地下潰し、再び
「あ、そうだティーミス。君がティーミスって事は、もしかしてギズルを探してたりする?」
ティーミス、シシュト、それからチゥウデーンは、かつて水槽の間だった場所を歩いている。
「…ええ…お墓まいりくらいしようかと…」
「お墓?無いよ。」
「…?」
「だって生きてるもん。あいつ。」
「…そうですか…」
ティーミスは、別に驚かなかった。
何故なら、ギズルの墓をどうやっても想像出来なかったからだ。
「…何処に居るか…知ってますか…?」
「魔界跡地に宮殿があるって言われてる。まあ都市伝説だけどね。」
「…にぇ…」
3人は、水槽の間の次に進むカーテンを潜る。
そこには空の水槽が一つと、医療器具が並べられている机、それから無数の衣装が掛かったクローゼットが一つ。
水槽の奥には、この部屋から出る為の魔法陣があった。
「うわー…ごめん、ちょい嫌な思い出ぶり返すから引っ込むわ。」
そう言ってシシュトは、床に沈み込む様に兵舎の中に消える。
「実に興味深い。屍術と死霊術の奥義を合わせても、これ程までに完璧なアンデッドはそうそう生まれない。原理は何だ?やはり古代魔術の類か?」
「…私にも良く分かりません。それに、貴方だって似た様な物じゃ無いですか。」
「私は特別だ。生前から少しずつこの身に術式を書き加えていってな…」
チウゥデーンは、はっと我に返る。
「っと。この話はとても長くなるし、お前には必要の無い知識だ。」
チウゥデーンとティーミスは、空の水槽の前に立つ。
「此処に、お前達を飾る予定だった。」
空の水槽には皇帝の署名付きの、手書きのメモ帳が張り付けられている。
メモには、チウゥデーンに対しての様々な注文が書き連ねられていた。
“照明は青。
クリプトテトラを百尾ほど放つ。色は問わない。
手を互いに握り合い、向かい合う様に。
横向きにして腕で隠れる様にして上裸が望ましい。
テム氏より上質な海底岩を仕入れた。配置に関しては後日相談。”
チウゥデーンはその注文書を感慨深そうに眺めた後、破り捨てる。
「何処まで行っても我は帝国国民。皇帝には逆らえぬ。」
「…此処で作っていたんですね。この、帰還用の魔方陣が見える場所で…」
「ああ。あの机に拘束してな。」
ティーミスの腹から、二本の手が出てくる。
手はティーミスのワンピースを引き裂き、そのままティーミスの脇腹を掴んで上体を引っ張り上げる。
シシュトである。
「当事者の貴重な体験談を聞きたいかい?」
「…嫌な思い出では無かったんですか…?」
「まあそうだけど。もしかしたら、誰かに喋ったら少し楽になるかもってね。」
シシュトは少し引っ込み、ティーミスの腹から上半身が出る様な体勢にする。
「平和に暮らしてたらある日突然かどわかされてね、気付いたら奴隷商。アンダーグラウンドのお偉いさんのとこを転々として、最終的には例の施設に転がり込んだんだ。
そこで暫く暮らしてたらある日皇帝が来てね、一緒に家族を探してあげるって言ったから付いていったら…」
シシュトは、溜息を吐く。
呼吸を必要としない身体であるにも関わらず。
「最初は怠くなって、段々指先が痺れていってね。そこのグールが、じきにお前は死ぬなんて言うから怖くってさ。暴れようとしたけど、手足が机に縛り付けられてて。
どんどん身体の感覚が無くなっていって、息苦しいのに息がうまくできなくなって。
まだ痛みは感じるのに、こんな耳と尻尾を縫い付けられてさ。
瞼が開かなくなっただけで意識はあるのに、狭い箱みたいなのに入れられてさ。多分あの額縁に。」
シシュトは両手で、それぞれ自身の肩を掴む。
「すっごく怖かった。今まで絵空事だと思ってた自分の死が、あんなにはっきりと知覚しちゃえるんだもん。死が近付いていく感触が、あんなにはっきり解っちゃうんだもん。」
シシュトはふと顔を上げる。
「あ、そう言う事か。」
シシュトは、至極申し訳なさそうな顔をしているチウゥデーンの方を見る。
「貴方が時々唱えてた、あの変な弔いの言葉。いずれ昇華するだの、今は耐えよだの。もしかしてこの事を言ってたの?」
「まさか、聞こえていたのか?」
「いやーすっきりしたよー。だって最初、こっちはもう死んでるっての!って怒りしか湧いてこなかったんだもん。動かない身体に閉じ込められて、真っ暗な中、貴方の声しか聞こえなくってさ。」
シシュトはティーミスの腹から出てくる。
「やっと理解できたよ。怒ってごめんね。」
宣言通り、先程よりもシシュトの気は楽になっていた。
「さてと。」
シシュトがそう言うと、床からぼこぼことブラッドプラスチックが湧き上がってくる。
ブラッドプラスチックはそのまま、一人の少女の姿を形作る。
ワイン色のツインテールに、赤くて大きな瞳。纏っているのはオーバーオール。
オーバーオールの下に衣類は見当たらない。
「ねえティーミス。この子が此処を吹っ飛ばしたいらしいんだけど、良いかな?」
「にぇ…?解るんですか…?」
「うーん。何だろう、情報と感情が直接頭に入ってくる、的な?」
少女の掌の上にブラッドプラスチックが凝結していき、そこに歪な脈打つ肉塊の様な物を形作る。
その物体に、ティーミスは見覚えがあった。
「…【爆弾魔】…?」
【被獄者・爆弾魔】は、同じ様な物体を両手一杯に生成し、其処ら中にばら撒く。
「何だ。何事だ。」
戸惑うチウゥデーン。
シシュトは、そんなチウゥデーンの手をとる。
「簡単に言うと、もうすぐこの空間が無くなっちゃう。急がないと埋葬されちゃうよ。グールさん。」
シシュトはチウゥデーンの手をひき、転移魔方陣の元まで走る。
ティーミスもノネを背負いながら、それに続く。
魔方陣の上には、かつてノネの姉だった物が座っている。
現在の名は、【被獄者・遷移者】だ。
「先に行って、おじいちゃん。」
シシュトは、チウゥデーンの背を押す。
魔方陣が起動し、グールが一体外界に転移する。
「…どうかしましたか…?」
ティーミスがシシュトに問い掛ける。
「あーね、よくよく考えたらこんな格好じゃ外出れないなーって。」
そう言ってシシュトは、再びティーミスの中に消えていった。
ティーミスは首を傾げつつ、ノネを背負いチウゥデーンの後に続く。
「あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”…」
ボマーはそこら中に例の物体を投げ続ける。
爆弾は床や壁にぶつかると、そのままへばりついた。
部屋中に赤い肉塊がへばりつき、謎の生物の巣のような状態になると、ボマーは下半身を地面に沈みこませる。
「…《起動》…」
ボマーはそう言い残し、床に沈む。
あちこちにへばりついた赤色の物体は赤く輝き始め、湯気を帯びていき、そして爆発する。
一つあれば家屋一つを跡形も無く吹き飛ばせる威力の爆弾。
それが無数に、バラバラのタイミングで爆発していく。
石英はそこまで硬い物質では無かったので、床や壁や天井は一瞬で木っ端みじんになる。
半分ほどが爆発した時、地下室は部屋の形を維持できなくなった。
天井が落ち、次いで天井の上にあった岩や瓦礫が落ちていく。
地下室は潰れて無くなった。