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恋と畏怖

シファがアトゥに到着したのは、昼下がりの午後だった。

空には真っ白な雲が少しだけかかり、青い空を小鳥が通り過ぎて行く。

実に長閑な午後だった。


「此処が…アトゥ植民区跡地…」


シファは最初、魔王の城塞の様なものを想像していた。

空は黒く淀み、彼方此方には有象無象の化け物達が居て、中央には侵入者に見せつける様に、巨大な禍々しい居城がある。そんな場所を想像していた。


ただ、アトゥはそうでは無かった。


一面には植物や苔を被った瓦礫が広がり、辛うじて空間を保っていた小さな建物の中では、薄明かりを浴びながら羽虫の蚊柱が舞っている。シファの足元には小さな花畑が生い茂り、そこに住んでいるであろう小さな精霊が漂っている。瓦礫の柱を、トカゲとフォレストリザードの子供がよじ登るのが見えた。


此処は魔王の街では無く、草と瓦礫の形作る、静かで平和な森だった。


「…綺麗な場所…」


「ありがとうございます。」


「うわ!?」


シファの背後には、いつの間にやら少女が一人。

当然ティーミスだ。


「と言っても、私は一切手を加えてはいません。自然が勝手にこうさせただけです。」


「う…やっぱり可愛い…」


「何か言いました?」


「な…何でもありませんわ!」


「所で、此処には何の誤用ですか?お家を探しに来たのなら、特徴を教えて下さい。大体は把握しています。」


「ち…違いますわ!わたくしは…」


シファはティーミスから距離を置き、懐から短杖を取り出す。


「わたくしは、貴女と決闘しに来ましたのよ!」


「………」


次の瞬間、ティーミスが先程まで放っていた温和で優しい雰囲気が、そのまま全て殺気に変わる。

気を抜いた瞬間に失神してしまいそうなほどの、苛烈な殺気だ。


「ひいいいぃぃぃ!」


「…何故ですか?」


ティーミスの魔刀の切っ先が、そっとシファの首筋に当てられる。


「何故貴女は、私と戦いたいのですか?」


「…ひ…ひぃぐ…」


あまりの威圧に、シファは涙を流し始める。

ティーミスの態度と切っ先が、暖かな周囲の雰囲気とは対象的に、氷の様に冷たかった。

否、氷ほどでは無い。ほんの少しだけ。何処がとは言えないが、ほんの少しだけ、まだ微かに暖かみがあった。


「わ…わたくしは…」


ただシファには、そんな威圧にも誘惑にも負けぬ、確固たる動機があった。


「貴女を打ち倒して、世界一の美少女のなるんですのよ!」


「…にえ?」


ティーミスは手に持っていた魔刀をしまい、ポリポリと頭をかく。


「それが…私と戦いたい理由…ですか?」


「そうですの。…それが、わたくしの此処に来た理由ですの!」


高らかに宣言するシファを、ティーミスは少し困った様に眺める。

シファが魔弾を放とうと短杖を振ったその時だった。


「ごめんなさい。」


シファの短杖が、打撃的な力によって一瞬でべきりとへし折られる。


「うわ!?」


「貴女はきっと覚悟を決めてきたのでしょうけれど…その理由では、私が命を賭けることは出来ません。」


ティーミスとシファの決闘は、僅か1秒で終結した。

ティーミスの戦闘拒否と言う形で。


「何を言っているのですの?貴女は!…」


「…私は、今はそんな理由で死ぬのが納得出来ないと言うだけです。本当にごめんなさい。」


「しかし…あ…」


シファはふと我に帰る。

戦いとは、互いがその己が命を信念に託し行われる物だ。

仲間の為、国の為、己が欲望の為。そんな信念が掲げられ、ぶつかり合って行われる。

一方があまりにも強すぎれば、度々忘れられてしまう事だ。


「用がそれだけなら、もう帰って下さい。」


「う…グス…」


シファは再び涙を流す。

己が信念を相手に認めさせる事すら叶わない、己が無力さに涙を流す。

ティーミスは、そんなシファの様子にほんの少し眉を下げる。

まさか泣くとは思って居なかったのだ。


「…魅力と言うのは、種族差や個人差が最も顕著に現れると聞きます。それと同時に、最も努力が反映されやすいとも。

私と戦って私を倒すよりも、自分磨きの方がもっと楽チンだと思います。それに…」


ティーミスは、シファの肩を背伸びしてポンと叩く。


「貴女はもう、私よりもずっと魅力的だと思いますよ。」


「…!」


ティーミスはただシファを慰めるつもりだった。


(何…この気持ち…胸がドキドキして…汗が出てきて…キュンってなって…まさかわたくし…この子に…?)


ティーミスは全く無自覚に、シファを口説き堕としてしまった。


「それでは。…出来ればもう此処には来ない方が良いですよ。危ないですからね。」


「は…はい…」


シファは、頰や目にまだ涙が残っている状態で、ティーミスの後ろ姿をただぼんやりと見つめている。

シファの初恋は、この世界で最も危険な少女への片思いだった。



〜〜〜



同時刻。

旧フィフィ王国にて。


「こりゃ酷い…」


ケーリレンデより派遣された調査員の一人が、そんな事を呟く。

一面の瓦礫と、瓦礫の都の中心にポツリと立つ居城を、乾いた土臭い風が吹き抜けるその様は、虚しい終末そのものだ。


「…この辺りから腐敗臭がきつくなってくるな…。皆、マスクを付けろ。」


一行は、魔法により空気を浄化する仕組みの、かなり高価なガスマスクを装着する。

腐敗しきった死体は、アンデッド化のリスクが高い。

万が一負の魔力の瘴気が発生していた場合の対策だった。


「生存者は無しか。」


「…?見て下さい!これ!」


調査員の一人が、瓦礫の中に立つ塔の様なものを指差す。

よく見るとそれは、土埃を被り劣化した、巨大な骨だった。


「この風…まさか、スカイジャイアントが此処で死んだのか?」


「はい。しかもこの様子では、形態変化をする前に倒されている。出現から殆ど時間を置かずに…この国の破壊に巻き込まれたとか?」


レイドモンスターであるスカイジャイアントは、普通は一朝一夕で倒せる相手では無い。

出現地点への、多人数精鋭での出撃を何度も繰り返し、少しづつ弱らせて倒すのが定石だ。

元々フィフィやその周辺の土地はスカイメイジが多い土地。

ティーミスがこのフィフィに現れた時に、たまたま現れたとしたら。

ティーミスの怨みの対象はこの国であり、その様な面倒臭い相手とわざわざ戦う意味も理由も無い。もしもティーミスがここで、人智を超えた途方も無い破壊と殺戮を行なって、スカイジャイアントはたまたま巻き込まれて死んでしまっただけなのだとすれば。


「…神…」


抗いようの無い絶対的な破壊、否、裁き、否、報復。

“偉大な帝国”が、一体どれ程の人物を敵に回してしまったのか。新米から中堅騎士である彼らでも、容易に想像する事が出来た。


ただ実際の所、ティーミスはスカイジャイアントにはかなりのロマン勝利だった。

外せばその日はもう使えない一度きりの高難度技を見事に当て、巻き添えを食らったのはこのフィフィの方だった。


「…神だ…人間が神になったんだ!」


ティーミスの実際の戦闘力と、認知される戦闘力が、みるみるうちに乖離していく。

ただそれは、結果としてはティーミスに良い方向に働く事となる。



〜〜〜



ーーーーーーーーーー


色欲相(ルクスリアアーツ)


パッシブスキル


《永遠の魅了》

一度【隷属】状態になった対象は、解除された場合【隷属の烙印】状態となります。

【隷属の烙印】

任意のタイミングで再び【隷属】状態にする事が出来ます。対象、又は魅了元の死亡時に解除。


《毒の様な美》

対象があなたの姿を直視している間、その対象が異性の場合、【惹心】値が蓄積していきます。

【惹心】

100に到達した場合、対象は【隷属】状態になります。


《禁恋》

同性に対しても魅力が通じる様になります。その場合異性を対象とするよりは成功率が低下します。

また、あなたは同性からも恋愛対象として見られる場合があります。


《血の契り》

【己血】と【赤ワイン】を合成する事により、【契りの血酒】を入手する事が出来ます。

【契りの血酒】

摂取した対象は、合成時に使用された血液の主とパロメーターが同調し、【隷属の烙印】状態となります。


《とある一晩の罪》

対象と[営みを交わした]場合、その対象に【罪愛】デバフを付与します。

【罪愛】

任意のタイミングで即死させる事が出来ます。そうした場合、あなたは【完全なる命】を入手します。

【完全なる命】

分解出来ない代わりに、1×(現在の持ち主の年齢)度の蘇生に使用する事が出来る奪取した命です。



嫉妬相(インビジアアーツ)


アクティブスキル


《才への嫉妬》

対象の身体強化、武器操作系スキルを戦闘終了時まで習得します。

スキル発揮後、あなたは【習得疲労】状態になります。

【習得疲労】

3重に付与された場合、あなたは【習得飽和】状態となり、戦闘終了まで、それ以上【習得疲労】の伴うスキルが使用不可となります。


《贅への嫉妬》

対象から獲得するゴールドが増加し、対象に付与されているアイテム効力の一部を入手する事が出来ます。

スキル発揮後、あなたは【習得疲労】状態になります。


《体への嫉妬》

対象のパッシブスキルを、戦闘終了まで習得します。

スキル発揮後、あなたは【習得疲労】状態になります。


《能への嫉妬》

対象の最も高い割合の能力値分、あなたの能力値の対象の値を戦闘終了まで増加させます。

スキル習得後、あなたは【習得疲労】状態になります。


《種への嫉妬》

対象があなたとは違う種族の場合、あなたは対象の持つ種族能力を戦闘終了まで習得します。

スキル習得後、あなたは【習得疲労】状態になります。


《命への嫉妬》

対象が自動蘇生、自動回復系のバフを持って居た場合、あなたは【蘇生の印】バフを獲得します。

スキル習得後、あなたは【習得疲労】状態になります。

【蘇生の印】

死亡時、体力を完全回復した状態で復活します、


ーーーーーーーーーー


「はあ…不思議なお客様でしたね…」


ティーミスがカーディスガンド一行を討伐してから、2週間程が経過して居た。

ティーミスはその間は“審判へと至る鍵”を消費する為に、ひたすらスキルビルドに励んでいた。

奪取した命は3つを残し全てを分解し、遠い遠い場所にある六角形のアイコンを目指して。


「もう少し…です。」


ティーミスは、かなり広がったスキルボードを眺めてそう呟く。

あと、『嫉妬相(インビジアアーツ)』と『色欲相(ルクスリアアーツ)』のキープログレスに、もう少しで到達しそうだ。

ちなみに、《拝啓 神様とやら》は『怠惰相(ピグリチアアーツ)』、《ふと空を見上げれば》は、『傲慢相(スペルヴィアアーツ)』、《罪科とは即ち》は『強欲相(グリードアーツ)』だった。


「これを使いますか…」


ティーミスが手に取ったのは、銀色の小さな鍵だ。

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