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英雄なんて

「う…ぐあああああああああ!?」


ピスティナは倒されたがまだ生きていた。徐々に肢先から赤黒く変色し、ボロボロと崩れて行っているが、生きてはいた。

血閃そのものには威力は殆ど存在しない。血閃の効果は、その物質の構造そのものを破壊する攻撃だ。

ピスティナの背後で、光線を浴びた建物が次々と崩れ倒れていく。


「…頑張って下さい。もう少しで…」


ティーミスは、崩れていくピスティナをじっと見つめる。

自分の所業から、もう目を背けたりはしない。それがどんなにむごたらしくても、胸が焼ける程グロテスクでも、悪夢として出てきそうなほどおぞましくても、ティーミスは自らの所業と向き合う。


「…レオ…アンリ…そこに…居るのか…?」


ピスティナは、ブツブツと譫言を呟き始める。


「…はは…ああ…今度は…一緒に居よう…ずっと…一緒…だ…」


ピスティナは事切れる。

絶命しても尚ピスティナの物体としての崩壊は止まらず、その全てが土くれの如くボロボロと崩れていき、最後には僅かに赤黒色に染まった地面だけが残った。


英雄なんて居なかった。

そこにあったのは、運命を背負っただけの、一人の人間の果てだった。


「うっぷ…」


最後まで凝視していたティーミスは、腐臭と不快感で嘔吐、又は吐血する。

ティーミスのその体も、重傷と回復封じの呪いによって限界を迎えようとしていた。

ドサリと、ティーミスはその乾いた赤黒色の地に仰向けに寝転がり、その時が来るのをゆっくりと待つ。

微かに鉄の匂いを帯びた空気を吸い込んで、ゆっくりと目を閉じる。


周囲は驚くほど静かだ。ティーミスの聴覚が失われたからかもしれないが。

虫の気配一つしない、ティーミスの本当の一人の時間だ。

体の感覚が少しづつ消え始め、ティーミスにしばしの暗い安らぎを与える。


ティーミスは初めて走馬灯を見る。

自らの顔を覗き込む父と母。晴れた日はいつも通った、裏庭に咲く一面のマーガレットの花。今はこの世とあの世問わずに散り散りになった、貴族学校の同級生達。

書斎のソファに座ったまま、泡を吹いて事切れていた、かつて父だったもの。

首にワイヤーを巻きつけられた状態で川底から見つかった、かつて母だったもの。

暗殺者の振るうサーベルからティーミスを守る為に、血の中で死んでいく兄。


ティーミスはふと、普段は考えない所にまで思想を巡らせる。


(…寂しい…)


どれだけ敵を殺めようと、もう家族が戻ってくる事は無い。

どれだけ力を得ようとも、もうあの日の様には笑えない。


愛の温もりは忘れてしまった。

独りぼっちは日常になった。

大切な何かが満たされない心に、罪ばかりが突き刺さっていく。


あの日の幸せは、もう戻らない。


孤独と不幸と絶望と、それから少しの呼吸困難に抱かれながら、ティーミスは四度目の死を迎える。

上空で、二羽の小鳥が鳴きながら通り過ぎて行った。




ティーミスは、元どおりになった両の瞳を開ける。

一番最初に見たものは、頂点から少し太陽が傾いている午後の空。

風に撫でられた赤黒の地面は、既にティーミスが眠っていた場所以外は殆ど元の石畳に戻っている。


ティーミスは決意を固め、スキルボードを開く。

スキルポイントは、4だ。


ーーーーーーーーーー


色欲相(ルクスリアアーツ)



パッシブスキル


加虐趣味(サディズム)》習得コスト・2

対象に一定以上のダメージを与える度、あなたは戦闘終了時まで【興奮】状態となります。

【興奮】

一重毎に攻撃速度が1%増加し、攻撃力が1.01倍に上昇します。

最大100重で、100重に達した場合、5分間【狂乱】状態へと変化した後、【興奮】バフは消失します。

【狂乱】

攻撃速度が300%、攻撃力が3倍に上昇します。


被虐趣味(マゾヒズム)》習得コスト・2

あなたは戦闘中に一定以上にダメージを受けた時、一定確率で失った体力の一部が還元され【興奮】状態となります。


ーーーーーーーーーー


ゴクリと唾を飲み、ティーミスは付近に落ちていたピスティナの短刀を一つ拾い上げ、それを思い切り自身の右手首に突き刺す。

鮮血が飛び散り、当然激痛も走るが、ティーミスは今までに無い感覚も得る。

受けた痛みと同量の何かがティーミスの脳をくすぐる。その頰に、一筋の汗が光る。


痛みを相殺、否、痛みをより引き立たせる快楽を、ティーミスは同時に得る。

ティーミスは、相反する二つのパラフィリアを宿した。


「…あははは…」


ティーミスは歪んだ快楽を舐めながら、目に涙を溜めながら、何かを諦めた様に嗤う。

ティーミスはその性格だけは、強靭な精神力によってあの日のままであり続けていたが、ティーミスは自らそれを捻じ曲げ叩き壊した。

もうあの日の幸せが帰ってこないのなら。痛みを受け痛みを与える事が、ティーミスに課せられた日常ならば、その日常に幸せを求め、見出せば良い。


ティーミスは、キュッと胸の奥を締め付けられる心地を感じる。

合理的な決断の筈なのに、何も間違えてはいない筈。なのにどうしてこんなに辛いのか、どうしてこんなに涙が出るのか。


「…う…うう…ごめんなさい…お父様…お母様…」


ティーミスは、自らに愛を注ぎ、暖かな人間に育ててくれた両親を否定してしまった。

ティーミスは、罪を全て償い、公正な法の元で裁かれ救われると言う数少ない光への道を閉ざしてしまった。


「…進まなきゃ…グスッ…私は…私の…うえええええん!」


ティーミスは、何者からも理解されない、心の壊れた怪物への変貌の第一歩を、自らの心に刻み付ける様に踏みしめる。

その一歩は、かつてピスティナだった赤黒色の粉末が微かに残っていて、ざらついていた。


「………」


気晴らしに、先程の称号の処理を済ます事にする。


ーーーーーーーーーー


キープログレスを習得しました。


《ふと空を見上げれば》

装飾品【戦場天気予報】を獲得します。


ーーーーーーーーーー


ウィンドウから放り出されたのは、チャラリと小さな金属の装飾品が放り出される。


「…と!」


ティーミスは間一髪で、見失えば無くしてしまいそうな程の小さな装飾品を受け止める。


「…?」


左手の中にある奇妙な装飾品をしばし眺める。

コの字型の金具から極小の鎖が伸び、そこから一枚の、角の丸い長方形の形をした極めて緻密に作られたプレート型の飾りが付いている。

プレートの飾りは、中指の爪程の大きさしかないにも関わらず、緑色の草原と、そこから生える一本の木、そしてそれを照らす青空と太陽までが、様々な宝石や金属細工によって表現されていた。

一体どこをどうすればこんな物が出来るのか。そして、これはどこに付けるものなのか、ティーミスは首を傾げる他無かった。


「…工夫…工夫…工夫…」


ティーミスは耳たぶに挟んでみたり、小指に指輪のように付けてみたりするが、どうにもしっくりこない。


「………」


「よお、何やってんだ?」


ティーミスの手から、その装飾品を奪い取る大きな手。

ティーミスが見上げると、そこには先程受け取った装飾品をまじまじと眺めるジッドの姿があった。


「…ち…違います!ちゃんと工夫を…」


「工夫?こいつに要らねえだろそんなもんも。」


「にぁ?」


と、ジッドは右手の指ぬき手袋を取り、ティーミスの口に人差し指と中指を思い切り突っ込む。


「おごぼ!?」


ティーミスの舌を強引に引っ張り出したジッドは、その舌先にコの字型の金具を取り付ける。

パチンと音がして、ティーミスは驚きで体が少し跳ねる。


「は…はほへ?」


ティーミスの舌先に取り付けられた金具から、細く小さな鎖で精巧な金属細工がぶら下がっている。


「こいつは“尖舌ミアス”。まあこの世界では見ねえ代物だな。…あ、心配すんな。」


ジッドはティーミスの舌先からぶら下がる金属細工をつまみ思い切り引っ張ると、その“尖舌ミアス”と呼ばれる装飾品はあっさりと外れる。


「はひ…」


「ピアスは物理的に体に固定するが、こいつぁ魔法の類で固定する。おら、やってみろ。」


ジッドは、まだ微かにティーミスの唾液で濡れる指で【戦場天気予報】をティーミスの手のひらに乗せる。

ティーミスは恐る恐る、コの字型の金具を舌先に近づける。

ある一点に到達した時、金具はパチンと音を立ててティーミスの舌に再び固定される。


「は…へひはひは…はへ?」


ジッドは何処にも居なかった。

いつのまにか現れて、ふと気を抜けばすぐに消えている。

ティーミスにとってジッドは、そんな蜃気楼の様な人物だった。



ーーーーーーーーーー


【戦場天気予報】


装備スキル《テンペストドミネーター》

戦場の天候を変化させる事が出来ます。

クールタイム・24h



『きょうは、ママといっしょにもんのお外にあそびにいきました

お外は、いつもみたいにとんがった小石がザーザー降っていました

ママは、あぶないねっていうと、とんがった小石をぜんぶお水にかえました

とってもきれいでした。』

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― 新着の感想 ―
[良い点] ダンジョン帰りの重傷で会敵きついな… スキル一つ一つにゾクッとするようなストーリーがあって素敵です、さすが7世界の体現
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