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オキシトシン

早朝。ティーミスの家のリビング。

今までただの空間でしか無かったティーミスの我が家は、先日襲撃した村から略奪した家財に彩られ、少なくとも部屋の中は家らしくなっていた。


ティーミスが今いるリビングは、大きな机が一つと簡素な赤い絨毯と、特に何に使うでも無いタンスが置いてある。

最初は元いた家を再現しようとしたが、元の家がどんなだったかを忘れてしまった故に、殆ど適当だった。


刀を使って裁断したプラシ天を長い髪の毛を使って縫い合わせ、大量の綿を包み込む様に布をひっくり返す。

もふもふと触り心地を確認しながら綿の量を調整しながら、綿の位置と量を調整していく。

ティーミスは裁縫が得意だ。


「出来ました。…多分。」


ティーミスは、完成したぬいぐるみを机の上にちょこんと乗せる。

型紙を使っていないとは思えない程整った形をしている、耳の無いクマとも、鱗の無い恐竜とも取れる、鳶色のぬいぐるみだ。

否、完成していない。

そのぬいぐるみには、まだ目が付いていなかった。


ティーミスは右腕を顎腕に変形させると、普段とは逆の使い方をする。


コポコポ…ドポドポドポ…


黒いタールに混じり、消化されずに残っていた様々なものが顎腕から吐き出されて行く。

引きちぎれた鎧。金属製の髪飾り。恐らく魔道具であろう密度の高い魔石。

そして、誰かの服についていた何処かの金属製のボタン。

スクラップをかき分け、別々の形をしたボタンを二つ手に取ると、ぬいぐるみの頭に丁寧に縫い付ける。

これで本当に完成だ。


吐き出されたガラクタを、何に使うかわからなかったタンスの中に押し込めると、ティーミスは顎腕を解除して、出来立てのぬいぐるみを抱きしめてみる。

あれから結局ベルトは付けていなかったため、肌で直接、ぬいぐるみのもふもふを感じ取れる。人前に出る予定が無ければ、こちらの方が落ち着く。

かつての様な、体温を宿した様な温もりは感じない。ただの布と綿の塊の様な感触しか感じない。

でも、


「…もふぅ…」


ティーミスは、確かに幸福感を得られた。

人を幸せにする要素の一つに、オキシトシンと言うホルモンがある。

本来は人と接したり、人への愛情を注ぐ事によって生まれる、いわゆる幸福ホルモンと言うものだ。

収容されてからと言うもの、ティーミスは人と話す事など殆どしてこなかった故に、この仮初めのもふもふによって、今まで押さえ込まれていた“幸福”が、一気に解き放たれたのだ。


「ほぉ……ふぅ……」


ティーミスの立場は何一つ変わらない、むしろ、このぬいぐるみを手に入れる為にさらに悪化している。

それでもティーミスは、自分は守られていると言う、なんの根拠も無い安心感を得る。

自分は大丈夫。一人でも、きっと上手くやっていける。そんな雲を掴むような自信だ。


「…うっ!?」


突如、ティーミスは壮絶な頭痛に襲われる。

頭の中で何かが膨らんで行き、今にも頭蓋骨が破裂せんばかりの激痛だ。


『いつまでこんな場所に『ココは…』ああああ…腹が減った』我が王国を今こそ『憎い』『憎い』憎い』!』肉体とは何と脆』どうして…あいつばっかり…』


「あ…たま…が…!割れ…目が…痛…」


ティーミスの瞳が、周囲の景色とは関係無しにその色をシームレスに変化させていく。

桃色。灰色。金色に赤色。白色に黒色に紫色。


「渡さ…無い…!これは…私の…」


『我が王国を!今こそ復活するのだ!』


ティーミスの瞳が、金色に染まる。


「あ…あ……が…」


ティーミスの意識は、深い闇の奥に叩き落とされる。



◇◇◇



「…ふん!」


金色の瞳のティーミスが、絨毯から起き上がる。


「何故だか分からないが、あまり時間は無いように思えるな。衛兵!衛兵!」


ティーミスは手をパンパンと叩き叫ぶが、当然、呼びかけに答えるものは居ない。


「全く…王である我の呼びかけに応えぬとは…側近に雇ったものを全員処刑しなくては。

招集(テイク)》!」


一見すれば、この数週間で急激に成長した『嫉妬相(インビジアアーツ)』か『色欲相(ルクスリアアーツ)』の人格が最初に発現する様に思えるが、実際最も成長していたのは『傲慢相(スペルヴィアアーツ)』だ。

更に、“彼”の傲慢と言う性質も、無関係と言うわけでは無い。


「ふん!これくらいで良いか。」


最早自身の肉体から錬成する必要も、兵種を示す必要も無い。

命じた場所に、命じた者が、命じた分だけ。

王としての当然の権限だ。

ティーミスはしては実に堂々と大股で、窓の前に立ち、そのまま窓から飛び降りる。リビングは二階にあった。


“ガタン!”


着地地点ぴったりに赤黒色の馬車が待機しており、ティーミスが飛び乗った瞬間に、オープンだった馬車の座席に、屋根と扉が生成される。ガラスよりも透き通った物で出来た窓と、シルクそっくりの艶のある赤いカーテンもだ。


「こんな見窄らしい場所が、我が城塞などとは認めん!手頃な国を占拠したまえ。出来るだけ大きな魔力鉱石が沢山採れる場所だ。良いな?」


騎手も居ない黒い馬が、唸り声一つあげずにその足を動かし始める。

赤黒のミノタウロスによって瓦礫や廃墟が退かされ、ティーミス家の前のその場所から国外へ出るための、一直線の道が用意されていた。

騎兵隊が先鋒を駆け、次に馬車、最後にケンタウロス部隊が、馬車を後方から囲い追いかける形で出発する。上空には、数体の赤黒い鳥が、航空部隊として飛んでいる。

王を護送するための、完璧な陣形だった。



◇◇◇



アトゥ跡地より西。川を二つ越えた先にある要塞国家、セガネ連邦。

表向きには、ケーリレンデ帝国側にもグオーケス連合にも所属しない中立国とされているが、その実は、“帝国の武器庫”。

セガネは古来より、武器製造と鉄鋼に関しての技術は世界でもトップクラスで、その技術力を生かし。ケーリレンデとはかなり濃密な貿易関係を結んでいる。

ケーリレンデが戦争を起こせば向こう100年間は安泰な程の財を受け取り、セガネが危機に晒されれば、強力な帝国騎士がやってくる。

帝国によって幸せが齎された国の典型だ。


「こ…国王陛下!」


「どうした?ワト君。」


刈り上げた青紙に、同じく青色の髭を生やした中年の男性。

彼が、退位を間近に控えた現セガネ国王だ。


「城下町正門より、不審な魔物の一団が目撃されました!このままの速度で行けば、五分後に城下町に侵入するとの事!」


「そうか。帝国への伝達は。」


「既に完了しております!」


「ならば、そう案ずる事は無い。アイテム奪取の為のシーフを数人用意してくれ。」


「かしこまりました!」


国王は鼻からゆっくりと息を吐くと、ぎいと玉座に深く座る。

何も案ずる事は無い。

半時間もすれば、討伐の報告が上がるだろう。

何も、案ずる事は無い。


ふと国王は、先日の事件を思い出す。

とある村が、近隣含め一夜にして草一本生えぬ焦土と化したと言う、ドラゴンでも来たのかと勘違いする程の大惨事。

ただ一人生き残った村人の証言により、例のギフテッドの仕業と断定された大惨事。


国王は玉座にある魔法陣を徐に起動させる。

セガネの上空に、巨大な魔法障壁が展開された。


「な…何だこいつら!」


「属性が効かない…?まさか…無属性最高クラスの、ギルティ系の亜種か!」


一方、モンスター軍団からの国土の防衛は困難を極めていた。

その性質上、セガネの主な戦力は騎士や冒険者では無く、専ら戦術兵器が主だった。

主戦力は、膨大な魔力にその時々の最適な属性を付与し打ち出す[エレメンタルキャノン]。基本的にどんな存在も強力な存在ほど属性を持つ故に、時間稼ぎどころかドラゴンの撃退すらも可能にする強力な兵器だ。

大口を持った巨大な大砲から、魔法陣の浮き出た赤緑色の魔弾が轟音と共に放たれるが、魔杖を持つケンタウロスの放った赤色の波動で、呆気なく消滅させられる。


「た…退避だ!住人にも避難命令を出せ!」


結局、必死の城外戦も虚しく、赤黒の集団は悠々と城門を潜って行く。


「…?おい、なんだあれ?」


「他国の兵士達かしら?それにしては少し…」


千年間不敗であった砦が、ものの五分で突破されたなど誰が思うでも無く。

粗雑な緊急時体制によって一向に避難命令が行き届いていない住民達は、ただその赤黒の行軍を眺めているだけだった。

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