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小さな暴王

護衛達は城門の前に待機し、一体の騎馬兵と馬車だけが、セガネの街の街道の真ん中を、堂々と凱旋している。

時刻はちょうど昼時だった。


「おや…この国に外国人が来るのはぁ…いつぶりさねぇ。」


その様子を観察していた老人が、紅茶を片手にそんな事を話す。

郊外を抜けて、繁華街を通り、橋を渡り、何者にも遮られる事も無いまま、馬車は無事に城門前に到着する。

一足遅れて到着した帝国騎士が、その様子を固唾を飲んで見守っていた。


馬車の戸が開き、折りたたまれていた階段がガタガタと開き、少女が一人、馬車より降り立つ。


「ふん。我が王国の方が数段絢爛よ。」


少なくとも、肉体はティーミスだ。


「…お前が…アトゥの…」


「アトゥ?それが、あの薄汚い無人街の名か?」


金色の瞳をギラギラと輝かせながら、ティーミスは騎士達を軽蔑する様な視線を浴びせる。

少女の体に暴君としての威厳と態度が合わさり、さしずめそれは、“小さな女王様”だ。


「くっふっふ…妙だな。生きた人間の若い男に、我がこんな感情を抱く様になっていたとは。

ん?我は女だぞ?…一体何がおかしい…?…ん?」


ティーミスは首を傾げながら、当たり前の様に扉を蹴破り城門へと入っていく。


「待て!容易く通すとでも…」


「徴兵兵士の分際で…この我に気安く話しかけるな…下等民が。」


「徴兵兵士?貴様一体何を言って…」


「もう少し分かりやすい方がいいか?…鬱陶しい煩わしい邪魔だそこを退け劣等種族共。」


「…!」


息を吐くように罵声の言葉を吐くティーミスに、騎士達は思わず絶句する。

“誇り高き英雄”である帝国騎士が他人から罵倒される事など早々無い。


「くっ…貴様ぁ!」


騎士の一人が、懐から剣を抜く。


「…我に刃を向けたか?よろしい。」


ティーミスは、パチンと一つ指を鳴らす。


「斬首。」


次の瞬間、そこに居た騎士達の首は全て、胴体より切り離された。

ティーミスの傍には、甲冑の武士の様な兵士がいつ間にやら現れている。

武士は一つ、チャキリと納刀した。


頭が地面に落ちるゴトゴトという音が響き、次に胴体が倒れるドサリと言う音が断続的に続いた。


「あれを木にでも吊るしておけ、見せしめにするのだ。」


ティーミスの周囲に一瞬靄のような物が現れたかと思えば、そこから10体ほどの歩兵が出現し、歩兵達は主君の命令に従う。

ティーミスはその様子を尻目に、実に堂々と城の中へと入って行った。

ちょうどその頃、ようやくセガネの住人達に避難命令が発令される。


「彫像も無ければ絵画も無い。何なんだこの小汚く見窄らしい城は。…これは沢山のメイドが必要だな。」


石レンガを基調としたいかにも重厚感ある作りの城を歩きながら、ティーミスは率直な感想を述べる。


「…この扉が玉座の間の物か。全く、実に分かり易い作りだな。」


扉は施錠されていたが、ティーミスは当然の如く扉を蹴破り、扉の中へと入って行く。


「おやワト君。君は鍵を持っている筈では……!?」


そこに居たのは、セガネ王のよく知る小柄小太りの男では無かった。


「失礼、この国の王を探している。そこのお前、どこに居るか知っているか?」


「…[咎人]…!」


「…咎人…?…もし我の質問に答えたあかつきには、今の言葉は聞かなかったことにしてやろう。

もう一度聞く。…この国の王は…何処だ!」


二度目の質問ともあって、ティーミスは流石に苛立ちを隠せない様子を見せる。

セガネ王はふうと息を吐き、覚悟を決め名乗りをあげる。


「我こそがこのセガネの王。セガネ=ルード53世だ。御機嫌よう。ティーミス“陛下”。」


ティーミスの言葉遣いと態度から、セガネ王は咄嗟にティーミスに対する敬称を選ぶ。


「成る程。妙な盃を被った男かと思えば、お前がこの国の王か。ならば、話は早い。」


ティーミスは、玉座の間の入り口から王の下へと続くレッドカーペットの真ん中を堂々と大股で歩き、王のすぐ目の前まで移動する。


「この国の資産、国土、城、そして魔法鉱石の鉱脈全てをこの我に明渡せ。」


「…」


その台詞は、最早狂人のそれだった。

あまりにも端的に、シンプルに、己が要求をぶつけるだけの為の台詞。

駆け引きも、策略も、本当に何も無い。清々しい程の要求だ。


極度の緊張下に置かれた時ほど、人間と言うのはどうでもいい事ばかりが気になる物だ。

セガネ王の視線は、たまたまティーミスの胸元に移る。

やはり見間違えでは無い。上半身は、そのボタンの無い上着の下は何も来ておらず、そのほんの僅かに膨らんだ胸は、上着一枚によってのみぎりぎり隠されていた。

風や角度によっては完全に駄目だが、当の本人はそれを気に留める様子も無い。


セガネの王の鼓動が、緊張とは別の奇妙な加速を始める。


「おい。聞いているのか現国王。…ん?」


ティーミスはセガネの王の視線を辿り、ようやく気が付く。


「そんなに我が体が気に入ったのか?…ならばこうしよう。我が王国を建国したあかつきには、貴様を我が家臣として雇ってやろう。

衣食住には不便はさせぬし、…我の機嫌がよければ、相手をしてやらん事も無い。どうだ?」


ティーミスはセガネの王にさらに寄り、セガネ王の膝の上に座りその顎を人差し指でなぞる。

絶望的なまでの武力差を示し、実に単純な脅迫により相手を威圧。そして、反応を観察しすぐさま誘惑に切り替えると言う、実に見事な強者の交渉術だ。


「…駄目だ。」


「何?」


セガネの王はティーミスを払いのけると、ゆっくりと玉座から立ち上がる。


「確かに貴様は強いのかもしれない。この国を更地に変える事など容易いのだろう。貴様から見れば、我々はただの虫けらなのかも知れない。…しかし!私はセガネの王だ!例え最後の一人になろうとも、私は決して屈しない!私は決して、この国を見捨てる気は無い!」


「…その髭を気に入っていたのだが…そう言う事ならば仕方ない。」


ティーミスはパチンと指を鳴らす。


「斬首。」


金属同士がぶつかり合う音が、広い玉座の間に反響する。

王の首めがけて振られた武士型兵士の刀は、その数寸手前で、曇り一つない剣によって受け止められていた。


「…セガネ陛下。今までよくお持ち堪えになられました。後の事は、我々にお任せ下さい。」


「…君達は…!」


「さあ、早くお逃げください。」


「…恩に切るよ。」


玉座の間のある方の壁の扉が開き、小太りで小柄な男が顔を出す。


「陛下!こちらです!」


セガネの王は逃げ去り、玉座の間に残ったのは、ティーミスと、その奇妙な4人の助っ人達のみとなった。


「下の毛も生えてないお子様が、色仕掛けとは随分生意気じゃないの。」


長い黒髪に、腹や胸元、それに太腿が露出する作りになっている甲冑に身を包んだ、薙刀を持っている女戦士イーノと、


「イーノ。奴は危険だ。あまり前に出るな。」


紫色のローブに、肩を覆う部分鎧を身につけた、サラサラの茶髪の魔法使い、シバと、


「我々の今回の目的はあくまでも時間稼ぎです。必要以上に刺激するのも良くはないでしょう。」


大柄な体と鎧に、その体格には見合わぬ細く長い剣を構えた、優しそうな顔つきの剣士、カイプだった。


そして、女戦士の銅鎧と、魔法使いのローブの右胸にあたる部分と、剣士のマントには、金色の刺繍によって帝国の紋章があしらわれていた。

ティーミスは、“見た事も無い”紋章を掲げた戦士達に若干戸惑うが、直ぐに元どおりの調子を取り戻す。


「おやおや、サーカスを頼んだ覚えは無いのだがね。」


ティーミスの周囲に黒い靄が出現し、瞬きの間にそこに三体の兵士が生成される。

赤と黒以外の色が殆ど使われていないにも関わらず、見る者に絢爛と言う印象すら与える程緻密に作られた鎧を纏った、赤い大剣の戦士、【聖騎士(パラディオン)】。

鎧の継ぎ目より所々真紅が覗き、巨大な盾と槍を持ち、全身を重厚感のある甲冑に身を包んだケンタウロス、【護戦兵(ラグナロク)】。

全身を黒のプリーストドレスで包み、その顔も黒のベールで隠された、棘だらけの杖を持った女性型のプーリスト、【聖女(マリア)】。

どれも今のティーミスには“呼び出す事の出来ない”、高位かつ強力な兵士達だ。


「さあ劣等種共。…前菜だ。」

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