傍から見れば波乱万丈
数日後。
セリアの店は摘発された。
「その耳に付けている物は何だ。」
「あ?ただの補聴器さ。最近は耳が遠くてね。」
セリアは、帝国警察によって逮捕され、今は護送車の中に見張り付きで拘束されていた。
数々の触法行為に手を染めてきたセリアにとって、店の摘発はただのきっかけに過ぎなかった。
いつかは捕まると言う覚悟の元生きてきたセリアにとって、これ程までに最高の状況での逮捕は幸運でしかなかった。
(上手くやれよ。ティーミス。)
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広く明るい室内では子供達が、積み木やままごとと言った思い思いの遊びを楽しんでいる。
木材を基調とした建物は、陽の光が木漏れ日の様に差し込むデザインになっており、中の者にとても暖かい印象を与えた。
セリアの店から救い出されたティーミスは今、児童養護施設の様な場所に居る。
此処に来るのは奴隷商から保護された子供達が主だったので、人を恐れて、隅の方でうずくまっているだけの者もちらほら居た。
ティーミスは今、そう言った子供達の真似をして、可能な限り場に馴染む努力をしていた。
「隣、良い?」
「……?」
ティーミスの隣に、11歳程の少女が座る。
目は、右目がルビー、左目がマリンブルーのオッドアイ。僅かに水色がかった長い白髪からは神聖性すら感じられる。
その少女は全身を灰色のローブで覆っており、頭にもフードを被っていた。
「………」
ティーミスは何も言わずに居ると、少女はティーミスの右の方に寄り添ってきた。
「ノネね、ノネって言うんだ。貴女は?」
「………」
ティーミスは何も答えない。
それでもノネは優しく微笑み、ティーミスにほんの少しだけ体重をかける様に寄り掛かかる。
この子は、どこまでも深い慈愛に満ちている。
ティーミスは直感でそう察知した。
故にティーミスは、ノネとは関わりたく無かった。
キエラの様に不幸で蝕んでしまわない様に。
「…私に…近寄らないで下さい…」
「え?」
ティーミスの唐突な要求に、ノネは少し驚き、ティーミスから距離を取る。
「ごめんなさい。ちょっと馴れ馴れしすぎたかな?」
「………」
ノネはティーミスから離れると、ティーミスと同じ様に壁に背をつけて座る。
「あ、そう言えばね。今日此処に皇帝陛下がいらっしゃるんだって。」
「………?」
「皇帝陛下はね。時々この施設から、子供達を引き取って下さるの。陛下に引き取られた子供は、立派な貴族になれるんですって。
ノネも連れて行ってもらいたいなぁ。」
「…名前…」
「ん?」
「…今の皇帝って…どんな名前ですか…?」
「陛下の名前?シューレル・ケーリレンデ様だよ。」
「…そうですか…」
どうやら摘発される日すらも、セリアのコントロール下にあったらしい。
ティーミスはそう気付き、心の中で感服した。
「…」
ティーミスはノネにそれだけ聞くと、再び黙る。
それでもノネは、嬉しそうにしていた。
それから三時間ほどが経過し、時刻が真昼に差し掛かった頃だった。
「皆さーん。顔を上げてくださーい。陛下がいらしましたよー。」
年若い女性の院長が、広間の隅からそう呼びかける。
その時は、案外早く訪れた。
広間の中心に魔方陣が出現し、そこから7名の帝国兵と、白髪の短髪の初老の男が出現する。
転移魔法にしては発光も音も少ない。
この転移の魔方陣には子供達に配慮し、それらを抑える術式も書き加えられていた。
「ミヌネ院長。それに子供達。こんにちは。」
皇帝が現れた瞬間、その場の空気が変わる。
静かだった部屋は僅かに色めきだち、皇帝に向かって駆け出す子供達も現れる。
皇帝はそれを、優しい笑顔と共に両腕で受け止める。
その光景はまるで、温厚な祖父にも見えた。
「皇帝陛下〜!」
ノネも、駆け出していく子供の一人だった。
ティーミスはそんな皇帝に、ただ冷たく鋭い視線を向けるだけである。
或いはそれが、ティーミスのいつもの目かも知れない。
「はっはっは。ノネは今日も可愛いなぁ。また大きくなったかい?」
皇帝はノネの頭をポンポンと撫でながら、ノネに微笑みかける。
帝国にも善良な皇帝は居るものだなと思いながら、ティーミスはその皇帝を殺す算段を組み立てていく。
より人目に付く場の方が良い。
後でノネに、皇帝が参加する国事の事も聞いておこうか。
ティーミスがそんな事を考えていると、不意に皇帝と目が合った。
「ん?」
皇帝は暫しの間ティーミスを見つめると、次に院長に顔を向ける。
「あの子は?」
「昨日の夜に保護された子です。殆ど何も喋らなくて、名前も分かりませんが…」
「ふむ…」
名を明かさないのは、セリアの策だった。
と言うのも、帝国の歴史学において、ティーミスはかなりの有名人だったからだ。
「トパーズアイか。」
皇帝はティーミスの方に歩いて来る。
それに追従し、三名の帝国兵も一緒に進む。
皇帝はティーミスの前まで辿り着くと、ゆっくりとしゃがみ目線を合わせる。
「君、名前は?」
「………」
ティーミスは、返答の代わりに普段通りのジト目で見つめ返す。
皇帝は、僅かにほくそ笑む。
「決めたぞ。」
皇帝は立ち上がる。
「ノネ、それからこの子。この二人を今日は連れて帰りたい。良いかね?」
その言葉を聞いた瞬間、ノネの表情は当惑、そして歓喜へと変わる。
「ほ…本当ですか!?」
「ああ。実は君については前々から決めていた事なんだ。もう用意は出来ているよ。」
「やったぁ!ノネも貴族になれるんですね!」
「勿論さ。」
皇帝は、ちょこちょこと寄ってきたノネの頭を再び撫でる。
ノネは本当に幸せだった。
「バルよ。今回も手続きは君に任せる。ノネ、それから万色眼の少女よ。こっちにおいで。」
皇帝は、不活性状態で待機している魔法陣の中心に立ち、二人に向けて手を広げる。
ノネは弾んだ歩調で皇帝の腕の中に飛び込む。
ティーミスは少し考えた後、ゆっくりと立ち上がり、ゆっくりと皇帝の前まで歩む。
「ではミヌネ院長。我々はそろそろ、御暇させて頂くよ。」
皇帝がそう言うと、兵士の一人が床に書かれた魔法陣に液体を垂らす。
すると魔法陣に再び光が宿り、ささやかな閃光と共に、上にある全ての物を皇帝の城まで飛ばす。
魔法陣は床から完全に消える。
「ちぇ、また女の子かよ。」
何もなくなった広間の床を見ながら、少年はつまらなそうに呟いた。
~~~
「わあ!」
6名の帝国兵と皇帝と、それからティーミスとノネが再出現した場所は、皇帝の城の、賓客用の寝室だった。
二人用にしては部屋は随分と広く、カーテン付きの最高級のベッドが二つあり、赤い絨毯や綿密な金刺繍の施された壁紙、照明、小物の一つ一つまで、部屋に存在する全ての物に、一片残らず贅の限りが尽くされていた。
「今日から暫くは、此処が君達の家だよ。くつろいでおくれ。」
そう言うと、皇帝は6人全員の兵士を引き連れ、出口の方へと向かう。
「もし城の中で迷子になったら、メイドか執事を探してくれ。あともう一つ、私の部屋にだけは絶対に近付いてはだめだよ。この国を動かすための色々な大事な物があるからね。」
そう言い残し、皇帝一行は部屋から出ていった。
「やったぁ!これでノネ達も、偉い人の仲間入りだね!」
ノネは嬉しそうに、ふかふかのベッドにダイブする。
ティーミスは部屋をきょろきょろと見まわしながら、ノネがダイブしていない方のベッドに腰掛ける。
先ず間違い無く、自分もノネも貴族にはなれない。
それがティーミスの出した結論だった。
「ねえねえ、ノネと一緒に探検しに行こうよ!」
「…何故、私と一緒が良いんですか…?」
「だって、一緒に皇帝陛下に選ばれたんだよ?こんな縁早々無いじゃん!もう、"…関わらないで下さい…フ…"なんて言わせないよー!」
「………」
ティーミスはベッドから降りる。
するとノネはティーミスの方まで駆け出していき、ティーミスと手を繋いだ。
「行こっか!」
「…仕方無いですね…」
ティーミスと関わった者が絶対に不幸になるとは限らない。
しかしこの場所に居ると確実に良くない事が起こる。
不幸の天秤にかけた結果ティーミスは、ノネと共に居る事にした。