生命権利失効
“キャオオオオ!”
大きなドラゴンの腹を突き破り、色々な粘液と膜と卵の殻を纏った小さなドラゴンが現れる。
ドラゴンはその強大さ故、本来ならば絶命時には周囲に莫大な魔力を放つが、ドラゴンの卵と言うのは、非常に魔力を吸収しやすい性質を持っている。
親竜の魔力の全てを吸収し、本来ならば産卵後数年かかる孵化が今、骸の中で起こったのだ。
キャアア!
ピイイイイイ!
パアアアア!
一匹、また一匹。
本来ならば[千翼の還る場所]で産まれる筈だった命が、続々とこの崩壊したメサで誕生を迎えて行く。
当然前例も無ければ、本来のドラゴンの生態とは掛け離れた現象だ。
「...私が思うほど、命は弱く無い...ですか。」
正解から掛け離れた誕生を迎えたドラゴン達の力強い産声が、破壊されたメサにこだまする。
彼らが一体どう言う運命を辿るのか。無責任にも、ティーミスには見当も付かなかった。
「ごめんなさい。
そして、私が言えた事でもありませんが...頑張って下さい...」
ティーミスは血酒による肉体の再生を終えて、アイテムショップを開く。
ティーミスと最も長い時間相対したカーディスガンドは、最期はティーミスを尊重し、肯定し、助言を齎した。
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【古文書の断片】(1000G)を購入しました。
ショップアップグレードまで、残り8500G。
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ティーミスがそんな相手へ贈る返礼は、生そのものへの冒涜だ。
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参照する戦績を選択して下さい。
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ティーミスの煉瓦色の長い髪から、たらりと汗が滴り落ちる。
ティーミスはまた、取り返しの付かない過ちを犯す事になる。
ピスティナに課した苦しみを、この竜人にも与える事になる。
指の関節が痛み、胸に冷たい錆剣を突き刺された心地がする。
涙が滲み、奥歯がカタカタと鳴り、とさりと膝から崩れ落ちる。
今更踏み留まる事なんて無い。ただ、単純に嫌なのだ。
「うぐ...ひっく...」
歯を食いしばり泣きながら、ティーミスは茶けた羊皮紙を、ウィンドウに表示されているただ一つの項目にピタリと合わせる。
羊皮紙はウィンドウと共にふわりと消える。
地面からボコボコと湧き上がったブラッドプラスチックがカーディスガンドの亡骸を包み込み、カーディスガンドの骸を完璧に溶かし、混ざり合い、ブラッドプラスチックは卵形の固形となる。
すすり泣くティーミスの目の前で、赤黒色の巨卵は赤く光る亀裂を浮き上がらせ、程なくしてその卵は“孵化”を迎える。
殻を突き破り、天に真紅の大翼が広げられる。少し生気に欠けた肌色をした竜人少女が誕生した。
「…おはよう…ござい…ます…」
ティーミスは、また罪の誕生を目の当たりにした。
手先足先と局部が黒い鱗で覆われており、その美しい白銀の髪は所々黒や赤に染まっている。その漆黒に染まった細長い尾は、今の所はピクリとも動かない。大きな両角は角先だけが僅かに赤く光っている、
配色や一部竜器官の形状が違う事を除けば、その姿はかつてのカーティスガンドそのものだった。
その瞳は、祈りを捧げるかの様に静かに閉じられている。
カーディスガンドは、ティーミスの眷属としての第二の生と肉体を受けた。今までの記憶と自我を引き換えに。
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【竜精】
強大な竜語魔術を使用する魔導系の従属者。
魔法に巻き込まれない様に注意しましょう。
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「……」
翼を一切動かしていないにも関わらず、カーディスガンドの体は地面から7センチほど浮遊している。
平時閉眼共々、能力の増強によって引き起こされた生態変化だ。
「はぐはぐ…ふが?」
小さめのドラゴンの骸を加えたピスティナが四足歩行でティーミスの元に歩いて来るが、不審者の姿を見るなり、二足状態に入り戦闘態勢に入る。
「良いですよピスティナちゃん。その方は“もう”敵ではありません。」
「ぺっ。…?」
ドラゴンの骸を吐き捨てたピスティナは、恐る恐るカーディスガンドの元に近付いていく。
ピスティナがカーディガンに軽くトンと触れると、カーディスガンドは錘のついた風船の様に何の抵抗も無く押され、また元の位置に戻る。
ピスティナに新しい友人が出来た。
「その…兵舎の中がどうなってるかは分かりませんが、仲良くして下さいね。」
ティーミスはスキルボードを開く。
カーディスガンドを収納するにはどれだけの《軍師》が必要かとか、ティーミスはそういった小煩わしい計算をする気にはならなかった。
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どの【奪取した命】を鑑定しますか?
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冒険者の都、ビジオード。
とある酒場にて。
「知ってるか?人間のギフテッドの話。」
「ああ。正式にモンスター認定されたってな。何だっけ?」
「【[咎人]ティーミス・エルゴ・ルミネア】ってな。」
モンスター認定。
人間にとってのそれは、一切の人間としての権利の剥奪を意味する。
ティーミスを殺したとて罪に問われる事は無く、代わりに巨万の富を受け取る事となる。仮にティーミスが全ての罪を認め投降したとて、法の下の裁きすらも受けられず、待っているのは問答無用の死だけだ。
世界の癌。排除すべき対象。それが、書類上のティーミスの得た姿だった。
「生息地は[旧フィフィ公国跡]。等級は、歴史的英雄又は歴史的脅威の第十等級。
クエストはある事にはあるが、限られた上位冒険者にしか開示されていない。
報酬は、城1つが建ってもお釣りが来るな。」
人権失効と言うのは、当然道徳面での歴史的な一大事だ。
様々な宗教の様々な教典の教えに反し、人徳を無視した決定。
明確な国家体系を取っていない、この冒険者と言うシステムだからこそ成せた所業だ。
「既に各国への通達は済ませたらしい。見かけたら何してでも仕留めろってさ。」
冒険者の一人がティーミスに関する情報を載せたパンフレットを捲ると、ピスティナの視覚共有によって齎された、若干不明瞭ながらも十分人相を把握出来る写真が乗せられていた。
「…何でもしていい…ねえ。」
煉瓦色の煌めく小川の様な長髪。宝石の如き輝きを秘めた千彩色の瞳。愛らしく美しく整った顔立ちは、至極の芸術家が金を払ってでもキャンバスに収めたいと請い願うだろう。一見華奢に見えるが、その手足はストリート育ちの少年の様に引き締まっており、僅かに括れたその腰と、へその隣に描かれた精巧なユウガオのタトゥーが、その少女に仄かなエロチズムを加えていた。
そして、首から下げる小さな十字架。この世界に十字架をシンボルに持つ宗教は存在しなかったが、少女の信心深さを、真実はさておき物語っていた。
そしてそんな女神の如き少女を彩るのは紅い傷と鮮血、そして少女を包み込む言い知れぬ狂気だった。
「…視界に入れられればラッキーって感じかな。」
「と言うか、協会はどうしてこの子をギフテッド認定したんだ?
第9等級にサシで勝ったから第10ってとこまでは分かるけど、だからって御伽話の怪物と並べる程か?」
「そこなんだよ。…もしかすれば、この子が何か訳ありで、どうしても殺して欲しくてこんな事をしているのかもな。」
「人権剥奪って…死刑囚でもそこまでは行かないだろ…」
「まあ、今すぐにどうにかしろと言う訳でも無いらしいし…」
ギルドとしてはそこまで大きな話題ではない(様に見せかける為)、パンフレットはそこまで多くは無かった。
そんな中。
「…何ですの…この子…!」
そのパンフレットを両手で力一杯握りながら震える少女がいた。
年齢は15歳程で、濃い金髪をツインテールで纏めたメイジだ。
「許さない…私より可愛いなんて…許せない!」