変貌先
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ダンジョンクリア、おめでとうございます。
まもなく前回の位置付近まであなたを転送し、報酬の受け渡しを行います。
攻略、お疲れさまでした。
助っ人が解除されました。
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グラグラと煮える様に溶けていく巨鳥を、ティーミスは少し顔をしかめながら眺めている。
「…本当に倒すとはな。」
へパイトスは、ティーミスの背後でそう呟く。
その口調は一時を共に戦った戦友にでは無く、依然として、警戒すべき危険人物へと向けられる物だった。
「その為に、ここに来たんです。」
「助力、および大型黒害の討伐には感謝する。がしかし、悪いがお前が拘留対象である事実は変わらない。大人しく同行を願おうか。恩人に、手荒な真似は避けたいんだ。」
「ごめんなさい。私は、長くは此処には居られないんです。」
ティーミスの体が、淡い光に包まれる。
「…それはどう言う事だ。」
「私は、あの巨鳥を倒す為にこの世界にやってきました。役目を終えた今、私は去らなくてはいけません。」
ティーミスの体を包む光が、一層強い物になって行く。
「待て!まだ貴様には…」
「また、戻ってきます。鍵を手に入れたら、また。」
ティーミスはへパイトスに向けて軽く手を振ると、光の中へと溶けて行く。
「……」
へパイトスは、薄々感づいて居た。ティーミスもまた、この世界の外から現れた物だと。黒害と同じ場所から現れたのか。はたまた別な場所ら現れたのかは分からない。
この世界の道理から外れた存在。得体の知れない何か。
へパイトスは一つ、鼻で嗤う。
一体自分が、自分達が、どれだけちっぽけな存在か。考え出せばキリが無かった。
教会の入り口の様な、素朴ながら木彫りによって装飾された二枚扉をくぐり、ティーミスはアトゥの街に帰還した。
「…静かです…」
ティーミスは、もう少しあの世界に居たかった。
強欲の街では、ティーミスは忌むべき咎人では無く、ただの謎めいた少女で居られたのだから。
自分の居場所は此処だと理解して居ても、ティーミスはもう少し、“別の自分”を楽しみたかった。
「あれ?」
ティーミスはふと、とある疑問を抱く。
「私は…何者…?」
へパイトスに問われた時は、咄嗟に自分は自分だと答えた。
ならば、ティーミス・エルゴ・ルミネアとは何者なのだろうか。
人殺しだろうか。ギフテッドとやらだろうか。レイドモンスターだろうか。
それとも、そんな棘だらけの運命を背負っただけの、普通の女の子だろうか。
これから何者になるのだろうか。
誰にも愛され無い少女は、何者になってしまうのだろうか。
望んでいたはずの細やかな幸せすら叶わない少女は、何者になってしまうのだろうか。
ティーミスは、本当にそれを望んでいるのだろうか。
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80000EXP、7000Gを獲得しました。
おめでとうございます!
LVが55→58に上がりました。
スキルポイントを6獲得しました。
【マモンの小箱】を獲得しました。
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目の前にウィンドウが出現し、不意にティーミスは我に帰る。
ティーミスはアイテムボックスに手を突っ込み、手に入れてまだ数秒の小箱を取り出し、小箱の蓋を放り投げる。
どうせ、あの不味いポーションが入っているのだろうと、ティーミスはそう思っていた。
「にぇ?」
小箱の中はスポンジが詰め込まれており、その真ん中にさらに小さな箱が入っている。
平べったいガラスケースの中に、真っ赤な液体が入った注射器が安置されている。
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【ワクワク♪身体改造スキルメイド!vol.4】
ふと空を見上げて、君はこう思った事は無い?[どうしてぼくは、あの鳥みたいに空を飛べないんだろう]。
そうだね。君も自由に空を飛んでみたいよね!神様の言いつけなんて、守っていられないね!
そんな時は、このラッター博士にお任せ!
ラッター博士が開発したこの魔法のお薬で、君も鳥みたいな、素敵な翼を手に入れられるよ!
さあ、君も今日からキメライフ!
次回、君もミイデラゴミムシ!?ハイドロキノンと過酸化水素で、嫌ないじめっ子もノックアウト!
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ティーミスは青ざめる。
未だかつて、これほどまでに胡散臭いアイテムがあっただろうかと。
スキルはデバフとは違い、一度死んで残機によって復活しても引き継がれる。
これでもし自分の体がおかしな事になっても、取り返しがつかないのだ。
「うう…こんな時にジッドさんが居てくれたらなぁ…」
そう呟いた瞬間に、ティーミスは背後を振り返ってみる。
人一人居ない建物が立ち並ぶだけの、虚しい光景が広がっていた。
「…そう上手くはいきませんね。」
ティーミスは、近くの建物の窓の前に立ち、自分の姿を写す。
最後になるかもしれないこの姿を、目に焼き付けるのだ。
「…よし。」
ティーミスは覚悟を決め、その真っ赤な液体の入った注射器を自らの首筋に突き刺す。
どういう仕組みなのか、注射器からはカチンと何かが外れる音がして、赤い液体が一人でにティーミスの体内へと流れ込む。
薬液を使い果たした注射器は、まるで役目を終えたかの様に、まるで証拠を隠滅するかの様に、その場でバラバラに弾け、針金や金具となって周囲に飛び散って行った。
「すー…」
ティーミスは目を閉じて、その場でじっとする。
自分の体の変化を、ゆっくりと感じ取る為だ。
10分程が経った。
一向に何も感じないティーミスは、ふと目を開ける。
ティーミスが真っ先に目に入ったのは、建物の窓では無く。自らの目の前に浮かぶ一枚のウィンドウだった。
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『嫉妬相』
アクティブスキル
《シェイプシフト・隠天》
天覆う、夜帳の如く翼をあなたへ。
あなたは一定時間、【天噛の狂翼】形態に移行します。
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「変身…!」
魔王ならば必ず一つや二つは持つ、悪役の代名詞である“別形態”をティーミスは手に入れた。
ティーミスは、また人外の力を手に入れる。
ティーミスは、自分が人外に近づいていく事が、人では無い化け物に変わっていく事が、何故だか嬉しかった。
ティーミスは胸を踊らせながら、建物のガラスに自分を映してみる。
「《シェイプシフト》!」
ティーミスは鳩尾の辺りで、両の手をパンと合わせる。
ティーミスの体を赤黒い霧が包み込み、霧は圧縮され繭の様な形容を取る。
実体のない繭を突き破る様に、一対の大きな黒翼がゆっくりと立ち上がっていき、霧の繭が内側から引き裂かれる様に晴れていく。
「…これは…ハーピー…?」
服装や装飾品は何も変わって居なかったが、ティーミス自身は全く別な生き物へと変貌していた。
目は赤く、肌は炭を塗った様に黒く、その両腕は夜帳の如き漆黒に染まった黒翼に変化している。
ティーミスは、ハーピーの姿を手に入れ、機嫌が良くなる。
「…ふふん。」
ハーピー。空を飛び、半女半鳥の姿。主に闇属性の呪文を空中から繰り出す戦法を得意とする、獣系モンスター。
持っている知能には大きく個体差があり、美しい歌声を持つ高位の魔物とも、食べ残しの腐肉などの汚物を上空から投げつける低俗な魔物とも言われている。
基本的にハーピーは、人に近い姿を持つ程階級も高くなる。
ティーミスは、その自分の新たな姿に見入る。
墨色の肌。烏翼。地にぺたりと張り付く、3本爪の足。若干燻んだレンガ色の長髪。
その容姿は人間としてのティーミスの面影を色濃く残しており、依然として、魅力的だった。
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シェイプシフト解除まで
9:21
9:20
9:19
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ティーミスは腕に当たる翼を広げ、一つ羽ばたいてみる。
「うお!…うわぁ!」
ティーミスは地面から微かに浮かび、着地の際にバランスを崩し転倒してしまった。
容姿こそ似ているものの、ハーピーと人間は根本的な別種。当然、変身したからと言ってその体を使いこなせるとは限らなかった。
「仕方無いですね…先ずは、飛び方の練習からです。」