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バタフライエフェクト的下拵え

どうにも最近、地下街のとある風俗店が不審な程羽振りが良いらしい。

ある日、帝国の保安局にそんな知らせが届いた。

差出人は、地下街の動向を監視する密偵の一人。

物品(暫し軍備)の横流し、重役の汚職、その他不正な金銭の流れ。

地下街絡みとあれば疑惑は尽きず、帝国保安局は早速、件の店にエージェントを派遣することにした。


「はあぁ…何で俺が地下街なんかに…」


黒スーツの男が、建物の明かりのみで照らされた地下街の大通りを進んでいる。

酒と煙草と危険な香の香りが混じった異臭をが、絶えず男の鼻孔を攻撃していた。

しかしこの香りで顔をしかめてしまうと、余所者だと知られてしまう。

地下街では常に、“ここに自分が居るのは当然の事である”と言う雰囲気を放ち続けていないと、無事では居られない。


「此処か?」


男は、両脇を廃墟で囲まれた、古びた建物の前で止まる。

恐らくは、廃墟を無断で改装して作った店なのだろうと男は見立てる。


「別に変な所は無さそうだが…」


その時、店から人が出てくる。

ボロボロのトレンチコートに大きな帽子と言う格好の、絵に描いた様な浮浪者の老人だった。

その老人は、お世辞にもこの店が似合う様には見えなかった。


「はぁ…どうせ今回も杞憂に終わるのか。」


男がため息を吐いた時、老人と男の距離は今までで一番近くなる。

その時、男は背に悪寒を覚える。


「…!?」


帽子で隠した老人の顔は、男の見知った顔だった。

名前は忘れてしまっていたが、非常に皇帝と近い立場にある、国の重役の筈の男だった。

よく見るとその老人は、厚底靴で身長まで誤魔化している。

老人は男の視線を察知すると、足早にその場を去って行った。


「何かあるな。」


男は確信し、店の中に入って行った。


「いらっしゃいませ。」


男を出迎えたのは、ビビッドピンクのショートボブが目を惹く、メイド服姿の女性だった。

男は受付嬢を軽くあしらいながら、店の隅々を、高速で視線を移すことによって観察する。

店内は良く掃除が行き届いており、古びた外観とは対照的に非常に新しい作りだった。

最近模様替えをしたらしい。

男が、店の玄関に据え付けられていたソファに腰掛けると、受付嬢は男に、2ページ程の小冊子を手渡す。


「どうぞ。ラッキーな事に、今は一番人気の娘が空いてますよ。」


「ああ、そうか。ではその人で。」


「かしこまりました。」


男はそのまま、開かず仕舞いの冊子を受付嬢に手渡す。

その時男は受付嬢の頭に、カチューシャで巧妙に隠された不自然な傷跡を見つける。

耳絶痕。

この国ではそう呼ばれている物だ。


「お嬢さん。種族は。」


男は、声を潜めて問い掛ける。


「え?」


受付嬢は少し戸惑った後、慌てた様子で両手をカチューシャにあてる。


「…猫…でした…」


「そうか。気の毒に。」


この国で獣人のとれる選択肢は二つ。

一つは、出て行くこと。

もう一つは、耳や尾、角など、獣人を獣人たらしめる特徴を可能な限り切除し、人間として隠れて生きる事だった。


「金貨1枚です。」


受付嬢は右手に紙を持ちながら、男の前に来る。


「き…!?おい、それは流石にぼったくりじゃないのか!?」


「先程のお客様はいつも、金貨10枚で10倍の時間を買われています。ぼったくりでない事だけは保証しますよ。」


「…何?」


男は常に、活動資金として金貨10枚を持って出動する。

持ち合わせはあった。


「分かった。そういう事なら惜しみはしないさ。」


男は金貨3枚を受付嬢に手渡す。


「ごゆっくりどうぞ。」


受付嬢はにこりと微笑むと、男に紙を手渡しカウンターに戻って行った。

机の上にはまだ、男の払った金貨3枚がある。

男は紙を広げる。

そこには、“4階”とだけ書かれていた。


少しきしむ木製の階段を登りきり、男は最上階の4階に辿り着く。


「これはまた…」


少し長い廊下と、その突き当りにある一枚のドア。

それで4階にあるものは全部だった。

地下街を満たしている筈の異臭すら無い。


「この奥に、今回の騒動の原因が居る…のか?」


男は歩みを進める。

廊下は始点から見るより少しだけ長く、扉の前に辿り着く頃には、男の鼓動はほんの少しだけ早くなっていた。

男がドアノブに手を伸ばそうとした時、ドアが独りでに、ほんの少しだけ開く。

男はごくりと唾を吞み、ドアをゆっくりと開ける。

ドアのすぐ後ろには、ビー玉で飾り付けられたすだれがあった。

男はすだれをくぐる。


「…!」


男は、それと対面する。

桃色の証明に照らされた小さな部屋の中心には、地上でも最高品質のベッドが一つ。

そのベッドの上には、小柄な少女が座っている。

ラメの効いた異様に丈の短い宇宙色のチャイナ服を身に纏い、男とその背景の色合いに同調した僅かに紺色の混じった桃色の瞳で男を見つめている。


「…」


男の向ける視線が不自然な物だったので、少女は落ち着けずにもぞもぞと体勢を変える。


「…あの」

「静かに!今理性を繋ぎ止めている最中なんだ!」


男に怒鳴られ、少女は静かに口を閉じる。


「任務…そうだ、俺には任務がある。軍学校での日々を思い出せ。そうだスレージ。できるじゃないか。」


男はゆっくりと目を開けていくが、少女の姿を認識した瞬間また目を閉じる。


「クソ!どうしてこういうときに限って間接認知ゴーグルが無いんだ!」


「…あの…」


「何だ!」


「…事情は良く分かりません…ですが…折角来てくださったんです…」


少女は、男に向けて手を差し伸べる。


「…本能を満足させてからでも…良いでしょう…?」


「………」


次の瞬間、男の理性は弾け飛んだ。



〜〜7日前〜〜



「…にぇ?」


「聞こえなかったか?ならもう一度言う。お前、此処で働け。それがステップ1だ。」


「………にぇ?」


セリアの突飛な提案に、ティーミスの理解は暫く追いつかなかった。


「…このお店…本当に無くしますよ…?」


ティーミスは、少し怒る。

ティーミスにとって、“それ”はただの拷問でしか無かった。


「まあ落ち着けって。必要なのはあんたが此処で働いてるって言う事実だけだ。本当にしろたあ言ってない。」


「………」


セリアの頭に、ムカデが降ってくる。

今度はセリアは動じなかった。


「先ず、あんたは此処でウチの稼ぎ頭になってもらう。それも上から客が来るくらいのな。」


「………」


セリアは頭の上のムカデを掴み、引っ張ったり折り曲げたりして遊び出す。

今のティーミスが、自分を殺す事は無いと知っているのだ。


「でその結果、ウチは短期間で巨万の富を手にする。不自然な程短期間で、不振な程の大金をな。」


ティーミスは首を傾げる。

このままではただの、自分が金儲けに利用されると言うだけの話だ。


「……あの……」


「情報の国ケーリレンデが、その事実を見過ごす筈が無い。地下街の片隅のボロ店が、突然あちこちから高級家具を買い付け始めるんだからな。」


セリアは、持っていたムカデを握り潰す。

グシャリと言う何処か快活な音が、部屋に響く。


「そしてある日、ステップ2がやって来る。」


「…?」



〜〜現在〜〜



「…」


ティーミスは、ベッドで寝転がっている。

そんなティーミスに密着する様に、“ステップ2”が眠っている。

ティーミスは男の体勢や自身の体勢を慎重に調整しながら、今後の事について少し考える。


「…これで行きましょう。」


位置のセッティングと衣類の乱し作業、そして今後の展開決めが完了する。


「私との苛烈な遊びに疲れ、そのまま気を失ってしまった。…と言う記憶を持った状態で目を覚まして…後は元どおりになって下さい…」


ティーミスがそう言うと、男は目を覚ます。

その目は一瞬だけ虚だったが、直ぐに元の光を取り戻す。


「…起きましたか…?」


ティーミスはいつも、こうして客の相手をしていた。

誰も傷付かず、誰も損しない。

ティーミスの考え付く中では最良の方法だった。


「済まない。君はまだ子供だってのに、あんな…」


「…私は平気です…慣れたものですよ…」


ティーミスは本当に平気だった。

ティーミスからしてみれば、文字通り本当の意味で、寝てるだけの仕事だった。


「………」


しかし男には、罪悪感があった。

相手はどう見ても子供。

本来、男はこう言った現状を裁く立場にある筈だった。


「…もう平気でしょう…何でも聞いて下さい…」


「え?」


「…私に…用事があるのでしょう…?」


普通の客ならば直ぐ様襲いかかって来るが、この男は違う。

失敗に終わったとは言え、本能を抑え込もうとしていた。

本来ならば必要の無い事だ。


「この店が突然大金持ちになったから、調べて来いと言われたんだ。だが、特にやましい事も無さ…」


次の瞬間、男は気が付く。

救いを求める様な、ティーミスの視線に。

その瞬間男は、今この場所で起こった事そのものがやましい事だと言う事に気付く。


「分かった。もう少しだけ、待っててくれ。」


男はそう言い残すと、まだ時間は余っていたが部屋から出て行く。

ティーミスは衣服を直し、掛け布団を被り、目を閉じる。

ティーミスは、人に詐欺を働き心細くなっていた。


「上出来だよ。」


壁の一面がガタガタと動き、そのまま回転する。

壁の反対側から現れたのは、セリアだった。


「…とても…気分が悪いです…」


「あんた役者にでもなれるんじゃねえのか?助けて下さいなんて一言も言わずに、視線だけだったよな?」


「…すみません…どうしてこんな…回りくどい事をしなければいけないんですか…?」


「あ?ああ、まだ言ってなかったな。」


セリアは、満面の笑みを浮かべる。


「“新世界”への下準備さ!」

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