人一人分の価値
戦いと名声を求め、彼らは武器を持つ。
仲間と酌み交わす一杯の安酒ジョッキの為に、彼らは魔物の巣窟に挑む。
地の底、天の上、竜の巣穴。名声と闘争のある場所ならば、どんな死地にでも赴く勇者。
人は彼らを、冒険者と呼んだ。
冒険者は子供達の、否、大抵の平民の憧れと尊敬の的であった。
が、ティーミスは幼い頃より、そんな冒険者には嫌悪感を抱いていた。
ただダンジョンで暮らしていただけのモンスターから見て、冒険者とはただの賊でしか無い。
民を守る為、安全を確保する為とうたい、害の有る無し関係無くダンジョンを潰してしまう。
モンスターも人間も、同じ生き物だと言うのに。人間が勝手にモンスターと呼んでいるだけの、ただの生き物だと言うのに。
富と名声目当てに狩られるモンスターの事を思うと、ティーミスはやはり冒険者の事は好きにはなれなかった。
そして今日、ティーミスのそんなやんわりとした嫌悪感は、確固たる憎悪へと変わる。
「やっと見つけたぞ!【[咎人]ティーミス・エルゴ・ルミネア】!」
何処からか現れた青年は、雑な造りの長剣を掲げ、ティーミスに向かって高らかとそう叫んだ。
肩や胴を保護する部分鎧。平民が身につけるにしては随分と上等な、茶色皮のブーツ。ポーションなどが括り付けられたベルト。着古され色の燻んだ、青色の布の服に皮の膝当てがついた紺色のズボン。
まごう事無き冒険者だ。
「…たった一人で何しに来たんですか。」
ボロのローブで全身を隠したティーミスは、呆れた口調で青年に問う。
青年はたじろぎもせずに、ティーミスの問いに答える。
「決まっている!貴様を打倒し、名声を勝ち取り、そして…俺を追放した奴らを見返してやるんだ!」
「それが、私の首にかけた野望ですか。あなたはその夢の為に、私と戦うのですか。」
「夢を持って、何が悪い!」
「………」
ティーミスは何も言わずに、そっと纏っていたローブを脱ぎ捨てる。
上着は赤黒ストライプのフード付きの長袖だが、ボタンやチャックの類が存在しない為に開け放たれている。その下は、細身の黒皮のベルト一枚が胸に巻かれているのを除け何も身につけてはおらず、ティーミスのその白く美しい肌と、若干華奢な身体が大胆にも露わになっている。
下半身は、微かに赤色の線が入った黒色の、綿の様な素材のホットパンツと、脛のあたりまで隠れるゆったりとした黒ブーツ。
そして、首から下げられた黒十字のロザリオ。
その身につけている装備の全てが、ティーミスのサイズにぴったり合っていた。
「あなたのその夢の為に、命が一つ消えるんです。あなたの物か、私の物かはまだ分かりませんが。」
ティーミスは虚無より魔刀を引っ張り出し構え、青年の方へと歩み寄る。
青年の、ティーミスの、共通の間合いにまで。
「…てやあああ」
銀糸の如く斬撃が二本、青年の胴を走る。
次の瞬間青年は、子供向けのパズルの様にバラバラになる。
ティーミスの魔刀は既に、アイテムボックスの中へと消えていた。
数秒後に青年だった物からは大量の血を撒き散らし吹き出す。
がその頃には既に、ティーミスは血のかからない場所にまで移動していた。
「馬鹿馬鹿しい…」
ティーミスは、冒険者への確固たる憎悪を得る。
富だ、名声だ、地位だ権力だメンツだロマンだといった下らない事で、簡単に命を捨てさせてしまう冒険者と言う概念、システムそのものへの憎悪だ。
「…駄目ですね。弱すぎる相手では興奮できないみたいです。」
《サディズム》の発動条件は、同一対象に一定以上のダメージを与えた時。その“一定”以下の体力しか持たない相手では、ティーミスが快楽を得られる事は無いのだ。
ふとティーミスは、近くの仕立て屋の店先に立て掛けられた大きな鏡に映る自分の姿が目に入り、赤面する。
上半身の布地が増えた分、肌の露出部が目立っている。鳩尾の凹部に、少女にしては少しくびれた綺麗な腰。ティーミスが人間から産まれたことを示す数少ない証拠であるへそも、前よりかは幾分か目に入る様になった。
前はほぼ完全に隠れていた、若干細くも健康的な両脚も日の目を浴びている。
ティーミスは、そんな自身の姿に幾分か恥じらいを覚えた。
「…でも、動き易くはなりましたね。」
シーフ(盗賊)の様な身軽さと、バンデッド(野戦士)の様な威圧感を両立した様な、独特なデザインの服装。
魔法を使おうが、短剣を持とうが、大剣を振るおうが何の違和感の無い、ティーミスらしさの現れたデザインだ。
俗に言う、ダーティーな美少女感と強キャラ感を同時に醸し出していた。
ティーミスはその建物の壁に寄りかかると、落ち着いた指先でスキルボードを開く。
ティーミスの手元のスキルポイントは、6だ。
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『怠惰相』習得コスト・6
アクティブスキル
《素粒子式量子瞬間移動》
あなたのオブジェクトの位置に瞬間移動が出来ます。
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「オブジェクト…」
ティーミスは試しに《招集》で歩兵を召喚し、少し離れた場所にまで移動させる。
「えっと、ふぉとんりもーたる…」
ティーミスがスキルをたどたどしく読み上げる前に、ティーミスの正面と、歩兵の正面に赤黒い空間の穴が出現する。
ティーミスは少し首を傾げながらも、目の前に出現したゲートの中に入っていく。
ゲートの先は案の定歩兵の正面に現れた物と繋がっており、ティーミスの瞬間移動は、実にあっさりと成立する。
「お。」
ティーミスはふと、とある事を思い付く。
巡回兵から聞き出した情報によれば、フィフィ王国にはまだ沢山の帝国騎士達が療養している。そこを襲撃すれば、少しでも帝国兵を減らす事が出来るのでは無いかと。
ティーミスはアイテムボックスに手を突っ込み、一枚の羊皮紙の紙切れを取り出す。【古文書の断片】だ。
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《戦術模写》を使用します。
転写する戦記を選択して下さい。
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〜〜〜
「?」
フィフィ王国、外周防壁上にて。
「ありゃ何だ?」
「冒険者…いや、放浪者か?」
白いローブに身を包んだ人物が一人、フィフィ王国の門の前に立っている。
フードから零れ落ちる長髪に、隆起した胸部から、この人物が大人の女性である事が見て取れる。
目元はフードと髪に隠れ見えなかったが、その下から覗く口は堅く結ばれている様だった。
外周防壁の上に居た兵士の一人がロープを使って門の下まで降りていき、その女性の元に駆け寄る。
「失礼、入国の前に身元確に……!?」
その女性の顔を見た瞬間、兵士は顔面蒼白する。
「…ピスティナ…閣下…!ぐあぁ!?」
兵士の腹と背に、赤黒い短刀が突き刺さる。
その様子を城門の上から眺めていたもう一人の兵士は、数刻遅れて状況を理解し、小手に仕掛けられている通話魔法陣を起動させる。
「ほ…本部!本部!緊急事態発生!…閣下が…ご帰還なされました…」
兵士の骸を投げ捨て、ピスティナの様な者はその双眼を防壁の上に向ける。
右目はかつてのピスティナの、半分が瞼に隠れた黒色の目があった。が左目は、黒地に赤い瞳と言う、実に禍々しい人外の瞳だ。
「……」
物言わぬピスティナが手を掲げると、その周囲に4本の赤黒の短刀が出現する。
短刀は天に向かって射出され、放物線を描き防壁の上にトトトトンと突き刺さる。
「な…何だ?」
防壁の上は十メートル程の横幅を持つ道の様な作りになっており、大砲や弓矢、槍や剣と言った防衛設備が備え付けられている。
一定間隔毎に遠くを見渡す為の灯台があり、灯台と灯台の間の道を一区間と数えていた。
ピスティナの短刀は、ピスティナから見える範囲の四区間にそれぞれ1本づつ突き刺さっている。
赤黒の短刀は次第にボコボコ形を崩していき、赤黒の半液へと変わり、そして再び形を成す。
黒い鎧に身を包み、紅の剣を携えた、全身鎧の兵士へと変わる。
【歩兵】、又は、この世界ではギルティナイトと呼ばれている、ティーミスの兵士だ。
「ぜ…全員武器を構えろ!ギルティナイトを撃退せよ!」
防壁の上の四区間で、それぞれギルティナイトとの戦闘が始まる。
一区間毎に兵士は最大でも10名ほど。普通ならばギルティナイトなど瞬殺だ。
「く…区間長!負傷者が!」
区間の中での戦闘は兵士達が善戦していたが、瞬殺には至らない。
肝心の壁門の守りが手薄になった所を見計らい、ピスティナは急ぐ様子も無く、堂々と壁門を歩いて潜る。
誰も望んでいなかった、英雄の帰還だ。