死への冒涜者
[咎人]無力化から丁度一週間が経過し、無力化の知らせは、瞬く間に帝国全土に齎された。
撃退戦に参加したイーノ、シバ、カイプの3人は爵位を与えられる事となり、セガネ城の庭には、当時セガネに最初に到着し、あえなくティーミスの兵士によって首を跳ね飛ばされた騎士たちの為の慰霊碑が建てられる事となる。
「これが…[咎人]か。」
「本当にただの女の子なんだな。」
当のティーミスはと言えば、セガネ帝国よりはるか北にある、[ジョッグドゥーム監獄]に一先ず幽閉されていた。
と言うのも、当初ティーミスにその場でとどめを刺そうとしたが、剣で切ろうにも、銃弾で眉間を撃ち抜こうにも、様々な魔法を試そうにも、ティーミスに付いたどんな傷も急速に再生し、その鼓動が止まる事は無かったからだ。
そして今日が、ティーミスの処刑の日だ。
「はるか遠方から、よくぞお越し頂きました。」
「此処に死刑囚が居るから来た。それだけだ。」
そう語るのは、漆黒のローブに身を包んだ人物、否、一体のグールだ。
その肌は紫色に染まり、瞼は無く、体は最早骨と皮のみ。その手には、漆黒に染まった魔道書が抱えられていた。
「この子供か。」
「作用でございますチゥウデーン様。この娘は大変多くの命を殺め…」
「理由など必要無い。必要なのは、この命が、この世界にとって不要かどうかと言うだけだ。」
「勿論でございます!」
「分かった。言っておくが、私はあくまでも死と言う現象そのもの。責任は、問うてくれるな。」
「重々承知しておりますとも。ささ、処刑場はこちらです。」
監獄荘から専用の台車に乗せられ、全身に拘束具を纏い眠っているティーミスが一足先に輸送され、その後を追う様に、かなりの人数の騎士とチゥウデーンが歩いて行く。
“ガチャリ…”
台車の拘束具の一つが不自然に揺れるが、車輪の音にかき消されてしまった。
暗く大きな廊下を抜け、巨大な扉を潜り、天井の無い開けた場所に出る。
処刑場だ。
処刑場の観客席は既に沢山の人々で満たされている。
その殆どが、ティーミスによって殺められた人々の遺族や友人達だった。
「死ね!血も涙も無い化け物が!」
「私の…私の夫を…娘を…返して!」
中には帝国の騎士や貴族なども居るが、リニーや第三皇子の姿は何処にもなかった。
台車が定位置に到着し、そこに据え付けられていた器具と合体し、台車は処刑台に変形する。
この様な機構を備えた刑場は、世界でも此処を含め4箇所しか無い。
チゥウデーンは、処刑台の前に据え付けられた椅子の前に座り、その地獄の底から響く様な暗くおどろおどろしい声で、禍々しい響きの詠唱を始める。
チゥウデーンの周囲に、黒紫色の瘴気が漂い始める。
対象の命そのものを作り変え、不死者すらも死に至らしめる最強の詠唱型即死魔法、《デス》だ。
“ガチャリ!”
ティーミスの体は少し痙攣する。
(…生の危機を察知し体が反応しているのか…)
チゥウデーンは少しティーミスの方を見ると、再び詠唱を再開する。
と、次の瞬間だった。
“バキ!”
ティーミスの手枷が破壊されるが、それを見ていた金属魔術師がすかさず魔法を唱える。
「っち…無駄だ!」
処刑台から新たな枷が伸び、再びティーミスの手首を抑える。
今度はティーミスの足枷が弾け飛び、ティーミスは目を閉じたまま立ち上がろうとする。
すぐに新たな枷が用意されるが、観客席からはどよめきが響く。
「ご…ご心配ございません!今金属魔道士を増員して…」
「…私を…誰だと思っている…」
ティーミスの瞼が、開かれる。
その瞳は、処刑場の材質である陰鬱な石の色を写した、くすんだ灰色をしている。
「私を誰だと思っているんですか!
私は…ティーミス・エルゴ・ルミネア!一人の、女の子です!」
ティーミスは拘束状態のままアイテムボックスから黒い炎の魔剣を引っ張り出す。
魔剣の熱に耐えきれず、拘束具は融解を始める。
「な!?」
次いで、大部分を金属に頼っていた処刑台がガムの様な状態に変わり、かつて拘束具だった融鉄と溶け合わさり、ティーミスの周囲にはマグマ溜まりの様な状態に変わる。
「クソ!これじゃあ魔法が!」
マグマ溜まりが数回僅かに盛り上がるが、それ以上の変化は見せない。
新たな枷が、出現した端から溶けてしまうのだ。
「虐げられて良いはずが無い!排除されて良いはずが無い!
この私こそが、この世界に生きる、ただの一人の人間ですから!」
ティーミスの魔剣から放たれる熱が、次第に観客席にも届いて来る。
当然処刑場全体はパニック状態になるが、融鉄に足を浸すティーミスには、普通の人間では近付く事すら叶わない。
「ひれ伏さなくて結構です。命令なんて出す気もありません。でも、虐げられるのは御免で…」
「ウルス・エ・ルドゥーム・フィーズ……オーザ・デス」
チゥウデーンの瞳が赤く輝き、赤い光の針が、刹那の間にティーミスの心臓を貫く。
チゥウデーンは、ティーミスに外傷を一切与えぬまま、ティーミスの命を、消した。
「…っ」
ティーミスは目を虚ろに開けたまま、融鉄の中へと倒れ込む。
その呼吸は、血は、鼓動は、ピッタリと停止した。
「終後始末はお前らの仕事だ。次からはもう少し入念な拘束をする事だな。」
一仕事を終えたチゥウデーンは、魔道書を閉じて席を立つ。
「お…おおお!本当に…本当にありがとうございます!これでもう、我々の帝国を脅かす者は…」
そして、一番最初に異変に気付いたのもまた、術者であるチゥウデーン自身であった。
「…?」
(何故だ?何故魂が体を離れない?)
チゥウデーンの呪文は、アンデッド化を防ぐ為の死者への弔も込められている。
通常ならば、問答無用で成仏する筈だった。
「な…何だ!?」
ティーミスの体が、蒼い炎に包まれる。
「…少し、取り乱してしまっていた様です。」
「…貴様…何故…!?」
グールのチゥウデーンは、まるで幽霊でも見たかの様に狼狽、怯え、尻餅を突く。
(自動蘇生は無かった…いやあったとしても、この呪文の前では無為の筈。一体…何が奴を…奴の命を守った…!)
チゥウデーンは自身の瞳に魔法をかけ、ティーミスの命の状態を確認する。
もしも未知の術式によるものならば、実に恐ろしい。
「…う…うわああああああ!」
チゥウデーンは、その数倍は恐ろしい光景を目にする。
ティーミスの本来命の有るはずの場所に無理やり押し込められた、悶え苦しみ暴れる、絶対にティーミスの物で有るはずの無い魂の姿。
魂は無理矢理器の中に押し込められると、活性を失い、ただの“命”となって行く。
考えられる理屈はひとつだけだ。
「生命の…補填…!?」
全ての理屈と、全ての経典から著しく反した、悪魔の様な、否、悪魔よりも遥かに邪悪な、身の毛もよだつ程のおぞましく合理的な再生だ。
「命への…冒涜者が…!」
チゥウデーンは、数百年振りにその心に哀れみ以外の感情を宿す。
冷たい体とは相反する、身を焦がす程の怒りだ。
「一体あと…その身に何人の命を捕らえているのだ!」
「残機なら9個あります。それより…」
ティーミスは、周囲の様子をキョロキョロと見渡す。
「此処は何処ですか?」
観客席の様なものがあり、大きな門もある。
ティーミスは最初、此処が闘技場だと思っていた。
門の片隅に置いてあるのは、ギロチンの物と思われる替刃。遠巻きに見えるあの屋台の様な物は、荒縄のぶら下がった絞首台。そして、灰色の空を突き破らんばかりに聳え立つこの格子の鉄塔は断頭台だ。
紛れも無く、此処は刑場だ。
「人の死が見世物ですか…」
ティーミスは、胸の底から湧き上がる嫌悪感のままに、黒い炎で染まった魔剣を再び構える。
どうにも出来立てのぬいぐるみを抱きしめていた辺りから記憶が朧げであるが、その事については後で考えれば良い。
「て…抵抗しても無駄だ!こっちには50人もの精鋭が…」
「命への、死への冒涜者が!何度でも殺してやる!何度でも命を消してやる!」
今は、目の前の敵への対処が先だ。