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イラ・アーツ

「はぁ…はぁ…はぁ…」


リテの船の中。

シュレアは部屋の隅で縮こまり、凍えていた。


「寒い…寒いですの…!」


シュレアは白い息を吐き、身体のあちこちには霜も付いている。

それらの現象は、リテの船内の気温を完全に無視していた。

シュレアは何故自分が今こんな状態か検討も付いていなかったが、リテには心配を掛けまいと、リテから隠れるか、平静を装うかのどちらかを取っていた。

しかし、それも長くは続かない。


「熱…何か…わたくしの身を焦がす程の…熱を…」


不意にシュレアの脳裏に、百数十年前の記憶が蘇る。


「…熱!」


シュレアは直ぐに紅剣を生成すると、船の床を四角く切り抜き、飛行中だったが船外に出る。

空中に投げ出されたシュレアは、風圧を利用してかじかんだ翼を無理矢理広げる。

船の穴は直ぐに塞がる。


「は…羽が固まって…」


霜が付いた翼では上手く飛べず、シュレアはそのまま墜落していく。

このまま地面に落ちてぐしゃぐしゃになってしまえば、今の状態ではとても再生など出来ない。

シュレアはそう考え、何か無いかと咄嗟に自身の真下に虚空を開く。


“ドスッ!”


鈍い音と共に、シュレアはナンディンの座席に落下する。


「もも申し訳ございませんティーミス様。しし暫くこちらの魔獣、か…貸して頂きますわね。」


シュレアは凍えて震える声でそう呟くと、ナンディンの頭を船の進行方向とは逆側に向ける。

目指すは焦げ地の大陸。

かつてユミトメザルのあった場所である。


「ええっと、何処で操作するのでしたっけ。」


シュレアは咄嗟に、ナンディンの首元に繋がっている手綱を握る。

ナンディンの目が輝き、暗かった発光部に赤い光が灯り、ナンディンは急加速する。

シュレアは思わず目を閉じる。

その数秒後に、シュレアは手綱とナンディンの速度の関係を思い出し、握る手を緩める。

シュレアはそっと目を開け、そこが目的地上空である事を確認する。


「こ…こんなに速かったのですね。流石ティーミス様の足足りえる魔獣ですわ。」


「見エル。彼処。」


「畏まりましたの。」


次の瞬間、シュレアははっと背後を振り返る。

そこには、魔導師姿の一人の少女が座っていた。


「誰ですの貴女!?」


「従属者。貴女と同ジジジ。」


「いつの間に…じゃあ、これからよろしくお願いしますわね。」


「人の顔覚えの苦手ダケド、貴女はすぐ分かるよーにする。よしく。」


シュレアは【修理屋(リペア)】の指す場所に降りる。

ナンディンは埃一つ立たせずに降り立ったが、そこからシュレアとリペアが降りた時に、焦げ地に薄く積もった灰が舞い上がる。


「あっち。あっちっちはあっちっち。」


リペアは、杖である一方向を指す。

そこには何も無かったが、二人はその地点に向けて歩み出す。


「ねえ…その、小さな魔導師さん。」


「何にな?」


「貴女の様な人間の子供は普通親から離れると泣き出すものですが、貴女は大丈夫なんですの?」


「ママパパの事は覚えてる。嬉しかった事も、あたかったたかたたたかた事も。でも、それを思い出ししても、何も思わない。だらか、記憶の中の私と今の私は、きっと違う人。そ思う事にしてる。」


「キィ…」


記憶の中の自分と今の自分は違う人。

シュレアは何故か、そのフレーズが酷く頭にこべりついた。


「だらか私は未来見てる。ティーミスちゃんののーりょくの一部としての未来。きと他に選択肢もあると思うけど、まだまだまだ見つけれててて無い。てか着いた。」


リペアは足を止める。

なのでシュレアも足を止める。


「寒い。だからチャンスは一回。古い。そんに多く戻せん。何処?示して。」


「そう言えば、この地に立っているだけでさっきよりは身体がスムーズに動きますわね。これもティーミス様のご加護なのかしら。」


「はよ。」


「わ、判ってますの!ええっと…」


「私が立ってるとこがお城の入り口。でも私、どこ戻せば良いかわかない。」


「そこは任せて下さいまし。」


そう言うとシュレアはリペアの前に立ち、目を閉じ、歩み出す。

焦げ地には何も無かったが、シュレアの瞼の裏にはかつて住んでいた城の中の景色が写っていた。

エントランスに入り、階段を翼を使って登り、二階の廊下を飛んで進む。

使われていない部屋を二つ超えた先にある、自分の部屋に入る。


「此処ですの!」


「あい。」


リペアが杖を振るうと、リペアの目の前の地面一帯に巨大な魔法陣が出現する。

その魔法陣は一般的な円形では無く、正方形を二つ互い違いに重ねた形をしている。


「《チャンクリペア》。」


地面に、四角形の光の壁が出現する。

壁の内側から光る塵芥が出現していき、塵芥は石や木、布と、それぞれ材質を変えながら空中に固定されたり、或いは他の塵芥と結合したりして一つの塊を生成していく。

光の壁が晴れ、そこにはユミトメザルの一部分を切り取って建てたかの様な細長い建造物が出来ていた。

シュレアは、シュレアの部屋の中にいた。


「す…凄いですの!一体どうやったんですの!?」


シュレアはドアを開け、眼下にいるリペアに叫ぶ。


「抹消魔法はポンコツ魔法。反転させればそのまま戻る。初見殺しで脅かせれるだけ。敵からいろんなもの隠せるだけ。前者は魔力の割に会ってないし、後者で使うとしてもポンポンは無理むりむり。」


「抹消魔法にそんな弱点が…死んでからの方が賢くなるのは、何だか変な気分ですわね。」


シュレアは再び部屋に戻る。

目当ての物は、直ぐに見つかった。

タローエルを煮ていた鍋。

火は消え札は朽ち、常人には耐えられない腐臭だけを漂わせている。

魔族にとっては(かぐわ)しい香りなのだが。


「キィ。こんな事なら霊薬では無くシチューを作れば良かったですの。」


シュレアは鍋の蓋を開ける。

灰色の瘴気が一瞬だけ立ち上る。

鍋の中は粘性のある灰色の液体で満たされており、中心付近には頭蓋骨が浮いている。


「そんなにわたくしが恋しかったんですの?…って、流石にもう意識はエクトプラズム化してますの。」


シュレアはそんな事を言いながら虚空に手を突っ込み、一枚のスクロール紙を取り出す。


「ええっと、これってどうやるんでしたっけ…」


シュレアがスクロール紙を見つめながらまごまごしていると、不意に鍋の底から手が出てくる。

骨に灰色の液体が纏わり付いて出来た手はスクロール紙を一瞬で奪い取ると、そのまま鍋の底に持っていった。


「こうするんだよ。」



〜〜〜



魔界跡地。

どこまでも広がる氷の世界で、ギズルは一つの氷塊を眺めていた。

中にはティーミスがおり、ティーミスもまたギズルの事を睨んでいた。


「やはり貴様には、冷たき牢が良く似合う。」


ギズルは氷の槍を形成し、それを氷塊に向けて投擲する。

氷の槍はティーミス入りの氷塊を一瞬だけ砕くが、中身を壊すには至らない。

新たな氷槍はそのまま新たな氷塊となり、再びティーミスを閉じ込めた。


「どうしても貴様を殺せない。故に貴様は幽閉される事により無力化される。どうやっても貴様は、籠の中の鳥にしかなれない。皮肉だな。ティーミス。」


ギズルは新たな氷槍を形成すると、槍の柄の部分で氷の床をトンと叩く。

氷塊の真下の氷が円形に溶け、そこに真円型の穴を作る。

氷塊はプールの中に落ち、氷であるにも関わらず水底へと沈んでいった。


「ふん。」


氷塊が光の届かぬ闇の中へと消えていくと、氷の穴は静かに閉じる。

地の底がどうなっているかなど、ギズルも知らない。


「さらばだ。咎人よ。」


ギズルの目の前に、氷製の階段が出現する。

階段は天井に開いた穴まで続いている。


「良くぞ汚れし地上を浄化してくれた。これより訪れるは我が帝国。我の世界。咎人と、咎人を導きし何者かよ。貴様等の功労を讃え、咎人が英雄として崇められる歴史をくれてやろう。それで満足だろう。ティーミス。貴様が欲していた、貴様がこの世に存在した証だ。」


ギズルは、階段を一段登る。

そしてギズルは、そこで足を止める。


「…暑い。何だこれは。」


洞穴内は相変わらず氷点下を切っていたが、それでもギズルには暑過ぎた。


「!」


次の瞬間ギズルは、透き通った地の底に、少しづつ白い濁りが生じている事に気付く。

濁りは氷の大地を内側から砕き、溶かし、揮発させながら広がっていく。

地面の表面に、薄い水の膜が発生する。

氷の階段が、一部が溶けた事による崩落を起こす。

濁りがとうとう大地の表面を砕く。


「な…!?」


魔界跡地を形成していた氷が全て溶けて水となり、水はすぐさま蒸発し水蒸気と変わる。

この蒸気が、白い濁りの正体だった。

その事に気が付いた頃には、ギズルは既に重力に任せて地の底に落ちていく途中だった。



〜〜〜



「がは!?」


ギズルは焼けた石材の上に叩き付けられる。

石レンガであるにも関わらず、割れ目や焦げ目からは僅かに炎が吹き出していた。


「何だ、此処は。」


全てが轟々と燃え盛る廃都。

空は戦場の地面の様な鈍い紅に染まってる。

ギズルは背後を振り返る。

道は続いていたが、燃え盛る瓦礫で塞がれている。


「此処は…」


ギズルはこの場所に見覚えがあった。

ここの街並みは、在りし日のアトゥ公国と全く同じだった。

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