心病少女
アトゥ公国跡、ティーミス宅。ボーナスダンジョンから帰還してから一週間後。
ティーミスは、部屋の隅に凭れ掛かり座っていた。あの日のボーナスダンジョンの殺戮がトラウマになってしまい、自己強化は愚か。部屋から出ることもままならなくなってしまった。
いくらピスティナと戯れても、不思議と一向に気が晴れない。
最近はジッドも顔を見せず、ティーミスは独り言ばかりを口にする日々を過ごしていた。
夜は一睡も眠れず、昼は何処に行く気にもならず、何度か自らの命を断とうかとも考えた。直ぐに踏みとどまったが。
11歳の少女の精神は、堪え難い孤独に苛まれ病んでた。
何をする気も起きないのに、どうしようもなく叫び出したくなる。
完全に心の病気を患った。
「…ふぅ…すぅ…」
ざらついた呼吸を繰り返すティーミス。
このままでは壊れる。
ティーミスは本能でそう察知するが、具体的に何をどうすれば良いか分からない。
こんなティーミスでも、孤独を癒す方法はあるだろうか。
いくら努力しても一向に幸せになれない独りぼっちの少女が、孤独から逃れる方法はあるのだろうか。
「…うわ…」
ティーミスは、ふと自分の腕を見て絶句する。
いつのまにか、枯れ枝の様に萎え細っていたのだ。
ティーミスは、肉体的にも飢えている。
どんなに不幸でも、どんなに何もしたくなくても、生き物と言う物は実に面倒で、何かを食べなければいずれ死んでしまう。
ティーミスも、あいにく普通の生き物だ。
「…」
ティーミスは、自分自身を満たす事も出来ない。
不幸せだし、腹ぺこだし、独りぼっちだし、犯罪者だ。
それがティーミスの、残酷な“今”だ。
キリキリと歯を鳴らしながら、ティーミスはよろりと立ち上がる。
動物でも、肉のあるモンスターでも、人間でも、死体でも腐乱死体でも、味はさておき昼食には事足りる。
背伸びをして、玄関のドアを開け外に出る。
その瞬間だった。
“ギャオオオオオ!”
上空から金切り声が聞こえる。
大きな翼を持つドラゴンが、アトゥを監視する様に上空を旋回している。
「…居たぞ。あいつだ。」
「あの不健康そうな子供が、ドラゴン殺しのレイドモンスターだと?にわかに信じられんな。」
アトゥの其処彼処に、白装束の人間やエルフが隠れている。
「……」
彼らは一体何者か。
今のティーミスには、そんな事を考える余裕は無かった。
ティーミスは足元の小石を拾い上げると、上空のドラゴンに向けて放り投げる。
弾丸の様な速度で飛翔した小石は見事にドラゴンに直撃し、小石はそのまま胴体を貫通し遥か天空へと消えて行く。
絶命したドラゴンは当然落下を始めるが、ティーミスの顎腕が空中でそのドラゴンをキャッチしそのまま捕食してしまった。
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【偵察ワイバーン】を倒しました。
154EXP 65G
アイテムドロップ
・ドラゴンの皮
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「…なるほど。確かに、群れ一つは余裕だろうな。」
龍伴の民の今の役目は、ティーミスの情報収集。
ドラゴン達の最高権力である“神龍”達はティーミスをドラゴン種共通の敵と認識し、龍を縛る掟、龍約からの除外を決定した。
具体的に言えば、龍の領域を侵した侵していないに関係無く、ドラゴン達はもういつでもティーミスを殺しても良いのだ。
「骨と皮ばっかりですね。」
痩せこけた状態からすっかり元に戻ったティーミスは、少し不満気にそう呟く。
例え骨と皮ばかりでも、腐ってもドラゴン。魔力諸共完全に分解してしまえば。それなりのエネルギーにはなるのだ。
「すー…はー…オレ達は、今からアレと戦うのか?」
「出来るだけ交戦状態を維持し、少しでも多くの技を奴から引き出し記録する。それが私達の役目だ。」
「なあ…オレ達、死ぬのか?」
「偉大なる龍族様の為にこの身を捧げるのだ。何も怖がる事は無いさ。それに、倒してしまえれば何の問題も無いだろう。」
「そうか…そうだよな。っし、やるぞ!」
龍伴の民達が、ティーミスを取り囲む様に続々と集まって行く。
斧を持った屈強な大男。眼鏡を掛け、優美な作りの大杖を携えた華奢なエルフの魔道士。大人程の大きさのドラゴンを数体引き連れた青年。
皆同じ地味な白装束を着ていて、清楚さと不気味さの両方を醸し出している。
役職は様々であったが、どの者も相当な手練れだ。
「龍に背きし、大自然の法則に背きし反逆者よ。…いや、堅苦しくてダサい決まり文句は無しだ。
…ぶっ殺してやるクソガキが!」
「…」
晴れ渡った青空。
家のある丘から、ティーミスは瓦礫の原の真ん中にゆっくりと降り立つ。
物は試しだ。
ティーミスはアイテムボックスから魔刀を取り出す。
龍伴の民達が警戒態勢に入ったのを確認すると、見せつける様にしきりに武器の変更を行う。
どれを使おうかと迷っている風に見えるだろう。
「来ないのか?」
「もう少し待っていて下さい。今、一番良い方法を考えて…決めました。」
ティーミスは今持っていた武器をアイテムボックスの中に仕舞い込み、少しの間瞼を閉じ、その後ゆっくりと目を見開く。
開かれたその目は、先程までのトパーズの様な千彩では無く、淫乱なピンク色に染まっていた。
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全対象に【惹心】が最大まで蓄積されました。
任意のタイミングで【隷属】デバフを付与する事が出来ます。
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生きた人間を周りに置いてみるとどうなるだろうか。
ティーミスは、孤独を癒す術を手探りで探し始めた。
〜〜〜
昼下がり、平野を行く大規模なキャラバンの大きな馬車の中。
「ふう…今回の公演も、無事終わりそうだな。」
白いスーツに布の帽子、それに非常に上等な革靴を履いた、少し肉付きの良い中年の男が、木箱に座り札束を数えながらそう呟く。
彼はその見た目と人柄から、皆からラージーと呼ばれている。
ラージーは十数年ほど前から、“デンタ歌劇団”と呼ばれる大規模なキャラバンの団長を務めており、国や街を回っては、公演を行ったり、旅芸人達の移動の手助けなどを行なっている、この界隈では名の知れた人物及びキャラバンだ。
「団長。確か、次の国で今季は最後ですよね。」
馬車の中に一人の黒髪の青年が入り込み、早々にそんな事を聞く。
“散星”の二つ名を持つ若き天才ダンサー、[プリンス]ペロスだ。
「最後の国はトゥメイエ共和国。言い伝えでは、西の彼方から渡ってきた冒険者達が建国したと言われている、商業と娯楽の国さ。」
トゥメイエ共和国に入った歌劇団は公演を終えると、次の春までトゥメイエに滞在する。
そうして物資や資金を冬の間に蓄えて、再び世界中を回る旅に出るのだ。
ペロスは途中参加の為トゥメイエには行った事は無かったが、団長や仲間達から沢山話を聞き、そのまだ見ぬ楽園の様な国に期待に胸を膨らませていた。
「あそこに行けば、君もきっと方々からスカウトが来るぞぉ。」
「いえいえ。僕はまだまだひよっこで…」
と、その時だった。
「だ、団長!」
「む?」
慌てた様子の団員が一人、馬車の中に飛び込んで来る。
「どうしたのかね?」
「踊り子がまた一人、高熱を!」
一方、団長の居る馬車より少し離れた別の馬車の中。
「う…ぐう…」
毛布にくるまった女性が、苦しそうに魘されている。
その周囲には、白衣を着た老人と、この女性の恋人が座っている。
「これも…間違い無く“魔力熱”です。…きっとあの不自然なメサがまずかったんでしょう。」
「き…危険な病気ですか!?」
「幸いこの旅団の医療用ポーションは充実していますし、トゥメイエも近いです。命を落とす事はまず無いでしょうが、油断も出来ません。公演は避けた方が良いでしょう。」
「ああ…ありがとうございます…先生。彼女には、僕から伝えておきますね。」
白衣の老人はぺこりとお辞儀をすると、簡易転送魔法陣で次の馬車に向かう。
破壊されたメサを通った辺りから、とりわけ魔法無能者が体調不良を訴え出し、キャラバンの5分の1程がダウンしてしまっていた。
「成る程…命に別状は。」
団長は、自身に生えているちょび髭を撫でながら団員に問う。
「特に無いとの事です。」
「そうか。いやはや、トゥメイエが間近なのが不幸中の幸いだな。あそこなら医療もまともだし、公演の代役にも困らないだろう。」
今年はたまたまツイてなかった。
団長は、その程度の事だと思っていた。