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条件反射

「…お休みなさい…ピスティナさん…《ライトシュート》!」


光を帯びた矢が、リニーの弓から一直線に放たれる。

ピスティナは頭を横にずらしてその矢を回避するが、その頃には既に、第二撃が放たれていた。


ドシャリ!


錘の付いた重矢が、ピスティナの頭を砕く。

明らかに血肉のそれでは無い赤黒い何かが飛散し、ピスティナの首から下がぼんやりと佇んでいる。


「…え?」


頭を失った筈の胴体が、そこに佇んでいる。

首無しのピスティナは、そのままよろよろとリニーの元に歩いて行く。

リニーは何故だか、逃げる気にはならなかった。


「……!」


ピスティナの、体温を持った暖かな手のひらが、リニーの頭をポンと撫でる。


「合格…ですか…?」


浮力を失い地面に落下した短刀が時折小魚の様に跳ねるが、何かの力で押さえ込まれているかの様にそれ以上の動きはしなかった。

首無しのピスティナは、そのままリニーの付けているベルトに手を当て、取り付けられていた魔法紙をもぎ取り、強引にリニーの額に当てる。


「…!」


リニーが我に帰り状況を理解した時には、既にその魔法陣は起動していた。

緊急撤退用の、転移魔法陣だった。


「…ピスティナさん…?そこに…居るんですか…?」


頭の無いピスティナは、何も答えない。

ただリニーは、ピスティナの意図が理解できた。

人格も、自我も、言葉も命も何もかもを失ったピスティナだが、それでも、最期まで生徒を守る師であったのだ。

首の無いピスティナはリニーを抱き寄せようとしたが、その前にリニーは、転移魔法の中へと消えて行く。


首無しピスティナの周囲に散らばっている赤黒の半液は終結していき、一つの別な形を作っていく。

山脈の様に敷き詰められた紅色の筋肉に、黒熊の毛皮。そして、両手に握り締められた、二本の片手斧。

獣戦士(ベルセルク)】だ。

頭の再生が完了したピスティナは、獣戦士とは反対方向へと歩いて行く。

ピスティナは中央病院を襲撃し、獣戦士は後方支援といった具合だ。


「閣下…お覚悟がっは!?」


寸分だけ蘇ったピスティナとしての本能は消え失せ、今やただの、ピスティナの形をしているだけの、ティーミスの兵士の一体に過ぎなかった。

無数の短刀によってハリネズミの様な状態に成り果てた、アトゥ防衛作戦時の隊長の亡骸を蹴り飛ばしながら、ピスティナはツカツカと進んで行く。


ピスティナの目的は、あくまでも騎士の数を減らす事。殺害は、必要手段としてとるだけだ。

騎士を減らすには、療養している兵士達を、目一杯怖がらせるだけで良い。

もう二度と、戦いたいなどと思えないくらいに、絶望と恐怖を与えるだけで良い。

ティーミスはあくまでも悪役であって、猟奇殺人鬼では無かった。


「〜♪」


そんなティーミスはと言えば、今は旧アトゥの国境付近を流れる小川で水浴びをしていた。

ロザリオと舌に付いているタンリングを除く全ての装備をアイテムボックスの中にしまい込み。鼻歌交じりで自身の体を洗っている。


【精鋭のスクロール】によって生み出された兵士は『従属者(ヴァサルメモリス)』と呼ばれ、オリジナルの強化版の能力に加え《招集(テイク)》スキルを使用する事も出来る。

そして何より最大の特徴は、人並みの知能はあるらしく、簡単な命令を出せば勝手に仕事をこなしてくれるのだ。


「よお。」


「どうも。」


ティーミスはもう、いつ何時にジッドが現れても驚かなくなっていた。


「あー、良いのか?」


「私は二年間大衆の目に晒され続けました。今更気にする様に見えますか?」


「じゃなくて、【戦風(リベロ)】一人で行かせたろ。」


「あれリベロって言うんですか。」


「まあ何でも良いが。で、良いのか?あいつが死ぬとお前も死ぬぞ。」


従属者の召喚には徴兵力こそ要ら無いが、しっかりとサイズは存在する。きっかり10万。ピスティナが倒された瞬間にティーミスは10万ダメージを受ける事になる。

ティーミスの体力はまだ三千半ば。

つまり、ピスティナが倒された瞬間にティーミスも後を追う事になる。


「きっと大丈夫です。私が直接行くのは、もう少し後でも良いと思うんです。何故だかそんな気がするんです。」


「へへ、お前がそう言うんならそうなんだろ。」


ティーミスはジッドに笑いかけると、小川の上で寝ぞべり、その体を冷たい真水に浸し、目を閉じる。


「…今日はいつもみたいに居なくならないんですね。」


ジッドは親指と人差し指を組み合わせ長方形の枠を作りながら答える。


「こんな絵画みてえな光景、そうそう見られねえだろ?」


「一緒に暮らしてみますか?」


「あー、有難い申し出だが遠慮しとくぜ。お前が悪いやつじゃ無いのは分かるが…3日身が持つ気がしねえ…」


「ふふ。」


ティーミスは青空を見つめながら、乾いた笑いをこぼす。

ティーミスが、フィフィ王国にピスティナだけを向かわせた理由は単純だ。テレポーテーションに距離の制限があるのかを為すためだ。


ティーミスは小川から起き上がると、体を震わせ水を飛ばし、赤いラインの走る黒いホットパンツと胸に巻くベルト、それに赤黒囚人服の上着と茶革のブーツを履く。


(招集の代償ダメージで死ぬ時って、どんな感覚なんでしょうか…)


ティーミスは、ぼんやりとそんな事を考えながら、次第にまどろんで行った。




「ごおおおおおおおお!!!」


ピスティナは、その口から時々赤黒の半液を流し続けながら、四方八方に短刀を撒き散らし続けている。

今のピスティナにも能力を行使する上で制限はあるが、“魔力の限界”よりはずっと寛大な制限だ。


「なんだあれ…閣下はエリートグールにでもなっちまったのか!?」


「落ち着け。今は医療院を守ることだけを考えろ。」


士気の炎を絶やすまいと兵士たちが互いを激励しあうが、状況は絶望的だった。

第八等級は、小国間ならば国に一人いるだけで周囲の国々に威圧感を与えられるほどの強大な戦力として扱われ、当然並みの兵士が敵う相手ではない。

さらに、攻撃型のスプリンターは特に攻めの局面で活躍する役職、それが得体の知れぬ魔改造を施されているのだ。


「クソ!なんだこいつら!」


そしてさらに、ピスティナから定期的に召喚されるギルティナイトも一筋縄では行かない相手。

戦力は拮抗しているとも言えない状態で、騎士側の敗北も時間の問題だった。


「死ね化け物がああああああ!!!」


巨大なブレードと盾を持つ大柄な戦士が、ピスティナを切り倒さんと先陣を切って飛び掛る。

彼はピスティナとは面識がなかったため、彼にとってはただの、女の姿をした化け物でしかなかった。


斧が振り下ろされた先に当然ピスティナは居ない。


「が!?」


大柄な戦士の肩に腰掛けたピスティナは、その男の首筋を短刀で一回。鮮血が噴水の様に噴出し男は絶命する。一秒未満の出来事だった。

面識が無いのは、ピスティナも同じだ。


「…」


男の骸の上から、ピスティナは何も言わずに騎士達を睥睨する。

かつての教え子、共に戦った戦友、ピスティナを救った恩人。

ただ、ピスティナの目にはもう何も映らない。在りし日の記憶も、仲間と築いた思い出も、ピスティナをピスティナたらしめていた大切な何かも、もう何も。

体に刻まれた本能と、主の命令だけで動く傀儡だ。


ピスティナの役目は、恐怖を撒き散らしながら主を送り届けるだけだ。


「か…閣下…」


恐怖に呑まれ、戦意を失った騎士たちに構う理由は、無い。

ピスティナを支配するのは、体の条件反射運動だけだった。

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