道の途中で
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クエストダンジョンへようこそ。
出題されるクエストをクリアする事で、特別なアイテムを獲得できます。
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【クエストダンジョンキー】によってティーミスが辿り着いたのは、異界の天空に浮かぶ巨大な六角形の石板の上。
石板の端から下を見下ろしてみると、雲の切れ目から平たく青い物が見える。
この五角形闘技場の下は、どこまでも広がる大海原だろう。
「ピスティナちゃん…は、格納しちゃってましたね。」
出しっぱなしでも良いかと考えたティーミスだが、万が一ピスティナがはぐれて死んでしまう様な事があれば、ティーミスは不快な苦痛と共に道連れを喰らう事になる。
どんなに人間らしい真心を持っていても、ピスティナは自我の無いただの一兵士。特別扱いしないのがお互いの為だ。
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クエスト
・十分以内にステージ内の全ての敵を殲滅
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クエストの内容を示す為に出現した細く小さなウィンドウを払いのけ、ティーミスはアイテムボックスから黒い魔刀を取り出す。
ティーミスが愛し、ティーミスを愛してくれたとある老人が鍛え上げた、この世に二本とない得物だ。
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クエスト、まもなく開始します。
制限時間は10分です。
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六角形の天空闘技場の床から赤黒の半液が湧き上がり、次第に形を成していく。
右手に紅色の剣を構えた兵士、【歩兵】が数十。黒いローブを身に纏った赤い靄の体の魔道士が8体。そして、関節部分から赤い光を漏らしている、絵画の様な姿をした黒い狼が、大体30体ほど。
そしその隊の中心に、一際大きな兵士が出現する。
歩兵よりも明らかに重厚な黒い鎧。ヘルムは鹿の様に枝分かれした巨大な角で装飾されており、右手に大剣を構え、更にその腰には二本の湾曲剣が携えられている。
そしてその体長は、25m程だ。
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【巨戦士】
攻撃力、防御力、耐久力共に高水準の強力な兵士です。
その圧倒的な巨体によって繰り出される剣劇は最早天災並み、全てを終焉へと導く必殺の一撃【天地亡滅剣】は非常に強力です。
ただし、場合によってはその一挙一動によって味方まで損害を受ける為、従える場合は細心の注意が必要です。
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「あれも《招集》出来るんですか!?」
ティーミスはその巨人を見上げながら、割と大きな独り言を呟く。
悪の道は、ティーミスに無慈悲な数多の痛みを与え続けるが、悪の力が、その過酷さに十分見合うものだ。
ただこれは、決して悪の道によって齎される苦痛を和らげるものでは無い。
得るに値しない苦痛から身を守り、悪の道による対価を得る為の物だ。
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クエスト開始まで、
3…
2…
1…
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0と言う大きな数字がウィンドウに表示された瞬間、先程までは彫像の様に動かなかった兵士たちが一斉に動き出す。
鎧の擦れるガシャリと言う音が波の様に一斉に響いたのでティーミスは思わず飛び上がるが、直ぐに魔刀を構え戦闘態勢に入る。
初めにティーミスに攻撃を仕掛けるのは、前線を固めている歩兵…ではなく、最も機動力の優れた狼達だ。
唸り声一つあげずに駆けてくる狼の群れを、ティーミスは魔刀で切り払う。
ティーミスはこの狼には見覚えは無かったが、低耐久だと言う事は感覚で理解していた。
狼の第一波を退けた時、ティーミスの立っている地面が赤い光を放つ。
軍団の中心に聳え立つ巨人の足元から、ティーミスに向かって細長い赤い道が出来ている様に見える。
攻撃警告だ。
「うわ…」
どんなとんでもない攻撃が来るのかと思い、ティーミスはこちらに向かってくる歩兵には目もくれずに、全速力でその警告地帯からの退避を試みる。
警告範囲は思いの外広かったが、今のティーミスの俊敏性自体はカンスト状態。スキルや装備で速度を強化していないピスティナと、ほぼ同じ速度を出す事が出来る。
ティーミスは、先程の警告地帯がどうなっているかを確認する。
「…え?」
ただ、巨人の剣が振り下ろされただけだった。
何かのスキルが放たれた訳でも無い、ただの巨人の“通常攻撃”だった。
ただ、敵の数自体は大きく減っている。
範囲内に居た歩兵は勿論、巨人の近くにいた歩兵や魔道士は、巨人の攻撃時の衝撃波によって遥か彼方に吹き飛び場外へ。
残っていたのは機動力に優れた狼と、偶然、安全な位置に居た歩兵が数体のみ。
「成る程…チュートリアルって訳ですか。」
もしも戦場で“あれ”が出現した場合どうなるのかを、ティーミスに示している様だ。
機動力の高い者以外は、敵味方関係無く何もかも潰される。
あれを使役する上での注意点を。ティーミスに示している様だ。
ティーミスはその右手に黒いプラスチックの銃を出現させると、地面に振り下ろされている巨剣に飛び乗り、巨人の頭を目指し駆け始める。
「動きは、遅いみたいですね。」
巨人はティーミスを剣から振り払おうと片手を挙げるが、その頃にティーミスはその巨剣の柄に到達する。
柄から跳躍し、空中で銃を構え、巨人の頭に狙いを定め、引き金を引く。
赤色の弾丸が銃口から放たれ、一切のブレを見せずに、一直線に巨人の頭部を捉え、そして、
キンッ!
あっさりと、巨人の被るヘルムに弾かれてしまった。
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対象の[ワンショットキル]に失敗しました。
《革命の弾丸》は長期クールタイムに入りました。
再使用可能まで残り
14h
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「!」
場合によっては敵を一撃で倒せてしまうスキルだ。
便利な筈が無い。
銃の熱破裂の衝撃によって空中で体勢を崩したティーミスに、巨人の腕が振り下ろされる。
ティーミスは、巨人の腕が直撃する直前にその腕を蹴り、空中で加速し間一髪で避ける。
六角形闘技場の上から一気に場外まで弾き飛ぶが、魔刀をしまい込み、空中でハーピーへシェイプシフト。若干もたつきながらも、上昇からの滑空により戦場に復帰する。
「…うわ!…とっと…」
相手はティーミスよりも格段に力が強く、その膨大な体力を制限時間内に削り切るのも困難、否、不可能。
何か方法は無いかと記憶を辿ると、ふと、前にも似た状況に出くわした事を思い出す。
ゴガンと対峙した時だ。
「…すー……覚悟は出来てます。」
ティーミスは指の関節をポキポキと鳴らす。
あの巨人を、売約する事にした。
〜〜〜
森の中を行軍中の、難民一行。
優しい木漏れ日が差し込み、小鳥達は歌い、森は一行を歓迎している様だ。
「なあ騎士さん。あとどれくらいで着きますか?…そろそろ、弟を休ませてやりたくて…」
そんな森の中での休息中、少年フデンは目に入った騎士にそう問いかける。
「この森を東に抜ければ、もう次の街は目と鼻の先さ。もう一踏ん張りだ。」
「そうですか。ありがとうございます。」
フデンはホッと息を吐き、木陰で休む弟にこの事を伝える為に、ボロのサンダルを履き直す。
(この森を東か。…東?)
フデンはふと、懐から分厚い本を取り出す。
去年の誕生日に、フデンが冒険者を目指している事を知った孤児院長から貰った、魔法や武術、冒険者としての基礎知識を纏めた本だ。
(確か、この時期はドラゴンの繁殖の為の渡りが活発化している筈。
森から東は、ガリカン渓谷のブリス地方側の山道に出るから…
…!)
フデンは本を開いたまま、休憩所の方へと声を張り上げる。
「…!みんな!この進路は危険だ!この先には…」
フデンは、森の中の広場で休む人々に呼び掛ける。
「うるさい…ごっこ遊びなら他所でやれ…」
「ごっこ遊びなんかじゃ無い!本当に危険なん…」
「っち…いい加減にしろ!こっちは今疲れてんだ!」
「!…」
罵声を浴びせられ、少年は思わず縮こまる。
一般市民は愚か、兵士からもおかしな目で見られる少年。
(…この人達は駄目だ…ならせめて…)
フデンはサンダルを脱ぎ捨て、木陰で眠る自らの弟の元に駆け寄る。
「ジーン…ジーン!起きろ!」
「ん…兄さん…?出発かい…?」
「ああ出発だ。この隊から出よう。」
「え?」
フデンの弟ジーンが状況を把握する前に、フデンはジーンを負ぶり、静かな森の中へと消えていく。
森を一瞬、不自然な突風が駆け抜けた。