友達
「にゃ?」
スキルボードを閉じて、ティーミスは声のする方へと向かう。繁華街から少し外れた路地裏だ。
「…ああ…嬢ちゃんで、合ってたか…」
「?」
ボロボロの外套を二重に着て、バサバサの白髪と髭を蓄えた老人だ。
髭や眉によって顔の殆どが隠れていて、ティーミスはその出で立ちに、何故だか仙人と言う印象を持つ。
「…何か…食べ物を持ってないか…見ての通り一文無しなんだ…」
「ま、待っててください!」
ティーミスは駆け足で路地を後にし、先程立ち寄った魔道具店の二つ右隣の建物に入る。
真四角屋根の、薄橙色に塗装された石膏の建物。幼い頃からティーミスの良く通っていた、食事屋の跡地だ。
建物の中は綺麗な状態で、テーブルには食べかけの料理などが残されている。その光景は、営業中に突然人が消えたと言う印象をティーミスに与えた。
「…何か…何か…これとかどうでしょう。」
まずティーミスは、厨房の棚に保管されていた大量の干し肉のうちの一つをとる。
と、ティーミスは先程の一文無しの姿を思い浮かべ、老人の歯と堅い干し肉の相性について考えを巡らせる。
ティーミスは、一応は干し肉もアイテムボックスにしまい込み、他に何か無いかを探す。
と、厨房から繋がる別の部屋を見つけ、ティーミスはその中に入って行く。
中は魔導証明が煌々と部屋を照らす、こじんまりとした菜園部屋だった。
メーギュやリモイスと言った魔導植物の他に、パセリやトマトと言った非魔導野菜も育てられている。
「…これにしましょう。」
ティーミスはそこから、比較的大きく鮮やかな色の赤いトマトを二つほど拝借し、急いで食事屋の跡地を去る。
帰り際にティーミスは、もう二度と誰も戻らないカウンターに細やかな小銭を置いて行った。
「は…は…はあ…これ、どうぞ。」
ティーミスは息を切らしながら、一文無しの老人にトマトを二つ差し出す。
老人は手を伸ばすが、ティーミスの手からトマトを受け取ろうとはしない。ティーミスの頰や鼻を指で触る老人を見て、悟ったティーミスはその手にトマトを握らせてやった。
「おお…こりゃ…中々大きなルイーグン…いや…トマトか…?まあいい…喉がカラカラだったんだ…」
老人は大きく口を開け、その生えそろった真っ白な歯でトマトにかぶりつく。
先程の弱々しい印象とは一転して、その様子は実に活力に溢れた物だった。
あっという間にトマトを二個とも完食した老人に、ティーミスはもう一つ。
「あの、干し肉もどうぞ」
「おお…ありがたい…これで腹も膨れそうだ…」
宙に差し出された老人の手に、ティーミスはアイテムボックスから両手で持つ程の大きさの干し肉を取り出し、それを老人に手渡す。
先程のティーミスの心配もどこ吹く風。若者すらも苦戦する様な堅い干し肉を、老人はいとも簡単に噛みちぎり、実に美味そうに食べた。
「…お嬢ちゃん…本当に助かったよ…感謝する…良ければ、名前を教えてくれないか…」
「ティーミスって言います。ティーミス・エルゴ・ルミネアです。」
「…ルミネア…?ああ…あの随分と貧乏臭い貴族家か…アトゥの貴族なんて皆殺しにされたと思ったが…まあケーリレンデの事だ、色々ザルなんだろう…
…わしの名前はミクシム…昔は鍛冶屋をやっとった…」
「ミクシムさんは、どうしてこんな所に?」
「なあに…わしはこの国の住人じゃから…此処に居る…
何でも、とんでもない力を持った殺人犯がこの街を乗っ取ったとか…へへ、嘘くさい話だけどな…」
ミクシムは、干し肉の最後の一欠片を口に放り込む。
「…どうせ、金のある奴はみーんな帝国領にでも引っ越して、ずっと良い暮らしでもしてるんだろうさ…
せっかくだ…嬢ちゃん…この老いぼれの身の上話にでも付き合ってくれよ…」
「…ええ。」
「…わしだって…昔はちゃんと仕事を持ってたんだ…
馴染みの冒険者達が来てな…“じいちゃん!雷属性の斧を頼む!”…て言ってよ…“任せとけ!”…って、わしが言うんだ…あの暮らしが、くたばるまで続くと思ったんだ…三年前まではな…」
「三年…前…」
帝国がアトゥへの間接攻撃を始めたのは四年前、そこから滅亡までは二年掛かった。
「突然アトゥの冒険者が…一斉にケーリレンデに買い取られちまってよ…
向こうの方が質のいい素材がたんと入るからな…トンカチさえ持てりゃ誰だって武器屋やれる国だ…同じもんも買うのには、絶対安い方が良いだろうなぁ…」
「…」
実際は帝国がアトゥの物理的免疫力を下げる為に行った事だ。
たまたまかも知れないが、グラハムが持っていた聖剣でさえ、武器としては中々の粗悪品だった。
グラハム程の実力者が持つのがあの程度の武器だ。買い取られた渡来冒険者が、満足な得物を受け取れるとも考え難い。
「…わしはこの通り目が見えんし…70年間、赤い鉄とトンカチだけで食ってきたもんでな…ある日を境に税金もごっそり取られちまってよ…今はこのザマさ…
なあに…どうせもう先は長く無いんだ…アトゥを信じようが信じまいが結果が同じなら…わしは最後まで此処に残ると決めたんじゃ…」
ミクシムは少し俯くと、外套の隙間から一本の剣を取り出す。
薄い黒皮の鞘に納められていたが、ティーミスはその細身の剣からは、まるで自分の一部かの様な、吸い寄せらるるかの様な感覚に陥る。不思議とそれに、不快感は無かった。
「ギルティナイトのドロップした金属から…鍛え上げた…要望は来たが…誰も取りに来なかった…
…嬢ちゃんに…やるよ…」
「え?」
「わしは四年で済んだが…嬢ちゃんは若い…嬢ちゃんは…わしの何倍も…何十倍も…ガラスかなんかみたいに砕けた運命の上を…這ってかなきゃならん…ああ…食い物の礼とでも受け取っておいてくれ…」
「ありがとう…ございます。」
「これで少しくらい…嬢ちゃんがラクに生きれる事を祈るよ…」
「…!」
「なんて…嬢ちゃんが殺人犯な訳無いな…やっぱり嘘っぱちだったんだ…」
ティーミスは、その徐に差し出された黒い刀身の長剣を受け取る。
「…これで…肩の荷が降りたよ…色々とありがとうな…今日は風も無い…良い夜空が観れるぞ…元気でいておくれ…ティーミスよ…」
「!…ええ…ミクシムさんも…」
慈愛と信頼のこもった声で。ミクシムは優しくティーミスの名を呼ぶ。
貴族の娘でも、観察対象でも、排除すべき対象でも無い。ミクシムは、ティーミスを一人の少女として認識したのだ。
ティーミスの目から、ポロポロと涙が溢れ始める。
この老人は今のティーミスの全てを認め、全てを肯定したのだ。
ティーミスはその夜、誰かの屋敷のテラスに寝転がり夜を過ごした。
その日は、目の見えないミクシムの言葉通り、綺麗な星空が見えた
無人の街で、灯りひとつ無い街で見る夜空は、とても美しかった。
「…わしの生涯の最後に出会った…女神様や…」
ミクシムは、ポツリと呟いた、
次の日ティーミスは目を覚まして真っ先に、ミクシムの居る路地に向かう。
別に何と言う事もない。ただ、おはようございますの一つでも言おうかと思っただけだった。
「あ…」
路地には、まるで昼寝でもするかの様な体勢で事切れた、一体の屍が横たわっていた。
二重の外套から微かに覗く肌は焼けただれた様に黒く変色し、医者がどうこうできる病では無かった事が伺える。
“わしは四年で済んだが…”
「…ミクシム…さん…」
例えどんなに純朴な良心を持っていても、誰もが忌避するおぞましき悪意を持っていようと、人は死ぬ。
必ずいつかは絶対に。
ティーミスだって、いつかは死ぬ。
二度と目を覚まさない、本当の死が訪れる。
「…置き土産だ…」
人は何故生きるのか。
ティーミスは、ティーミスなりの答えに辿り着く。
ティーミスの両親はティーミスを残し、ミクシムはこの世界に沢山の武器と記憶を残した。グラハムも、ルーベンも、名もなき兵士達も、世界を滅ぼしたと言う罪人も、世界と共に滅びた誰かも、この世界に何かを残す為に生まれ、生き、去っていった。
人はその生涯をかけて、置き土産を残すために生きる。それが、たった半日を共に過ごした友人の死から見出した、ティーミスの生に対する答えだった。
ティーミスはアイテムボックスから、ミクシムの残した漆赤黒色の長剣を取り出す。
普段使っている黒炎の魔剣ビスクツィーゼは両刃の大剣なのに対し、この刀はよく鍛えられた片刃の刀だった。
切側には波紋が浮き出ており、形状は侍の持つ刀のそれであった。
「…少しは、ラクに生きてみます…ミクシムさん…」
ティーミスはその日1日を、泣いて過ごした。
どんな素晴らしい置き土産を残したとしても、やはり別れは寂しいし、ティーミスは泣き虫だ。
ーーーーーーーーーー
【罪鋼刀】
下級のギルティモンスターが落とす、【罪鋼】から鍛えられた低級の刀です。
安価で手に入る刀の中では破格の性能をしており、初心者にも扱いやすい軽量です。
攻撃力+70
《品質ボーナス・至極》
このアイテムは最高の品質です。下記のボーナスが付与されます。
・攻撃力+72900
・防御魔法無効
・無敵貫通
・アタックスピード+75%
・攻撃時、ダメージの5%に当たるスリップダメージを5秒間かけて与える