共に行こうか
フィフィ王国、ケーリレンデ帝国騎士団駐屯所。
戦友の帰りを待つリニーにその報せが届いたのは、空が夕日に染まる頃だった。
ピスティナ単騎によるアトゥ攻略戦は、リニーが最も恐れていて、最も可能性の高い結末を迎えてしまったのだ。
「どうして…どうしてこんな無茶苦茶な作戦を!どうして!」
「彼女は勇敢に戦いましたが…我々の力及ばずに…」
どこか泳いだ目で話す司令官に、リニーは言い知れぬ不快感を覚える。と、ふとこの作戦に関する幾つもの違和感を思い出す。
護衛と言う名目で派遣された、レイドモンスターと戦うにしては明らかに力量不足な雇われ冒険者達。
その割に今回使われた視覚共有魔法は、【共の目】と呼ばれる最高位の物。
「…まさか…お前ら!ピスティナさんを!」
「今回の遠征は、十二分に価値のある物だった。…それに、この“調査”遠征には彼女は自ら志願したのだ。」
「!」
レイドモンスターの調査遠征は、例外な無く文字通りの命懸けだ。
故に、普段は戦闘可能な死刑囚などを用いる事も多い。
援護魔法によって出来るだけ戦闘を長引かせ、視覚共有魔法などを使い本部にそのレイドモンスターの情報を、命と引き換えに送り続ける。
今回の場合も僅かながらではあるが、ティーミス討伐に卓上では一歩近づいた。
視覚共有開始の冒頭で確認された、巨大な新種のモンスターと、それを爆発属性(仮)で討伐する満身創痍のティーミスの姿は、ティーミスが帝国も知らない未知の存在と敵対関係にある事を示している。
そして、その瀕死の重傷を負って初めて、第九等級程度と言う現実的な戦闘能力にまで落ちると言う事も。
「…ピスティナさんが…」
リニーを抱擁し慰めた時、ピスティナは一体どんな心情だっただろうか。
何故ピスティナは、誰にも何も告げずに一人行ってしまったのだろうか。
リニーは、己が無力感に苛まれる。
あれもこれも全て、あの日ティーミスの頭を貫く事が出来なかった自分の責任だと。
仮に自動蘇生によって蘇るとしても、少なからず何かは変わったのかもしれないと。
「…そうだリニー・ベルト。ピスティナから、これを預かっている。」
司令官は、軍服のポケットから封筒を一枚取り出す。
「…?」
蝋で閉じられた封を開け、小さな一枚の紙切れを中から取り出す。
それは、ピスティナが残したメモだった。
“安心して欲しい。天国だろうが地獄だろうが、私は元気にやっていける。
そして、君達を置いていってしまった事を謝らせてくれ。本当に済まなかった。
そして、この紙を一番最初に読むであろうリニーへ。
贈り物だ。私の書斎で使ってくれ。”
紙切れには、ピスティナらしい雑な文字が刻まれていた。
「贈り物…?」
リニーは封筒をひっくり返し、底にあった物を出す。
そこには、ピスティナが肌身離さず身につけていたロケットと、片手で握れるほどの大きさの、金色の真新しい鍵が一本。
そのロケットには、リニーが帝国騎士学校を卒業した際の写真が一枚差し込まれていた。
はにかんだ笑顔を浮かべるリニー自身と、そんなリニーの頭を後ろからポンと撫でるピスティナの姿だ。
ピスティナが出撃の前に自身が掛けていたものを外し、リニーの為に改造した物だった。
ピスティナは初めから、覚悟を決めていたのだ。
「う…うう…ぐす…」
ロケットの蓋の裏には、これまた雑な飾り文字が彫られている。
“失敗は、より良い策を挙げる為のいい機会だ。私の意思を、君に託す。嫌でも持っていけ。”
そしてそのロケットの裏に、一枚の折りたたまれた紙が貼り付けられている。
リニーはそれを取り外し開いてみると、まず真っ先に帝国の紋章の判印が目に入る。
ピスティナが綴った、リニーを対ティーミスのレイドマスターへと推薦する書状だった。
「…!」
通常の手段では攻略が難しいレイドモンスター出現の際には、殆どの場合帝国では、レイドクランと呼ばれる独自の組織が結成される。
国内外問わず人員を招集可能で、更に冒険者協会からそのレイドモンスターが、“人類共通の敵”と言う公認が降れば、冒険者との無償の協力関係を築けると言うかなり特殊な組織だ。
流石に敵対国家からの支援は望めないが、それでも文字通り百人力。
リニーはピスティナから、そんなレイドクランの第一号員の、レイドマスターへと推薦された。
第八等級騎士の、帝国軍法部最高幹部としてのピスティナにだ。
リニーの思考は真っ白だったが、その手は、自らが愛用する長弓を固く握り締めていた。
〜〜〜
カントリーな作りの洒落た建物が並び、付近には街頭や乗り捨てられた馬車や車などが、傷一つない状態で残っている。
空には星は無く、白い満月が煌々と夜の街を照らしている。
此処は【咀嚼する狂気】のドロップアイテムの[業]ダンジョンキーで繋がるダンジョン。強欲の街、ローンマイニーだ。
ティーミスを取り囲むのは、全身を紺色のローブで包んだ、人型の何か。
フードの中には霧の様な闇が広がっていて、手や足らしき物も確認できない。おまけに、常に地面から浮遊している状態だった。
ーーーーーーーーーー
【No.51 魂奪い】
あなたの魂を喰わんと集団で襲いかかる下級の亡霊です。
能力は低いですが何重にも折り重なった【拘束の呪い】は強力で、相手に抵抗させないままじわじわと命を削っていきます。
あなたより格下のモンスターです。
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亡霊たちはその両手で魔法の鎖を弄り回し、ティーミスに向けて一斉に放つ。
ただその紫色の実態無き鎖は、ティーミスの肌に触れる少し手前で全て弾け消えてしまう。
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装備スキルにより、スキル【拘束の呪い】が21回打ち消されました。
あなたは【絶対拘束の魔導玉】を21個獲得しました。
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唯一の取り柄である拘束が通用しない今、ティーミスにとってその亡霊はただの雑魚でしかなかった。
ミクシムによって鍛え上げられた赤く黒く美しい刀が、白い月の光を反射させながら、空に鮮やかな赤い軌跡を残しながら、舞う。
両断された亡霊からは黒い靄が消え、一瞬ただの布切れの様になった後に溶けるように消えていく。
ティーミスは、その身に一切の傷を作る事なく前座に勝利した。
「べ。」
不意にティーミスは、ちゃんと舌先にタンリング(穴を開けないイヤリングの舌版だから、ティーミスは勝手にそう呼んでいる。)が付いているか確認する。
口を閉じていたり、何か喋ったりする時など、ついついこの装飾品の存在を忘れてしまう。
それ程までにこの明らかな遺物はティーミスの体と一体化し、本当に何の邪魔にもなっていなかったのだ。
「ん?」
ふとティーミスは、その舌先からぶら下がる金属細工の模様を目を凝らして確認する。
確か始めは、緑色の草原に一本の木、青い空に大きな太陽だった筈だ。
が今は、シルエットになった木が一本、そして黒い空に白い月となっていた。
「成る程、私が今いる場所の空と連動しているんですね。」
ティーミスのへその横に描かれたユウガオは満開を迎えている。
ティーミスは、もうこの手の怪異には慣れてしまっていた。
「お前…何者だ!」
「にゃ?」
気がつけばティーミスの背後には、銃を構えた3人の人間が立っていた。
一人は、三人の正面に立ち、艶のない黒い短髪で、見た目は17歳程の、コートを纏い拳銃を構える青年。
一人は、三人の左翼に立ち、短い金髪で見た目は30半ばの、サブマシンガンを持ちジャンバーを着る男性。
一人は、三人の右翼に立ち、長い黒髪を後ろで縛りトレンチコートを着た、20代前半程の女性。
「何者だと聞いている!」
青年が拳銃を構えたまま、ティーミスにつかつかと近付いてくる。
「人に名前を聞くときは、まずは自分から名乗るのが礼儀じゃ無いですか?」
友達との何気無い会話の様な声色で、あどけなく優しく可愛らしい声で、ティーミスは一先ず強者の様に振る舞う。
友好関係を築く可能性を、ティーミスは自分からは作らない。
メレニーの件もあり、ティーミスは非常に疑ぐり深い性格になっていた。
青年は少し眉をひそめながら、依然として拳銃を構えたまま答える。
「…俺の名前はへパイトス。今お前に応えられる情報はそれだけだ。」
背後の二人は、依然としてティーミスに銃口を向けたまま、時々無線で通信を行う以外は動こうとしない。
その無線の通信も暗号だらけのもので、ティーミスにはさっぱり分からなかった。
「…」
ティーミスは魔刀をアイテムボックスに突っ込み、ぺこりと一つお辞儀をする。
「私の名前はティーミス・エルゴ・ルミネアです。何者かと言われても、私は私です。」
どうせ終盤で三人とも豹変し、このダンジョンのボスウェーブが始まるだろうとティーミスは思っていた。
ただ今回は、いつもとは違う事が起きた。
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友好存在を確認しました。
このダンジョン内の助っ人として、スカウト出来る可能性があります、