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「っひ!…?」


ティーミスは、硬く結んでいた目をそっと開く。

今までならば間近に迫った地面が見える筈だが、今回は少し違っていた。

ティーミスの眼下には、見慣れたアトゥの街の小さな屋根屋根は広がっている。


「…やった!飛べまし…うわ…うわあああ!」


ティーミスは歓喜のあまりバランスを崩し、真っ逆さまに墜落していく。

体が地面に叩きつけられ、その衝撃でハーピーへのシェイプシフトが解除され、ティーミスがふと気付いた時には既に地面に伏している。


「やった…空…飛べました!」


人間が単身で空を飛ぶとなると、意外にも一筋縄では行かない。

代表的な飛行魔法フライは、対象の体重にもよるが維持には莫大な魔力を要求される為、使うとしてもせいぜい1分が妥当だ。

魔力を使わずに空を飛ぶ方法には飛行機と言う手もあるが、船も魔法転送も、騎乗用キマイラもある中で、そもそもそこまでして空を飛ぶ必要性は無い。

空を飛ぶ事を何よりの生き甲斐としている者でも無ければ、冒険者でも騎士でも無い人間が、空から地を見下ろすなどと言う体験をする事は、その生涯ではまず無いだろう。


「今度は、もっと長く飛んで見せます。」


ティーミスの体を黒い霧が包み、霧の中からハーピーの姿になったティーミスが飛び立つ。

翼をバタバタと羽ばたかせ、ティーミスは自らの体が少しづつ浮き上がっていくのを感じる。

実にもたついている、ぎこちない上昇だ。

ハーピーの飛行能力そのものは大型の鳥とさほど変わらない故、これは単純にティーミスの技量不足だ。


ふらりふらりとティーミスの足が宙を搔くが、高度自体は確実に上昇していき、気がつけばアトゥで一番大きな教会よりも高く、手を伸ばせば雲に浸せる所まで上昇する。

翼の向きを変え、空中での安定姿勢を取る。

以前ならば、ティーミスはここで墜落していた。


「…とととと!」


多少ふらつくが、ティーミスの姿勢は見事に安定する。

翼を軽くバタつかせ微調整を施し、上空からアトゥの街を睥睨する。

無人になってからしばらく経つアトゥの建物群は雨風による風化が始まっており、物悲しくもどこか美しい。

ティーミスはアトゥの上空を飛び回りながら、そんな哀愁漂う風景をしばしの時間堪能する。“真っ当に”生きていれば決して見る事の無かった風景を、せわしなく翼をばたつかせながら眺める。


遠くから、風の唸り声が響く。

次の瞬間、ティーミスはハーピーとして、最も愚かな行動をしていた事に気が付く。


つむじ風がティーミスの周囲に渦巻き、次第に形を成して行く。

空気が圧縮され半透明のローブを形作り、そこからリボンの様な腕が二本。

大気の亡霊。青空の守り手。


ーーーーーーーーーー


【スカイメイジ】

大気中の魔力を依り代に生まれた風の精霊です。

普段はそよ風の状態で大気中を漂っていますが、空を穢す存在を感知すると本来の姿を現します。


ーーーーーーーーーー


人間と魔物が敵対関係にあるように、魔王軍でも無ければ魔物同士にも生態系は存在する。

スライムを喰らう豚人。豚人を喰らうロードウルフ。ロードウルフを喰らうは夜帳のドラゴン。そして、夜帳のドラゴンから溢れ出る膨大な魔力が真水に溶けスライムが生まれるといった具合だ。

ハーピーも例外では無い。

主に精霊やアンデッドが、ハーピーを好んで捕食するのだ。


「!」


ティーミスは、困り果てる。

腕が翼の関係上、腕を変形させる《晩餐(グラーザパーティ)》は使えないし、武器も持てなければ格闘術も無理だ。

そうこうしている内に、スカイメイジは呪文の詠唱を始める。飛行能力の差と剛風魔法によって撃墜するつもりだ。

ティーミスは落下してしまわないように出来るだけ上昇するが、飛行するのがやっとの身に剛風魔法が来て仕舞えばひとたまりも無いだろう。


「…うわわわわ!」


と、スカイメイジとは関係の無い強風がティーミスを襲う。

ティーミスは咄嗟にその足でスカイメイジのローブから生えるリボンを鷲掴みにし体勢を立て直そうとする。


ーーーーーーーーーー


【スカイメイジ】を倒しました。

182EXP 51G


ーーーーーーーーーー


「あ。」


スカイメイジのローブは解けて風に帰り、リボンはただの魔力の塵になる。

ティーミスは思い出した。

鍵のダンジョンや対ティーミスの精鋭たちによって感覚が麻痺しているだけで、ティーミスは既にそこらの魔物が太刀打ち出来る様な存在では無いと言う事に。

言うなれば、エリアよりもティーミスのレベルが高いと言った具合だろう。

ティーミスは一人で納得しながら、真っ逆さまに墜落していった。



「ひぐ!」


ティーミスは地面に全身を叩きつけられ痛々しい声を出すが、既にこの痛みには慣れていた。

黒い鱗粉がハーピーのティーミスを包み込み、人間に戻ったティーミスが、その実体の無い繭から起き上がる。

と、ティーミスはある変化に気が付いた。


「…あれ?」


ティーミスが下半身に身につけている上下装備が、ボロボロになっていた。

それも破れたとか擦れたとかでは無く、まるで時間を早回しされたかの様に、布そのものが劣化していると言った具合だった。


ーーーーーーーーーー


装備【命運よりの脱獄囚】の耐久値が0になりました。

装備の持つ全ての能力値が失われました。

【命運よりの脱獄囚の宿魂】を手に入れました。


ーーーーーーーーーー


「耐久値…」


ティーミスは、しゅんと肩をすくませる。

脱獄後初めて手に入れた服故に、今唯一持っている服故に、ティーミスにはそれなりの思い入れがあった。

ただ、手放そうにもティーミスはこれ以外の服を持っていないし、そのままにしようにも、風に撫でられるたびに布が千切れていってしまう。もう長くは持たないだろう。


「うう…また裸ローブに戻るのは嫌…」


ティーミスはそんな不安と緊張で手足を痺れさせながら、何か無いかとウィンドウを開く。

ティーミスはショップをひとしきり漁り尽くし、ボードを四方八方弄り回し、何か無いかと探ってみる。


「?」


ティーミスがこの装備を手に入れた項目、《罪科とは即ち》から、不自然に一本枝が伸びている。前見た時には、確かに存在しなかった派生だ。


ーーーーーーーーーー


キープログレス


《新調》習得コスト・【命運よりの脱獄囚の宿魂】+【奪取した命】

よりアップグレードされた、新たな装備を獲得します。


ーーーーーーーーーー


「………」


ティーミスは少しの間考える。手元には今残機が二つあるが、今後何度死んだり命を分解する事になるかは分からないし、アトゥにある仕立て屋を探せば、普通の服も手に入るかも知れない。

そう、頭では理解していた筈だった。


「あ。」


ティーミスの指は、いつの間にやらその《新調》の項目を解放している。

結局ティーミスは、好奇心には勝てなかった。



〜〜〜



ケーリレンデ帝国第三皇子領内の、とある学会施設。

そこには、ピスティナが文字通り命と引き換えに齎した戦闘記録を初めとした、ティーミスに関するありとあらゆる情報が集約されていた。

そんな中で行われていたのは、見方を変えれば実に能天気な会議だ。


「大剣、格闘、そして、弓に魔法に部分的なシェイプシフト…」


「光線型の即死級魔法などと言う大技を無詠唱で放つなどデタラメもいい所です!やはり奴は“ダークウィザード”でしょう!」


「“グラップラー”が武器を持っているだけでは無いか?ただの筋肉バカよりは、頭が回るらしいな。」


「おい貴様それはどう言う事だ!」


「だってそうだろう!折角筋肉があるのに、短剣の一つも持たないんだぜ?」


「おいお前ら、その話は後にしてくれ。今は、奴の役職を特定するのが先だ。」


彼らはティーミスに関するあらゆる情報を使い、真っ先にティーミスの役職を特定しようとしていた。

傾向を示す指標である役職の特定は、通常ならば戦術立案の土台として重要な役目を果たす。

ただ今回が、その通常に当てはまらなかったと言うだけだ。

“無能者”であるティーミスには、当然役職など存在しない。ティーミスはあくまでも、さまざまな武器や後付けの能力を扱うだけの、“無能者”なのだから。


「いや良く考えてみろ!剣と弓を扱えるんだ、きっと他の武器も使うに違いない。“ウェポンマスター”だ!」


「だったら魔法やシェイプシフトはどう説明する!」


彼らからすれば重要な会議、実際には何の実も結ばない論争は、三時間以上に渡り続いた。

キーワードに『復讐』は入れないんですかと質問を頂いたので、この場を借りて僕の考えを述べてみます。

とある西洋の言葉に、[幸せに暮らす事こそ最高の復讐だ]と言う物があります。

本当の復讐とは忘却と幸福によって成立する物で、ティーミスがしていることは(今の所は)ただの私怨と暴力でしかありません。

ティーミスは復讐者にすらなれなと言う意味合いを込めて、『復讐』キーワードは入れていません。

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