表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
46/250

カニバリズム少女

ーーーーーーーーーー


警告

ティーミスによる若干の猟奇要素があります。


ーーーーーーーーーー

巨骨と瓦礫の街、フィフィ王国。

ティーミスは土埃をかき分け、その凄惨甚だしい街を歩いている。

風に運ばれた微かな血の匂いを感じ取り、ティーミスは若干方向転換をする。

元々家屋だったと思しき一組の瓦礫に辿り着くと、その華奢な腕で、瓦礫を次々と放り投げ退かしていく。

瓦礫の下には、案の定ぐちゃぐちゃの人間の遺体がある。

髪が長い様に見えるので、恐らくは女性だ。


「ごめんなさい…」


ティーミスは両手を合わせ、目を閉じる。

死体を探し出し見つけては、こうして祈りと懺悔を捧げ、そして、


「…いただきます。」


顎腕によって、捕食する。

死んでしまった人物が、一体どれだけの物をこの世界に残したかはティーミスには分からない。

故に、己が糧にする事で、その人物の死を無駄にはしない様に、否、そんなただの自己満足の為だけに捕食行為だった。


「ご馳走さまでした…」


体勢からして、彼女(彼?)は、逃げる為に駆けようとして居たのではないか。

そんな相手に、ご馳走様でしたとは実に性格の悪い挨拶だ。


「…」


ふと気になり、ティーミスはその近くの瓦礫も退かしてみる。

そこには、比較的綺麗な状態で窒息死を遂げた少女が横たわって居た。

年は、ティーミスと同じくらいだ。


「…そんな…」


ティーミスが奪ってしまった未来の価値は、死と不幸しか無いティーミスの未来よりも、ずっと素晴らしい物だったのでは無いか。

ティーミスが居なければ、今も、そしてこれからも幸せに暮らせた筈の命。

そんな命が、幸せから見放された誰かが原因で、消えてしまった。


「…」


どうして、こんな事になってしまったのだろうか。

ティーミスはただ、銃のスキルを手に入れて、スカイジャイアントを倒して、そして、

違う。

ティーミスはこの国に、命の奪取と、フィフィ王への仕返しの為に来た。

スカイジャイアントの狙いはティーミスだった故、ティーミスが脱走してから、人里離れた場所でひっそりと暮らして居れば、そもそもスカイメイジを殺める事だって無かった。

ただその場合、レベルアップもスキルビルドも叶わないティーミスは、いずれ帝国の凶刃によって倒れる運命にあるだろう。

目の前のこの少女は、ティーミスが生きる為に死んだ。生きているから死んだ。

ティーミスが生きている限り、周りの命はどんどん死んでいく。

しかしティーミスが全てを諦めてしまえば、それまでに死んでいった命が、報われるべきかどうかはさておき、報われない。


ティーミスは顎腕を解除し、その少女の前に跪く。

手を合わせ、目を閉じて、


「いただきます…」


ティーミスは瓦礫の中からフォークを漁り出し、アイテムボックスから魔刀を取り出す。

顎腕ではなく、ティーミスは自分の口で向き合う事にした。

刀をナイフ代わりに少女の骸を切り分けていき、一口大まで切った物をフォークで突き刺し、その冷たく硬く悲しいステーキを口に運ぶ。

顎腕が食らった食物が必要分以外は顎腕の中に保存される様に、ティーミスの口から入った食べ物も、同様に一度顎腕を経由し、ティーミスは純朴な栄養を得ると言った具合だ。

人間は雑食生物故に、本来は雑菌等の理由で生食は非常に危険だが、このシステムならば、細菌や食中毒含め何の心配も無い。

勿論、人肉食特有の毒物であるプリオン病もだ。


「おええ…」


最も、生の人肉の味に関してを度外視すればの話だが。


犬歯で肌を噛み切り、筋は前歯で断ち、喉に流れ込んでくる血とリンパ液と油をじっくりと味わう。骨は奥歯で噛み砕き、中の骨髄を舐めとっていく。臓物は肝臓から最初に。消化管は内容物を捨ててから。脳と心臓はデザートに。

ティーミスの食べたものは一度顎腕に全て移動する為、自分と同体積の物を食べても、ティーミスが“若干の満腹感”以上を得る事は無かった。

ティーミスは、若干血の染みた石をペロリと一つ舐めて放り投げると、静かに手を合わせる。


「ごちそうさまでした。」


初めこそ不快だった屍肉の味は、一人分を平らげる頃には気にならなくなって居た。

味覚とは、その食物が有害か無害かを判定する為のセンサーだ。

例えば人間が砂糖を舌に乗せた時に甘いと感じるのは、砂糖が甘いわけでは無い。人間の舌が、砂糖を勝手に甘いと感じ取っているだけだ。

ティーミスの体は人肉を有害な物としてではなく、ティーミスの主食と認識し、判断した。

ティーミスはまた一歩、人間から遠のいた。


「………」


「ピスティナちゃん?いつのまに帰ったんですね。」


真っ白だった軍服をフィフィ王の血で真っ赤に染めたピスティナが、ティーミスの様子を、犬のおすわりの体勢で眺めていた。


「終わったんですね。」


「…あう!」


ピスティナは不意に立ち上がると、四足走行で瓦礫の街へと駆け出して行く。


「?」


ティーミスは少し首を傾げながらその後ろ姿を少しの間眺めた。


「…うぷ…」


ティーミスはその場で体育座りになる。

人肉食に関する迷信として、目を喰えば目が良くなり、脳を喰えば頭が良くると言った物がある。

では、存在の全てを食んだ場合はどうなるか。

先程平らげた少女が持っていて、ティーミスに足りないであろう物。

少女らしい幸せ。普通の幸せ。

ティーミスはそんな幸せが欲しくて、妬ましくて、羨ましかった。

故に、迷信のままに、己が口で食んだ。

その幸せに嫉妬して、食んだ。


「…まだまだ…道は長そうですね…」


善はある一定の場所に最高点があるが、悪に底は無い。

どこまでも、永遠に、この世界に存在する全ての正義を、秩序を呑み込んでしまうまで、悪はどこまでも極まっていく。罪は、どこまでも深くなって行く。

そんな途方も無い罪濡れの道に想いを馳せていた時、ティーミスは、背後から何かを引きずる音を聞く。


「ピスティナちゃん?」


ピスティナは、死体を両腕に二体ずつ抱え、背中に三体背負い、口に二体を咥えた状態でティーミスの背後に立っていた。

ティーミスが振り返ったのを見ると、ピスティナはその運んでいた全ての死体をばらばらと地面に降ろす。


「あう!がうあう!」


ピスティナは、死体の山の後ろに犬のおすわりの状態で座る。

その表情は、どこか誇らしげだ。


「私の…為に?」


「あう!」


もしもピスティナに尻尾が生えていれば、今頃は可動範囲いっぱいに振り回しているだろう。

ティーミスが人肉を食べているのを見て、ピスティナはティーミスの為に、フィフィ中を駆け回ったのだ。


「…う…」


それは、隷属が主君に行う様なただの献身だろうか。

それとも、気落ちする友達を元気付ける為の、ただの思いやりだろうか。


「…ありがとう…ございます…ピスティナ…ちゃん…」


ティーミスは右手を顎腕に変形させると、その死体の山、あるいはピスティナの贈り物の前に立つ。

人肉は、豚や牛の3分の1程のカロリーしか無い。

育ち盛りの少女を満たすには、大量に必要だ。


「いただきます…!」


フィフィの空は、淡い夕焼けの気配が漂っていた。



〜〜



夜。

平野に敷かれた、とある貿易路の道半ば。


「ママ…」


「心配無いわ。帝国の本土の領主様が、私達を引き取ってくれるって…」


「パパは…?」


「………」


フィフィ王国から逃げ延びた住民、フィフィで療養していた帝国兵、フィフィに滞在していたアトゥからの難民が大隊を作り、ケーリレンデ本土を目指し行軍していた。

フィフィからケーリレンデまでは、通り道の国や村に滞在しつつ2週間で到着する予定だ。


「お願い引き返して!フィフィにはまだ、家にはまだフレッドが!」


「お…落ち着いて下さい奥さん!今戻るのは危険過ぎます!」


フィフィは数世紀の泰平だった国。

フィフィの護衛騎士団は本当に形だけのもので、いざ非常事態になれば到底機能する状態物では無かった。


「…なあ騎士さん…次の街はいつ着く…?」


「3日後を予定していますが、情報によれば明日大雨が進路を通過します故、少々遅れるかと…」


物資は乏しく、医薬品は愚か食料すらも殆ど無い。

最後方を行く馬車には、既に何人かの病人が横たわっている。

昨日までフィフィで平和に暮らしていただけの市民にとっては、あまりにも過酷な旅路の始まりだった。


「ママ…パパは何処?」


「…ここよりも、ずっと素敵な場所よ…」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ