ぬいぐるみが欲しいだけ
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所持アイテム一覧
・奪取した命×10
・ドラゴンの皮
・王の滋養薬×21
・ブラッドポーション×7
・狂気のかけら
・魂の残滓×33
・液体窒素圧縮式小型爆弾×3
・???[ショップレベル2で解放】
・ウェポンボックス
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龍伴の民。
確かに彼らは強いが、色恋や、自らを着飾ることを極力忌避していた故に、魅了系の攻撃に関しては無頓着らしい。
力と秩序を求めれば他の事は疎かになるし、その逆も然り。
ティーミスの魅了と言う性質が、ティーミスに勝利を収める事を一層困難にしていた。
「駄目ですね…」
ぼんやりと虚空を見つめるだけの隷属を眺めながら、ティーミスは残念そうに呟く。
当たり前だ。
こんな物で癒せる孤独など無い。
ティーミスは胸に巻いている細身の黒革ベルトを外すと、その鳩尾から、おどろおどろしい絵画の様な、大きな赤黒の腕を生やす。
隷属のうち7人から命を奪い取り、残りは昼食にする。
少なくとも今はこれで、肉体の飢えは満たす事が出来た。
ティーミスの今の残機は丁度10。
ただ、相変わらず心は飢えたまま。
家族、愛情、ふかふかの布団、美味しい料理、ティーミスを幸せにするための色々な物が、ティーミスは致命的に枯渇していた。
「…あ。」
ティーミスは、何かを探る様に手を伸ばした。
その何かに、ティーミスは心当たりがある。
「リドル…」
ティーミスは、自身が生まれた日に、祖母から貰ったぬいぐるみの名前を口にする。
本物の[エルダーシープの羊毛]で作られた、羊の人形だ。
家に騎士が押し入った日に、貴重な材質と言う理由で奪い去られてしまった、大切なぬいぐるみだった。
ティーミスは、リドルを抱き締めて眠った日の事を思い出す。
その日は雷の鳴る大雨で、ティーミスは雷鳴が鳴るたびに、涙が出るほど怯えていた。
すぐそこでサンダービーストの咆哮があがり、普段は枕元に置いてあるだけのぬいぐるみを、思わず手繰り寄せ初めて抱いた日。
ティーミスの体温を宿し、本当に生きているかの様な温もりを宿したぬいぐるみは、ティーミスに、自分は愛される守られていんだと言う安心感を与えてくれた。
あれならば、きっと。
ただ一つ問題があった。
既に人間としての権利を全て失ってしまったティーミスに、物を売ってくれる所など無い。
「…略奪…?」
もうそれ以外に方法は無い。
ティーミスは目を閉じて、深呼吸を一つして、覚悟を決めて立ち上がる。
死罪からいくら悪逆を重ねても、死罪以上にはならない。地獄に堕ちてからは判らないが。
「…すん…ぐすん…」
弱り切った心に鞭打ち、ティーミスはボロボロの地図を開き、手頃な場所を探す。
◇◇◇
一時間後、とある街にて。
時刻は夕方を過ぎており、夜の帳が少しづつ辺りを包み込んでいた。
「…何の音だ?」
1日の最後の一仕事をこなす鍛冶屋が、奇妙な音を耳にする。
金属が地面を擦れる音と、何かが溶けて焼ける音が合わさった様な音と、ブーツの足音。
そして、次の瞬間だった。
ゴオオオオォォォォォ…
村で一番高い建物の屋根が、黒炎を上げながら崩れ落ちていくのが窓から見える。
鍛冶屋は鍛えかけの鉄も放り出し、慌てて店先に出て状況を確認する。
人々は着の身着のまま逃げ惑い、家畜やモンスターすら狂った様に人々と同じ方向に走っていく。鍛冶屋から見て左方向だ。
右側から、黒く燃える大剣を引きずりながら、疲れた様子の一人の少女が歩いて来る。
あの少女ならば、鍛冶屋にも見覚えはあった。
「レイド…モンスター…!」
鍛冶屋はすぐさま店に戻り、火を消し赤熱した鉄に適当に水をぶっかけ、ポケットから遠隔通話用の魔法陣を取り出す。
『こちら、冒険者協会相談窓口です。御用権は…』
「“咎人”がうちの村に来てる!早く何とかしてくれ!」
『…!かしこまりました。貴方は命を守る最善の行動を取ってください。足止めに長けた冒険者を派遣します!』
「ああ。頼…」
次の瞬間、鍛冶屋は背筋は凍て付く心地を得る。
錆びついたブリキ人形の様に、鍛冶屋はぎこちなく振り返る。
煉瓦色の長い髪の毛で、美しいトパーズアイを持つ少女が一人。黒い炎をあげる大剣を担いで、鍛冶屋の背後に立っていた。
「あ…ああ…!」
「ごめんください。」
鍛冶屋は、壁を背にへなへなと崩れ落ちる。
終わりだ。
「鍛冶屋さん。裁縫針って、何処にあるかわかります?」
「あ…ああそこだ!」
鍛冶屋が指差した先には、商品として商品が並べられている机があった。
「ありがとうございます。」
ティーミスは、並べられている全ての商品をアイテムボックスの中に放り込むと、パチンと指を鳴らし、テーブルの上に空間の歪みを出現させる。
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以下のアイテムを採集しました。
・鉄のハンマー×3
・鉄の大剣×3
・鉄の裁縫針×6
・矢尻×20
・鉄のスクラップ×30
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「代金はこれで良いですか?」
「…あ…?」
ティーミスは鍛冶屋の胸ぐらを掴むと、その空間の中に放り込んでしまった。
ティーミスは、鍛冶屋には良い思い出がある。
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目標アイテムの確認
・鉄の裁縫針×1 [達成]
・プラシ天×4[達成]
・上質な綿×60[現在0]
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「綿…綿?」
ティーミスはふと思い付き、その鍛冶屋の家の探索に移る。
目的の物は、案外直ぐに見つかった。
主に、剣や矢尻と言った繊細な刃物の手入れに使う綿が大量に入った箱だ。
ティーミスは箱をひっくり返し、中の綿を全てアイテムボックスの中に流し込むと、すぐさま空間を歪ませ、街から遥か離れた場所に待機させている歩兵の下まで移動する。
この名も無き村の全貌を観察できる、少し盛り上がった立地の畑のあぜ道だ。
村から逃げていく人々と、村の中に入っていく冒険者が見える。
「…良いですよ…カーディスさん…」
ティーミスはそっと目を閉じて、祈る様に両手の指を組み合わせる。
〜〜〜
「はあ…はあ…ゴホッゲホッ…はあ…はあ…」
ブロンドの髪をリボンで結んだ少女が一人、裸足のまま土道を駆けている。
自分が何故逃げているかは分からないが、大人達が逃げろと言っているから逃げている。
「はあ…はあ…きゃ!」
足を挫き、少女は盛大にうつ伏せに倒れる。
最低限の舗装しかされていない道を裸足で駆けている故に、当然の事だ。
「ん?」
起き上がる時に、ふと空が目に入る。
今は夜の筈だが、何故だか太陽が出ている。
否、太陽では無い。
放つ光を浴びただけで肌がピリピリするほどの、膨大なエネルギーを帯びた、恐らく球形をした何かだ。
「…神さま…」
少女は、顔を伏して、地面に涙を垂らす。
少女は、自らの人生の終わりを悟る。
訳も分からないまま、少女は理不尽な最期を迎える。
これから死ぬと分かった時の人間の行動は単純だ。
少女はしばしの間、死後の世界の思いを馳せる。
母親には会えるだろうか。生まれ変わるのはどんな気持ちだろうか。
死とは、どんな物だろうか。
「神様…生まれ変わったら、強くてかっこいい男の人になれますように。」
「具体的にどんな感じだ?」
「背はそんなに高くなくて、頭が良くて、それで、みんなが…え?」
「おk。出来る限りは努力するが、いかんせん試作品なもんでな。んじゃまた後で。」
「…?」
太陽の如き光球が、その光を一層まし、轟音を立てて大爆発を起こす。
9年間の少女の物語は、摩訶不思議な最期を迎えた。
〜〜〜
街の上空にあった光球は、円形の爆炎、天に昇る龍のような火柱、鋼すら蒸発する熱波と姿を変え続け、一瞬にして、村を熱と光の支配する死地へと変える。
否、村のあった場所だけでは無い。ティーミスが今立っている畑の土も、遠くに見える山々も、普通の金属ならば蒸発する程の熱波によって、赤熱し融解しかけている。
恐らく、光球の放つ光が見える範囲全てに熱が行き届いたのだろう。
何処にも人の気配は無い。
転移魔法によって遥か彼方に移動でもして居ない限り、生存者は居ないだろう。
ティーミスの傍に空間の歪みが出現し、少し浮遊した、見た目寒そうなドラゴニュートが現れる。
少なくとも生前はカーディスガンドだったものだ。
「…お疲れ様です…カーディスさん…気分は…どうですか…?」
「………」
「そうですか…お疲れ様です。」
ティーミスはカーディスガンドを格納すると。村中の金品が詰め込まれたアイテム欄を眺める。
ティーミスは直接的な大量虐殺、及び略奪に手を染めた。
「くぷっ…」
ティーミスは、猛烈な吐き気を催す。
ティーミスは最初、略奪だけで済ませようと思っていた。そうすれば、最低限の罪だけで、ぬいぐるみを手に入れられると。
ただ計画を進めるうちに、次第にそんな考えが正しいかどうかが分からなくなってきた。
先ず、自分が来たという事実だけで、村全体が危険地帯に指定される恐れがあるし、されなくても、相当な狂人か愛村者で無い限りは誰も戻っては来ないだろう。
では、村を追われた人々は何処に行くか。当然、大量の難民となってしまうだろう。
そんな難民達を、帝国は受け入れるだろうか。
信じる帝国に裏切られ殺されるよりは、襲撃の末の死の方が良いだろうという、ティーミスの勝手な考え、偏見の結果の行為だった。
そして今、ティーミスはその決断を酷く後悔している。
どんな理由があろうと、虐殺は良くない。それだけだ。
「おええ!」
ティーミスは、膨大な罪悪感と自己嫌悪によって嘔吐する。
僅かに翼膜の混じった黒色のタール状の液体が、赤熱し溶けた土の上に零れ落ち、あっという間に蒸発し、そこに黒色の染みだけを残した。
「…ん…?」
ティーミスはふと、自身の胴体を見る。
隷属から命を奪い去った時以来ベルトを巻いていおらず、鳩尾は完全に露出し、ボタンもチャックも無い上着のみで、辛うじて隠れている状態だった。
そしてティーミスは、もう一つ別の事に気が付く。
普段はベルトで押さえ込まれ、気がつかなかった事。
「…!」
ティーミスは赤面し、慌てて上着を引っ張り寄せる。
ほんの少し。本当に少しだけ、“女性らしさ”が増していた。