先入観は少女を生かす
「こいつぁ驚いた…」
騎士団231名対ティーミス1人の戦いを、ジッドは文字通り高みの見物をしていた。
紙人形を耳に当てながら、ティーミスによって縦に真二つにされた、戦場からはるか離れた教会の屋根の上にジッドは佇んでいる。
「あー、あー、聞こえっかチテンミ。ちと少し想定外ん事が起こった。あいつ、もうレジェンダリースキルを習得しやがった。
…違う。あいつぁまだレベル半分くれーだ。おまけにあの様子じゃまだボードも全然だ。…こりゃ俺の仮説だが、多分8人分いっぺんに組み込んだのが影響してんじゃねーかって。どうやら複数人のスキルをいっぺんに宿すのは、スキルの掛け算だ。
ああ、考えてみりゃ、ただの足し算なら、あの拒絶反応のキツさの説明がつかねえ。…既にオリジナル超え確定じゃんか。すげえなやっぱ。
は?いや、多分8人分いっぺんはもうやめたほうがいい。あいつが奇跡的に適合出来ただけって可能性もある。
え?俺?ジョーダンじゃねー。これ以上増やして何するんだよ。…ち、俺は戻るぞ。流石に、あいつの戦いに巻き込まれてタダで済むとも思えねえからな。」
仮にこの戦いでティーミスが敗れ息絶えたとしても、ジッドはただ、そういう結果として難なく受け入れるだけだろう。
ジッドは確かにティーミスを友と感じているが、それは世間一般で言う友情とは違う。オンラインゲームで、偶然数戦を共に戦う事になった仲間に対する、ほんの一時的な信頼の様な、会わずに二ヶ月も経てば名前すら忘れてしまう様な、そんな限定的な友情だった。
幻の様に不意に現れ霞の様に消えていったジッドに、ティーミスは最後まで気付かなかった。
カン!カン!カカカカカカカカン!
崩れた塔を背景に、4人のソードマンをティーミスは1人で相手をしている。
本来のレイドモンスター戦ならば、近接部隊は常にほぼ総員が出動しなければならなかったが、ティーミスはあいにく小柄な少女だ。
ダメージを与えられる面積が少なすぎて、10人も20人も同時には参加出来ない。
かつてピグナッツが背負っていた大剣を、短剣の如き重量感で振るうティーミス。もはや通常の兵法では測る事の出来ない、人外の領域だ。
「ぐう!?」
そのうちの一人のソードマンが、ティーミスの超重量の連撃に耐え切れず体制を崩す。
その瞬間、ティーミスとギリギリの拮抗を保っていたソードマン達の陣は崩れる。一人は胴体から真二つに切断され、一人は蹴りが直撃し文字通り粉砕、一人は慌てて撤退し、一人は…
「…何なりと…リッテ様…」
ティーミスの隷属に成り果てた。
「私の名前はティーミスです。それと、多分貴方は役に立ちそうもないので、私の残機になってください。…毎回訂正しないといけないんですかね…名前…」
リッテとは間違い無く『色欲相』のスキルの本来の主人の名前で、メレニーの思念の中にも登場していたハーフサキュバスだ。
スキルの内容としてその存在を残す“世界を滅ぼした大罪人”。もしかすれば、このスキルはまだティーミスの事を各々の主人だと思っているのかも知れない。
意思も自我も記憶もないスキルと言う概念に、ティーミスは少し茶目た思考を巡らせていた。ティーミスには、まだそれだけの余裕があった。
「どうだ!奴の体力は削れ…」
魔道士は、青白い顔をしていた。
「………」
「どうした、何とか言え!」
「…回復しています…」
「…は…?」
「ソードマンが倒された時、奴の体力が回復していました!」
莫大な体力と理不尽な戦闘能力を持つレイドボスの数少ない欠点と言えば、今のところ回復能力を持った者が確認されなかった事だろう。
理由としては、レイドボスとなったモンスターはその巨体故に、補助系魔法を受け付けられないと言うのが原因だった。
しかしティーミスは違った。
ティーミスは、ただの人間の少女だ。
幾度もパーティを派兵し、何週間もかけて徐々に弱らせていくと言うレイドボスへ有効な戦法は、生きた人間のティーミスには通じない。
(やはり、ソードマンの体力はまずまずですね、)
ティーミスは敵を倒すたびに、『血酒』をその対象の最大体力分得る。
そうして得た『血酒』を使い、ティーミスは回復などを行える。
更に先程得た隷属から命を奪取した為、ゴガンの物を合わせ残機が2つある。
敵を倒すたびに体力が回復し、更に条件さえ揃えば再現無く自動蘇生までする、理不尽な戦闘能力を持つ敵。
一見すればそれは、エンドコンテンツと呼ぶにすらやり過ぎの、壮絶な難易度の死にゲーだろう。
(…これで…即死が来ても大丈夫ですね…)
ティーミスはあくまでも人間の少女。
パッシブで拘束系の呪いが効かないが、毒も弱体化も即死も割合ダメージも全て通ってしまう上、防御力無視をされてしまえば、ティーミスは激痛の中で惨たらしく死ぬ事となる。
デバフを盛られ持久戦に持ち込まれてしまえば、人数差も合間って不利なのはティーミスの方だ。
「クソ…もっとバフを寄越せ!」
「魔道士はそれぞれ4人一組で部隊を組み、第5等級魔法の用意を!」
「よく聞け!奴は敵を倒す事で回復する!絶対に死ぬな!」
「どうなってる…あの体の何処にそんな破壊耐性があるんだよ!生物として…物理的におかしいだろ!」
ただ、レイドボスに状態異常や防御無視は無意味と言う先入感により、騎士団は唯一ティーミスを打ち倒す為の道を自ら閉ざしてしまっていた。
「《風断脚》!」
「!」
ドスリと、ティーミスの首にグラップラーの強烈な蹴りが入る。
黒い格闘着を身につけた白毛の老人のグラップラーだ。
先程までは確かに何も無かった場所に突然現れた小隊。ステルス魔法によって接近していたのだ。
グラップラーの殆どは遥か東の島国にて、道場と呼ばれる場所で修行を積む。
そこで、グラップラーは硬い士道と正義の信念を身につける。少なくともティーミスはそう教わった。
人間の少女に武道を振るうなど、通常の道場では破門だろう。
「…痛いです。」
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スキルポイントを消費しました。
33→31
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「ぬう!?」
ティーミスの手から魔剣が消え、代わりにティーミスの両手足が一瞬黒い靄を帯び、ティーミスの瞳は炎の様な橙色に変わる。
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『憤怒相』
《憤怒の煙装》習得コスト・2
毎秒100怒りを消費し続ける代わりに、あなたの格闘系スキルが強化されます。
格闘系スキルが命中するたび、対象にそのダメージの半分の値の追加ダメージを与え、自身は一定時間その追加ダメージ分の俊敏性を得られます。
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背後から矢が飛来するのも厭わずに、ティーミスはその老人グラップラーとの戦闘を始める。
グラップラーがレイドボス戦に居るのは言い得て妙だが、恐らくは相手が人型と言う事で派遣されたのだろうか。
グラップラーの拳がティーミスの腹に入るが、ティーミスは怯みも仰け反りもしないまま、そのガラ空きになったグラップラーの鳩尾に一発。
本来格闘系同士の対戦は、目まぐるしく攻めや受けが入れ替わる独特の物になる。このティーミスに交戦を仕掛けたグラップラーもそうなる物だと思っていた。
グラップラーがその拳で連撃を放つが、ティーミスは顔をしかめるだけで一切微動だにしない。
攻めによって無防備になったグラップラーの腹に、ティーミスの拳が突き刺さる。
「がっは!?」
思わず仰け反るグラップラー。ティーミスはその隙を突き、グラップラーの足を右手で持ち、そのまま二、三地面に叩きつけ体内を全て破壊した後、先程から弓を放ち続けていた一団に向けて放り飛ばす。
ティーミスの体力は回復した。
(…このゲージ、数字とかが出るんだったら危なかったですね…)
圧倒的な防御力によって攻撃がほぼ通らないのか、はたまた無尽の体力を持っているのか、この体力ゲージの仕様では見分けが付かない。
おまけにティーミスの体力そのものは通常の物。それがレイドボス様のゲージとして引き延ばされて表示されている為、ほぼ無傷に近い様な傷でも、ゲージ上は削れている様に見える。
このゲージのせいで、騎士団がティーミスの本質を見抜くのをかえって難しくしていた。
騎士団を捉える先入観によって、ティーミスは生かされていた。