御伽噺の始まり
アトゥ植民区跡地の、大城門の上。
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アイテムショップへようこそ。
ここではゴールドを消費して。さまざまなアイテムの購入を行えます。
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「………」
ティーミスは、今度は誰にも呼び止められる事なくアイテムショップを開いた。
流した涙が乾く頃には既に空には月が昇り、アトゥを時折巡回する帝国兵の持つ松明の光が、城門を横切っていくのが見える。
本気でアトゥを包囲しティーミスの動向を監視したいのなら明らかに人数不足。ただ帝国が、最低限の体裁を保つ為だけの気休めの巡回兵だった。
ティーミスは灯りも何も持たない為、夜闇がティーミスを完璧に隠してしまう。
やる気の無い巡回兵が、城門の上に寝そべるティーミスを見つけ出すのは最早不可能であった。
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あなたへのオススメの商品がこちらです。
・労働なき富 500G
・王の水薬 5本で200G
・審判へと至る鍵 90000G
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沢山のアイテムが、ウィンドウの中で販売されている。
(ここで支払ったお金は、一体何処に行ってしまうんでしょう…)
ティーミスは首を傾げながらも、好奇心のままにアイテムショップを四方八方にスライドし続ける。
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【労働なき富】
イロディコ歴312年に、小説家ロイス・カルメンにより出版された著作です。
ルージェ王国の古今の独裁政権を、ロイス自身の視点によって淡々と述べる短編小説です。
使用後、ランダムな『傲慢相』スキルが習得されます。
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イロディコ歴もルージェ王国も聞いた事もなく、ロイス・カルメンが一体何者なのかも知らなかったが、ティーミスはその本に興味があった。
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お買い上げありがとうございます!
ショップアップグレードまで、あと9500Gの消費が必要です。
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どうせウィンドウから放り投げられるだろうと身構えたティーミスだが、ウィンドウはそのまま閉じてしまう。
少し戸惑ったティーミスだが、思い付きでアイテムボックスを開いてみる。
案の定、購入したアイテムはボックスに直接送られる仕組みだったらしい。
ティーミスは、アイテムボックスのウィンドウに手を突っ込み、味気ない紺色の表紙の小さめの本を取り出す。
小柄なティーミスでも片手で持ててしまえるほどの小さな本。大の大人なら片手で包み込めてしまうだろう。
ティーミスは、その冊子のような本を開いてみる。
ページ数はそれなりにあるが紙は小さく、文字数に換算すればそこまでの長編では無い。
ティーミスは極限まで小さくしたアイテムウィンドウの明かりを使い、その小さな歴史書を読み始める。
ふとティーミスは、幼き日の記憶に思いを馳せる。
眠れない夜、ティーミスの母親は良く傍で、色々な御伽噺をベッドの中のティーミスに読み聞かせた。
この世界の各地に存在する尾びれだらけの神話だったり、作家が子供を喜ばせる為に書いた絵本だったり、色々読み聞かされた。
そんな母の優しい声に包まれながら、ティーミスはいつも、ゆっくりと目を閉じるのだ。
〜〜〜
「かと思えば…腕が…かか…怪物になって…」
「もう嫌だもう嫌だもう嫌だもう嫌だもう嫌だ…」
「嗚呼…彼女はなんと美しかったのだろう…!」
ケーリレンデ帝国従属国、フィフィ王国。
アトゥから避難した作業員や、逃げ延びた騎士団員が、軒並みフィフィ王立の中央病院に引き取られていた。
「…駄目です。一体何を見たのか、七、八割方は精神が完全に破綻しております。」
医師の一人が手帳に目を通しながら残念そうに呟く。
「まともに会話が可能な者は居るか。」
軍服に身を包み、周囲の物すら石にでも変えてしまいそうな雰囲気を漂わせる女性軍人が、必要な情報を端的に医師に求める。
「居ることには居ますが…皆、最後衛だったり当時は現場を離れていたりで、脱獄犯の姿を直接見た者は殆ど居ません。」
「そうか…」
女軍人は少し肩をすくませると、ツカツカと医務室を後にして行く。
彼女の名前はピスティナ。様々な肩書きを持つピスティナだが、此処にはケーリレンデ帝国軍の幹部と言う肩書きを背負い訪れた。
鳶色の長い髪の毛。黒い目が若干瞼に隠れた、美しくもきつい顔立ち。よそ行き用の赤い軍服には、主に戦場での戦果を讃える勲章が所狭しと輝いている。
アトゥ公国最後の貴族が、ギフテッドの復讐者として帝国に刃を向けた。
そんなにわかに信じ難い噂話を真に受けた帝国第三皇子ギズルが、次期皇帝の座を巡る政戦も放り出して本格的に調査に乗り出した。
ピスティナも、彼からの要請でこの調査を引き受ける事になった。
(これは…根も葉もない噂話と言う訳でも無さそうね…)
最初はそんな噂話を鼻で笑っていただけのピスティナだったが、調べれば調べる程に、そんな神話めいた物語が実態を持って行く。
ピスティナはそんな現状に畏怖しながらも、同時に高揚感も覚え始めていた。
歴史上で見ても、ギフテッド出現と断定される記録は数える程しか無い。
一番最近起こった、『汚染神龍』ですら500年も前。さらにその一つ前のフォレストフォックスと言う狐の魔物のギフテッド、『遍く霊魂の真祖』に至っては、現在から1500年も前の出来事だ。
例えそれがどんな下級の魔物だろうと、“授かった”瞬間に神にも等しい存在へと変貌する。
ピスティナは、そんな神話の登場人物になれるのではないかと、後世に語り継がれる逸話の断片になれるのではと、そんな期待に胸を膨らませていたのだ。
ピスティナは、腰のベルトに取り付けられた二本の短剣の柄を握りしめる。
どんな強大な力を持とうと、相手は少女である事には変わらない。
倒せなくとも合間見える事くらいなら可能だろうか。
無双女官と恐れられたピスティナだからこそ、強者との戦いを心の底より望むピスティナだからこそ抱けた、神話に名を残すと言う壮大な夢。
「ピスティナ殿。例の許可が降りました。」
部下に呼ばれ、ピスティナは地下の死体安置所に移動する。
清潔感のある地上とは打って変わり、地下は石壁石天井が剥き出しになっており、床に至っては何の加工も施されていない土だった。
「これか…」
血と土がべっとりとこべりついた斧。頭の無い男の死体。真二つに溶断された剣が3本。同じ様に鎧ごと二つに溶断された、騎士らしき人物の亡骸。何かに噛み砕かれた様な、武器や防具の破片の数々。
同じ人間がやったとは到底思え無い程の、とりどりの犠牲者達が安置されていた。
強大なモンスターと相対する場合、最も多くの情報を齎すのが先駆けた犠牲者の遺体だ。
敵が何の属性を使うのか。敵の戦法は一体何なのか。どう言うタイプの戦術が有効か。遺体を調べれば、そういった情報が一挙に手に入る。この場合も、例外では無かった。
「…戻る。」
「ピスティナ殿?」
「医務室に行って、目撃者から情報を収集する。」
「?し、しかし、皆精神を…」
「曲がりなりにも奴らも子供じゃ無い。帝国騎士だ。そう簡単に、精神の奥底まで壊されはしないさ。」
ピスティナは確信した。
彼らはただ恐怖に飲まれ譫言を呟いているだけでは無い。
腕が怪物に変わる。人間離れした剣術と体術。不死身と錯覚させる程の莫大な体力。無数の獣の頭部を放る。
その全てが、尾びれの一つも無い真実だと。
「……」
ピスティナは確信した。
既に、神話は始まっているのだ。
ーーーー【労働なき富】第二巻 動騒とブターーーー
この本を手に取ったと言う事は、貴殿もルージェの古今の政策に少なからずの疑念を抱いているのだろう。こうなれば、いよいよ私も文字通り『労働なき富』を得てしまうかもしれない。ルージェの政が腐れば腐る程この本は売れ、私がソファに寝そべりうたた寝をしている間に、ディナーに付き添うワインは上等な物になって行くのだから。
さて、何故私が富豪になれる程にこの国の政治は横暴が過ぎるのか、少しおさらいをしてみよう。先ずはそこに焦点を当てて述べよう。通常政権腐敗と言う物は、一個人、又は一部派閥、又は一瘤によって齎されるのだが、このルージェは少々特殊だ。
現ルージェ国王…否、ペテン師ガーザは勿論の事。王妃であるミヌ、沢山の妾を囲い続けた末に生まれた14王子も19王女も、前国王で現在は官職にあるオーサーも、本当に全員が全員性根の腐り切りったブタどもなんだ。知っての通りだが文字通り、王国家は本当に全員ブタだ。ブクブクと脂肪を纏い、目は蝙蝠の如く不気味にギラつき、聞く話によれば酷い体臭らしい。人の容姿を悪く言うのは普通は間違っているが、奴らの場合は全くの別だ。奴らは、他の人間に行く筈の肉すらも自分にくっつけてしまっているのだから。
この本を片手に街を散歩してみると良い。最初に見つけるのは何だ?綺麗な草花?愛らしい小鳥?違う、骨と皮だけになって物乞いする浮浪者。或いは、飢えて死んだ子を抱えたまま飢えて死んだ母親。貴族の視界に入ったとかなんとかでその場で斬首された子供の頭蓋骨もあるか。勿論、その貴族すらブクブクと肥え散らかしたブタだが。
私だって、運良く紙にインクを垂らすだけの脳があったからこうして屋根がついていて風の入ってこない家で過ごせるが、運が悪ければ…否、生半可な運でも、私もその辺に転がるジャーキーの仲間だっただろう。この国の半分以上がその辺で死んでいる。アンデッドの国にでも移った方がもう少し良い暮らしが出来るだろう。“出国手形”とか言う名前のボッタクリの紙切れを買えればの話だが。
奴らは私達ルージェに住む民から、明らかに道理外れの税金(呼吸税、鼓動税、二足歩行勢、咀嚼税)を、何かに駆り立てられる暴れ猿の様に毎日毎日絞り上げていく。そうして絞り上げた金は肉酒に芸術に嗜好品に娼婦に変わり、奴らはさらにブクブクと肥えていく。定期的に街に落ちている浮浪者は掃除されるのだが、噂では潰されて飼料に混ぜられて、家畜の餌にされるとか。本当さ。私はこの目で見たんだ。そうして浮浪者を餌に肥えた豚が調理され、ブタどもの晩餐に変わる。間接的にだが奴らは文字通り、人食い貴族なのだ。
そうして民が減り、金のある、或いはまだ生きている民からの徴収量が増して、生活が立ち行かなくなった民がまた浮浪者に変わる。もうこの国から人を消すつもりなのか、はたまたただ頭が悪いだけなのか。当然、近隣諸国からの反感も買いあさり、時折この国を攻め落とさんと諸国の軍勢がルージェに侵攻することもあったらしい。最も、城壁の内側にまで到達できた国は一つとして無いが。これはまた、天というのは実に不公平な物で、非常に腹立たしい事に、現ルージェ国王であるガーザは、強力な異能者なのだ。
知っての通りこのルージェには軍隊らしい軍隊など存在しないが、あの自力では歩く事すら出来ないブタ一人だけで、諸国から自分の庭を守り、なんなら気に入らない国を打ち滅ぼせる程だ。私もたった一度だけ見たことがある。奴がパンパンと手を叩くと、地面からボコボコと腐血の様な液体が湧き上がり。それが奴の軍隊に変わるんだ。敵の軍勢の数を家来に数えさせ、その数からきっかり10万足した数を召喚するとかなんとか。
さて、外からの助け舟が無いこの現状で、我々が生き抜くなど可能だろうか。否、可能だ。現在この国には、“コーエン”と呼ばれる民間組織が存在する。王宮の重役の一人が発足させ、恐らく奴らは公務に対しては恐ろしく適当なのだろう。反乱組織の筈が、立派なルージェ公認だ。
先ず、国にとって有益となるスキルや素質を持っている場合、“免税証書”と呼ばれる紙切れの発行を申請できる。そこから数日は税額が跳ね上がるだろうが、大抵の場合は申請が通り、ハンコ入りの証書が届く。そうなれば後はこちらの物だ。コーエンからの支援金を使い、永世出国許可証を手に入れる。そうして、とっととこの国からおさらばすれば良い。私の手元にも既に許可証がある。次に私が筆をとるときは、ここではない別の国だろう。
最後に、これはあくまでも私の意見だ。もしかすれば、この国の政治を慕う人間がいるかもしれないし、私はそれを否定はしない。もしこの国を出ることが出来れば、私は次回作を書くつもりだ。
では、その日まで。