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安地崩壊セオリー立証

コツリコツリと、上等なハイヒールの靴音が、きっちりと清掃の行き届いた木造りの廊下に響いている。

無表情の、ただ何をするでもないこういったひと時が、ピスティナがピスティナたっだ頃の面影が最も強く現れる。

敵地への侵入にしては、ピスティナの足取りはあまりにも堂々としている。

急ぎもせず、隠れようともせず、毅然と歩いていた。


「ピスティナ殿!ご無事でしたか!」


事情を知らない者が見れば、それはただ、ピスティナが作戦を終えて帰還しているだけの様にしか見えない。

軍帽で目元が隠れている為、その容姿から異常を判断するのも困難だ。


「…あ“あ”…」


濁りざらついた声でピスティナは答える。

これも、声を掛けられたから返事をすると言う条件反射だ。


「?風邪でも引かれたのですか?」


「………」


ピスティナは何も言わずに、医療院中央の巨大療養場を目指す。

普段はリハビリなどに使う広大な体育館の様な物だが、大規模遠征や戦時といった大人数の怪我人が出る時などは、臨時の巨大医務室と化せる造りだ。

ピスティナはそれを、記憶以上の所で覚えていた。


若干立て付けの悪い二枚扉を押し開け、ピスティナはその巨大医務室の中へと入っていく。

ピスティナの来訪に最初に気が付き出迎えたのは、その巨大医務室で働いていた医師だ。


「閣下!?ああ良かった…!伝令が、あなたは戦死してしまったと伝えた物でして…縁起の悪い手違…」


ピスティナに近付いた医師は、そのピスティナの顔や服装に違和感を覚える。

その白い軍服の何処にも、ピスティナがかつて授与された勲章は無く、軍服だと言うのに帝国の紋章すら無い。そして極め付けは、ピスティナが命よりも大切にしていたはずのロケットを、目の前のピスティナは身につけていなかった。


「…まさか…」


医師の聞いた報告は、何一つ間違ってはいなかった。


「アアアアアアアアアアア!!!」


ピスティナが咆哮をあげると、その瞬間に、室内に居た全員がピスティナの存在に気付く。


「ごっは!?」


ピスティナに最初に声を掛けてしまった不運な医師の鳩尾に、深々と短刀が突き刺さる。

ピスティナの纏う白い軍服が、血にて赤く染まる。


「嘘だ…何でこんな事に…」


「ひいいいいいい!」


臆病な者は窓から逃げ出し、二階から飛び降りて行く。


騎士や兵士達にとって、医療院とはなによりも安心できる場所だ。戦にて受けた傷をゆっくりと癒し、英気を養う為のしばしの安息場だった。


「アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!」


そんな幻想がたった今、崩れた。

此処は隔絶された楽園では無い、ただの一施設だ。


「もう嫌だもう嫌だもう嫌だ……もう嫌だ……」


騎士の一人が立ち上がり、着の身着のまま駆け出す。

ピスティナの元に、駆け出す。


「もう…嫌だああああ!!」


騎士はピスティナに殴りかかろうとする。


「…お許し…下さい…閣下…」


騎士は、その殴り掛かろうとした体勢のまま、大小様々な無数の短刀によって空中に固定され、そのまま絶命する。

ピスティナはその騎士の遺体を地面に叩きつけ、その上等なハイヒールで深々と踏み付ける。

と、此処でピスティナは、次の命令を実行する条件が揃ったと判断する。


「…降伏しろ…」


ピスティナに課せられた、次の命令。


「…簀巻きにしてドラゴンの檻に放り込まれたく無ければ、全員纏めて降伏しろおおおアアアアアアア!!」


降伏を促す、と言うだけの命令だ。

そしてこの時、“産まれて”始めてピスティナは人語を話す。

武力誇示よりも、こちらの方が効率が良いと判断したからだ。


「頼む…もう許してくれ…」


「うわああああああ!」


安全な場所など存在しない。

ピスティナはただ、それを知らしめただけだ。


「分かった…貴女にはもう…二度と歯向かわない…だから…命だけは…」


体力的にも精神的にも疲弊しきった騎士達。

医療院にて療養していた筈の騎士達は、ティーミスによるとどめの一撃を喰らう。

逃げ場も勝ち目も無いと、知らしめたのだ。


「…ケーリレンデ帝国なんて…知るか!」


その日、帝国騎士200名強が、剣を捨てた。



〜〜〜



「なんだ…こりゃ…」


一足遅れて医療院のある地区へと到着した騎士達は、その惨状に絶句する。

あたり一面には血肉の海が広がり、所々には、裂ける様に破壊された騎士の鎧や兜などが散乱している。

その鉄臭い世界の中心に立っていたのは、赤と黒の絵の具によって描かれた絵画の様な姿をした、両手に手斧を持ち毛皮を纏った大男。


「ギルティナイトの…異種…!?」


この世界に存在する、赤黒色の絵画の様なモンスターと言えば、剣士のモンスター、ギルティナイトと、弓士のモンスター、ギルティアーチャーの二種だけだ。

その二種はどちらも決まった生息域は持たず、様々な場所に唐突に出現する事で知られている。

その為冒険者協会は、どんな下級のクエストでも、その二種のモンスターを撃退可能な戦闘力を持った第4等級以上の冒険者を一人は同伴させる。

神出鬼没故に、その生態や由来等は全くの未解明であった。


「…これは…」


「どうやら医療院の中にももう一体居るらしい。一先ず、あのデカブツを片付けるぞ!」


「は…はい!」


先頭を行く騎士に鼓舞され、兵士達は続々と戦闘体制に入る。

新種の敵対モンスターと出くわした際、まず真っ先に行うべきは情報収集。

保身的に動きつつ敵の行動パターンなどを記録し、ある程度の情報が集まり次第、本戦を仕掛けると言うのがセオリーだ。


「しかし隊長!奴があまりにも複雑な特性を持っていた場合、それを分析している時間は…」


「いや、多分だがそんな事にはならない。」


ギルティナイトの使用技は、一般的な『剣士』のそれと一致する。

ギルティアーチャーの性質は、ほぼそのまま『弓兵』である。

ならばあの巨人の性能も、何かの役職と一致する筈だ。


「両手斧に、筋骨隆々の肉体、そして……巨熊の毛皮!」


答えは、あまりにも簡単だった。

あの巨人は。ご丁寧に獣の皮まで身に纏い、自分がどう言った存在なのかを示している。

あれは紛れも無く、『野人』と言う単語そのものから生まれた様な物だ。


「良く聞け!奴は恐らく遠距離攻撃への対応策を殆ど持っていない!

近接部隊は遠距離部隊のサポートに徹し、スプリンターは奴の注意を惹き付けろ!」


「了解!」


そこからは早かった。

特に機動力を特化したスプリンター達が獣戦士の間合いに会逢えて入り込む。獣戦士の攻撃は強力だが、動き回るスプリンターを仕留められる程の速度は無い。

そして、スプリンター達に手間取っている獣戦士の巨体めがけて、いくつもの矢が飛来する。獣戦士は、その巨体故に回避することも叶わない。


ドチャ…ドチャドチャ…


幾ら膨大な体力を持っていようとも、一方的に攻撃を受け続ければやがて限界が訪れる。

獣戦士の体は次第に崩れていき、零れ落ちた赤黒色の半液は、沸き立つ様に蒸発して消え失せる。

そして、赤い光に包まれた一人の弓師が、一本の矢をつがえる。


「《パワーアロー》!」


赤い軌跡を残しながら、一本の矢が獣戦士に向かって飛来する。

速度は、目で追える程に、見てからでもも十分に躱せる程に遅い。

それでも、獣戦士には直撃した。


ダパダパ…ドシャア!


獣戦士の体は完全に崩れ、赤黒色の半液と化し消失して行く。

幾ら強力な力を持っていても、役と言う物に縛られている以上は必ず弱点も存在する。

故に、必要なのは単調な戦術だけだった。

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