出たのか?」
「な訳無いだろ。知ってるか?ジョッグドゥーム監獄に閉じ込められてたっていうレイドモンスターの話。」
極圏の奥地に行けば行くほど、その光景は凄惨な物になっていく。
騎士団が最初に見つけたのは、雪原が不自然に盛り上がった箇所。
それが、折り重なる様に倒れていた大量の凍死体である事に気付くのに、そう時間はかからなかった。
「うわ…」
「こりゃ酷え…」
監獄からはまだ少し離れている。
監獄からの避難を試みたところ、吹雪に逢い遭難したと見るのが妥当だろう。
「隊長、これ、どう見ても一般人じゃないですか?」
「…一体何故、監獄に一般市民が?」
凍死体地帯に数名を残し行軍は監獄を目指して進むが、監獄が近付けば近付く程、その極寒は苛烈さを増して行く。
次第に雪原は氷に変わり、雪は大粒の雹に変わっていく。
「…これ以上は危険ですね。」
寒冷地への対策をとっていなかった騎士達は、踵を返して帰還を始める。
帰り際、雪の上に落ちていたそれを見つける。
翼を広げたまま凍りついた一羽の白い小鳥。伝書鳩だ。
騎士の一人が、伝書鳩の足に括り付けられていた紙切れを、そのカチカチの足から取り外し広げる。
紙には二行の走り書きが綴られていた。
“咎人 脱走
救援 求む”




