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即席の戦友

ティーミスは、周囲の様子をキョロキョロと見回していた。

目の前には大きな鏡、否、マジックミラーのはめ込まれた壁。天井には蛍光灯と思しき細長い照明。艶のある白塗りの壁と樹脂製の床。黒い木製のドアが一つ。ティーミスの手錠は、目の前にあるテーブルに繋がれていた。

怠惰の街程ではないが、この世界の人類も中々発展した文明を持っていると見る。

人工的に用意された驚くほどの静寂で、ティーミスの目は虚ろになっていく。


(誰も居ませんし、少しくらい眠っても…)


とその時、部屋にある唯一の扉が開かれ、一人の青年が入ってくる。

へパイトスと名乗った青年だ。


「リンドルマン式黒素検査の結果、お前の体からは一切の黒素が検出されなかった。」


「それはそれは…」


余計な疑いをかけられずに良かったと、ティーミスがほっと胸を撫で下ろしたのも束の間、青年はティーミスの目の前にテーブル越しに立つと、トンと拳をテーブルに置く。


「基準値は愚か、普通に生きていれば検出されて当たり前の、2.4Lmgも検出されなかった。

No.1出現以前にコールドスリープでもしなかった限りこんな事は有り得ないし、コールド技術はそもそも実現してすら居ない。答えろ、お前は何者だ。」


「…私は…」


ティーミスは頭の中で、必死の自分の身の上の捏造を考える。

嘘を付けないティーミスなりに、必死に考える。


「…お…女の子です…」


「…は?お前、ふざけてい…」


「そそ…そうです!

その…幸せに暮らして居た所を拉致されて、非人道的な人体実験で化け物にされただけの、普通の女の子です!」


直後、ティーミスは赤面する。

咄嗟に思いついた物とは言え、途方も無く痛い自己紹介だ。


「……」


へパイトスは黒いゴーグルをかけ、しばしマジックミラーを眺める。

その後何かを確認すると、ゴーグルを外してティーミスに向き直る。


「…あまりにも突飛な話だが、現状が現状だ。その言い分を覆す証拠が出ない限り、俺たちはそれを真実として捉えるしか無い様だ。」


「そ…そうですか…」


「ただし、嘘だと分かった瞬間は、物理尋問も厭わないからな。肝に命じておけ。」


「……!」


と、ティーミスは顔色を一変させる。


「その、もう行っても良いですか?私には…」


「駄目だ。お前をこれからここに留置する。もしお前が“生物兵器”とやらなら、何処の出自かも突き止め無くてはならないからな。」


「でも…」


ティーミスは、目の前に浮遊するウィンドウに急かされていた。


ーーーーーーーーーー


クエストターゲットが接近しています。

戦闘準備をして下さい。


ーーーーーーーーーー


ウィンドウには、周辺のミニマップとターゲットの位置を示す赤丸まで表示されて居た。


「その、留置ってどれくらいですか?」


「数日で終わるかもしれないし、一年以上かも知れない。それはお前次だ…」


「ごめんなさい!」


ティーミスは手足の枷を、紐か何かを千切る感覚で破壊し、そのままアイテムボックスから魔刀を一本。

そのまま、マジックミラーのある方の壁を刹那の剣技で三角形に切り抜き、そのまま壁に三角形の穴を開け続けながら、一直線に施設の外まで突き進んでいく。

途中でコーヒーサーバーを破壊したため、ティーミスはいつの間にやら全身がびしょ濡れになっていた。

ティーミスは一際分厚い壁を刀によって三角に抜く。その向こうは、朝焼けに染まる空だった。高度から、5階と言った所だろうか。


遠くの空。朝日が左方向から照らす赤い空の向こうから、巨大な何かが迫っていくのを感じる。

ティーミスの目に見えているわけでは無い。ただ、自分とそのターゲットの対象がどれだけ離れているかを知覚出来たのだ。


「…あ。」


直後、ティーミスは重力に従い、落下を始める。

常人ならばクッションが無ければ助からない様な距離。

ティーミスは、足と手を付いて難なく着地出来てしまった。

本部と呼ばれる施設からは高らかな警報が鳴り響き、銃を持った兵士達が続々と外に出て来る。

当然そこにはへパイトスやネレイス、マステンドの姿もあった。

マステンドは、苛立ち半分ティーミスの実力を目の当たりにした恐怖半分、ティーミスに向かって怒鳴りかける。


「おい貴様!一体どう言う…」


「静かにして下さい。」


ティーミスは目を閉じて、それの飛来を刻一刻と感じ取る。

先ほど巨鳥と出くわした時の彼らの反応を見るに、一筋縄ではいかない相手なのだろうとティーミスは推測する。

ティーミスを敵と判断したのか、それとも慌てたのか、兵士の一人がティーミスに向けて発砲する。

ティーミスの周囲にポンと出現した狼の頭が、飛来する銃弾を飲み込む。

ティーミスはアイテムボックスから弓を取り出すと、先ほど銃弾を喰らった狼頭を矢に変えてつがえ、気配のする方向へと向ける。


「…!大規模な黒素反応を確認!こちらに向かってきます!」


「何!?」


ティーミスよりかなり遅れて、施設の兵士たちもそれの存在に気が付く。

赤色に染まった雲の割れ目から、黒く巨大な羽が見え隠れする。見覚えのある巨槍が、見覚えのある赤い光を湛えて浮遊している。

先程までティーミスを注視して居た兵士達は、響めきと共に天を仰ぐ。

巨鳥はティーミスの姿を認めると、滑空によって加速し、ものの数秒でティーミスの目の前にまで移動する。

巨鳥が羽ばたく度、巻き起こった暴風が付近の土や石を吹き飛ばしていく。

ティーミスの背後には、岩山に埋まる様に立つビル型の建物があり、前方は、遠巻きに先程の街が見える広大な禿げ地。

ドシンと地鳴りの様な音を立て、巨鳥の鉤爪が大地を掴む。例の如く、地平線の彼方までが警告の赤い光で染まる。


「三等兵以下は退避だ!繰り返す!三等兵以下は退避しろ!」


兵士の中の誰かが、その場に居る全員に聞こえる様に大声で指示を飛ばす。


「第三等級以上は、総員発破を開始せよ!」


兵士達は、その手に持つ銃で仕切りの発砲をしているが、全て巨鳥の頭に当たっている。

やはりダメージが通っている気配は無い。


「…そっちじゃ、ありません!」


暴風で吹き飛ばされていく兵士を尻目に、ティーミスは赤く点滅する巨槍に向けてその矢を射る。

かつて矢だった爆発が巨鳥の傍に浮遊する巨槍を包み込むが、依然として地面への警告は消えない。

煙幕が晴れて、巨槍の姿が再び露わになる。ヒビが入っているが、破壊するには威力が足りなかった様だった。

ティーミスの手元には、もう触弾は残っていない。

巨鳥に向けて放たれた銃弾を拝借しようかと考えたが、余計な疑いをかけられるのも面倒だとティーミスは判断する。

もう一層、一度彼らと共に死のうか。誰の事も考える必要が無くなった二機目に全力を出そうかと、ティーミスは非道な考えに至る。


と、ティーミスは背後から花火の様な音を聞く。

一際大きな銃弾が、真っ直ぐと巨鳥の槍に出来たひび割れに到達する。

巨槍は内側から崩壊する様にバラバラに砕け散り、チキン質の大小様々な欠片が禿げ地に落下していった。


「次は何処だ。生物兵器。」


ティーミスの隣に、スナイパーライフルを構えたへパイトスが現れる。


「え?」


「次は何処を狙えば良いと聞いている。」


ーーーーーーーーーー


戦闘に助っ人が参戦しました。

【赤空の遠銃士】


ーーーーーーーーーー


「でも...どうして?」


「お前が、現時点では我々にとって有益な物だと判断したまでだ。事が終われば、お前をどう処理するかも決める。答えろ。次はどこだ。」


ティーミスは、今までに感じたことの無かった感覚を抱く。

それが一時の関係だったとしても、それが風前の塵のような危うい関係だったとしても、ティーミスは嬉しかった。

同じ目的の為に闘ってくれる戦友というものを、ティーミスは初めて持ったのだ。


「えっと、胴体です!」


ティーミスは弓をしまい込み、赤く光る巨鳥の胴体を指す。

スコープを覗き、へパイトスはティーミスの指さす方に狙いを定め、引き金を引く。

耳と大気を引き裂かんばかりの絶叫を挙げた巨鳥は、羽毛の合間から無数の小さな槍を出現させる。

槍は一斉に地上に向けて放たれるが、ティーミスは逆にそれを足場にしてしまう。

弾丸と大差ないほどの速度で空中から飛来する槍を次から次へと飛び移り、ティーミスは次の赤く光る部位へと到達する。

巨鳥の、頭部だ。


「《頭破》」


ティーミスの踵落としが、巨鳥の頭部を仮面越しに砕く。

仮面は土塊の如く崩れ、ゴム質の頭部がグジャリと潰れる。

ティーミスはその質感から、自らが使役する《招集(テイク)》の兵士を連想した。

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