腹
海の真ん中に、巨大人工島がある。
世界の真ん中とも呼ばれているその場所は、[冒険者の都 ビジオード]と呼ばれている。
世界各地に点在する全ての冒険者ギルドと転移魔法陣で繋がっており、全ての冒険者の活動拠点となっている島だ。
そんな島にある、とあるギルドに、見慣れぬ人物が一人。
「レイドクラン?…件のギフテッドのですか。」
「はい。」
リニー・ベルト。
ティーミスの姿を知っている、今となってはこの世界でただ一人の生きている人間だ。
「あなたがどれほどの決意で、この場所へわざわざ船を用いて出向いたのかは我々には到底推し量り難いです。
…しかしこの情報。幾らギフテッドといえど、支離滅裂荒唐無稽と言う他ありません。
数多の武器を振り回す少女と言うだけでは、そもそもギフテッドとして指定する事は出来ません。せいぜい、“サブスキルがたまたま超強力魔法だったウェポンマスター”以上の断定もしかねます。
ご存知の通り我々は対モンスターの組織です。貴方方の不誠実で生まれたのならば、罪を認めるなり処分するなり、貴方方で行ってください。」
きちんと整頓された事務室の中。
そんなリニーと会談するのは、冒険者協会レイドモンスター部門幹部、マーシャル・ベラン。
燻んだベージュ色のスーツで決め、よく手入れされた短い黒髪をきちりと固めた、黒い瞳が特徴の20歳前後の青年だ。
「確かに彼女がギフテッドだという証明はありません。しかし…」
リニーの腹の虫がコロコロと鳴く。
リニーは早朝の出発だった為朝食を摂る事が出来ず、半日の航海でもワインを一杯を残し何も口にしていなかった。
リニーは赤面しながら自らの腹を抑え、ついでにとあるアイディアも思い付く。
「…折角ですし、何か摘みながら話しましょう。」
リニーはマーシャルに、不意を打つようにそう切り出す。
「ありがたい誘いだが結構だ。私は見た目ほど暇じゃ無い。さあそろそろ帰って...」
と、マーシャルの腹も、クゥと音を立てる。
マーシャルは帝国の人間が此処に来ると聞きつけた時から、夥しい数の事務処理に追われていたのだ。
リニーはマーシャルの顔を指差し、少し得意げに話す。
「頰に出来るその独特なシミ。普通は、普段から携帯食料ばかりを食べる冒険者に出来るって聞きます。
...これも何かの縁です。たまには普通の食事も如何ですか?私が奢りますから。」
マーシャルは、リニーに誘い出される様に事務室を後にする。
今はちょうど昼時。
ギルド内にある食堂が一番賑わう時間だ。
「あ、ちょうどそこが空いてますね。」
「ああ…」
マーシャルは今まで幾度と無くケーリレンデ帝国の人間と関わって来たが、リニーの様な人物は初めてだった。
リニーは、全てを計算し尽くしている様にも、直感に従っている様にも見える、どうにも考えの読めない人物。
席に着いた二人の元に、程なくしてウェイターが現れる。
「おやマーシャル様。此処でお食事とは珍しいですね。」
この食堂は一般客も利用できるが主に冒険者向けの場所。
事務職を専門とするマーシャルは、此処では一般客扱いなのだ。
「ああ。少し色々あってな。」
先程まで威厳に満ちた態度でリニーと接していたマーシャルだが、今となっては牙を抜かれた獣の様に大人しい。
マーシャルはコーヒーと、リモアと言う魔法野菜のサラダを。リニーは、味が良い事で定評のある食用モンスター、グランドシープのローストステーキを注文し、厨房へ向かうウェイターを見送る。
「さあ、話す事とは何だ。」
リニーは人差し指を口に当て、静寂を求めるジェスチャーをする。
聞こえて来るのは、この広い食堂に訪れている、沢山の冒険者達の雑多な話し声。
「聞いたか、あのパーティ追い出された奴の話。」
「ああ、単身でギフテッドに挑んで呆気なくくたばったってな。全くざまあ無いぜ。」
「ねえねえ、今度行ってみない?その、アトゥって所。」
「確か、転移魔法陣そのままになってたよな。」
その雑多な話し声の大部分が、件のギフテッド、もといギフテッドと決め付けられた少女に関する物だった。
「マーシャルさん。ギフテッドの定義はご存知ですか?」
「…」
「世界の形を変えるほどの巨大な存在、それも突発的に現れた物を指す言葉です。
…私は確信しています。このままでは彼女は、この世界をめちゃくちゃに作り変えてしまうと。そして、作り変わった世界が、もしかしたら今よりも良い物になってしまうかもしれないと言う事。」
「何故、そう言い切れる。」
「私の師匠と、同じ目をしていたんです。何かを変えようとする、力強い決意が宿った眼をしていたんです。」
ティーミスの旅路の先には、一体何があるのだろうか。
帝国も、冒険者も、生態系も何もかもが崩壊した世界。
今まで帝国によって幸福に暮らしていた物が、帝国を失った世界。
今まで帝国に虐げられてきた人々が、少なくとも帝国からは解放された世界。
もしかしたら遠い目で見れば、それが人類にとって、この世界にとって有益に働くのかもしれない。
「…しかし彼女の革命は、少なくとも今の私達には危険です。創造の前の破壊に、多くの命が失われてしまいます。」
リニーは、己の無力さを痛感する。
たとえその物語の結末がハッピーエンドだったとしても、その道中に破壊があると言うだけで、止める以外に選択肢は無いのだ。
そんなリニーの決意と迷いを知ってか知らずか、マーシャルは懐から一枚の書類を取り出す。
「先ずはそのティーミスとやらの、人権失効手続きからだ。」
暴力に歯向かえるのは、正当化した暴力だけだ。
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「…コンナ…キモチカ…」
抗いようのない絶対的強者に、ただ嬲り殺されていく弱者の気持ちを、カーディスガンドはその生涯の最後に思い知る。
「……」
風が吹き、ティーミスの焼け焦げた皮の一部がふわりと剥がれ落ちる。
ティーミスはそれを拾い上げ口に含み、舌の上で転がし、フッと吐き吹く。
「焼き芋の外側みたいです。」
僅かに湿された黒い皮が、巨竜の骸の上に落ちる。
メサ地帯はもはや元の地形が分からなくなるほど破壊され突くし、地殻を粉砕する様に突き刺さった巨剣が、ティーミスの勝利を記念するモニュメントの様だ。
「…オマエハ…ドンナキモチダ…?」
既に体の大部分が砕け散り今にも息絶えそうなカーディスガンドは、残された猶予を使いそんな事を聞く。
否、只の確認だ。
絶対的強者が掴む勝利の味など決まっている。素っ気なく、陳腐で、ありふれた味だ。
少なくともカーディスガンドはそう思っていた。
「凄く複雑です。辛くて、嬉しくて、悲しい気持ちです。」
「…?」
「辛いです。体中が痛んで痛んで。嬉しいです。貴方方との戦いで勝利を収めたことが。…悲しいです。私はまた、生き物を殺めてしまいました。」
ティーミスの目から、ポロポロと涙が零れ落ちる。
左目の涙は清らかな透明で、右目の涙は、焦げが混じり濁っている。
「私は…一体あとどれだけ殺さなければいけないんですか…私の平和は、一体どれだけ高く遠い場所にあるんですか…
…ごめんなさい。あなたにこんな事を言っても…」
「…チガウナ…」
「え?」
ゴポリと吐血を一つしたカーディスガンドは、己が身に残された最後の時間を目いっぱい使い、眼上の迷える少女に助言を呈する。
自分はもうすぐ消える故に、この少女の知識の一つとして痕跡を残そうと考えたのだ。
「オマエハ…セイジョウダ…
ミズカラウゴクモノ…ミナナニカヲコロシテクウ…コロシガツミナラ…ツミナキモノナドソンザイシナイ…」
カーディスガンドの瞳が、少しづつ閉じていく。
「オマエモ…ワレ…ワタシモ…オマエノハハオヤモ…ワタシノチチオヤモ…ゼンイン…ザイニンダ…
オマエハ…オマエノツミヲ…イッショウヲ…ホコレバイイ…ドウセミンナワスレル…」
「…」
「…ナンドデモ……ホロボセバ……イイサ………」
カーディスガンドは、最後の吐息の代わりに捨て台詞を吐く。
「…イノチ…オマエヨリハヨワイガ…オマエノオモウホド…ヨワクナイ…」
カーディスガンドが絶命したのとほぼ同じタイミングで、龍の骸の腹が一斉に蠢き始めた。
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【龍の旅団】を全滅させました。
9910693EXP(+全滅ボーナス 80000000EXP)
43600G
おめでとうございます!
レベルが58→69に上がりました
スキルポイントを24獲得しました。
あなたは脅威度8以上の敵を累計で10体討伐したため、ボーナスとしてパッシブスキル《摂理の否定・心》を習得しました。
《摂理の否定・心》
精神干渉無効。
『強大故に孤高。魔王が自らの意思無しで何者かの為に闘うなどあってはならない。そうだろう?』
『その意見には僕も賛成だ。物語を締めくくる大トリが【魅了】によって袋叩きにされるなど目も当てられない。』
『ああ。あと、【フルマインドコントロール】で無理矢理スカウトされるのも、バランスを著しく損なってしまう。魔王が後に仲間になると言う展開は面白いだろうけど、戦いの最中である必要は無い。』
『えー、魔王にコントロールや強力な拘束耐性を与えるに、反対の者は。』
『…』
『異論無し。後は経過観察か?』
『そうだ。ちゃんと“ゲームみたいに行く”かどうかを確かめなきゃな。』




