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積荷から現れたミイラを観察しているうちに、リテはある事に気が付く。

その皮膚は干からびているが傷は無い。

その身体は枯れ枝の様に細かったが、死者のそれよりはずっと生き生きとしていた。

それはミイラなどでは無く、限りなくやせ細った生者の身体だった。


「キュフフ。リテ、貴女面白い物を見つけてくれましたわね。」


二人目の分体が現れる。

金髪のポニーテールに青い瞳が目を惹く、若い女性型だ。


「あの、シュレアさん!これって一体…」


「堕天使ですの。どうしてこんな場所でこんな風になっていたかは解りませんが。」


堕天使の赤い瞳が、2体目の分体に狙いを定める。


「《リインカネーション・ヴァンパイア》」


四つん這いの堕天使の背から、2体目の“化身”が現れる。

黒いマントに黒い鎧、黒い楕円に二つの穴を開けただけの仮面を被った、およそ男性のものと思われる姿をしていた。


「《ドレインラッシュ》」


霊体の吸血鬼が、シュレアの分体の元まで滑る様に移動する。


「良いですわ。その勝負、乗ってあげま…」


分体は拳を構え、その後明らかに顔色を悪くする。


「この娘…筋肉も脂肪も無さ過ぎて、組織肥大ができませんわ!」


吸血鬼の霊体が、刺々しい籠手を使った引き裂き攻撃を分体に繰り出す。

分体に、脇腹から肩に掛けての4本線の傷が出来る。

分体は怯む。

相手に戦闘能力が無いと悟った霊体は、そのまま目にも留まらぬ速度で連撃を繰り出す。

分体は、ものの数秒でミンチに変わった。


「全く、堕天使とは失礼ね。」


吸血鬼の霊体が消える。

かつてミイラの様になっていた天使は、豹変していた。


「我が名はティターニア。今は仮設で形成した天使の体に身を隠しているが、これでもかつては天界を治めていた身だ。」


見た目は15歳程の可愛らしい少女。

背からは純白の翼が一対生えている。

ミイラ状態の時は何も無かったが、今はその頭上には光輪も浮かんでいた。


「“精霊の女王”とは、全く大層な名前ですのね。」


ミンチにされた分体を踏み越え、3体目の分体が現れる。

黒い短髪に黒い無精髭が特徴的な、筋肉のある若い男だ。


「全く…おいそこの魔族。同個体の癖して、一体全体何体居るのだ。いい加減しつこいぞ。」


「この船には、これの他にあと3体程。とは言えまあ…」


分体は、積もった黒い塵とミンチを交互に見る。

プロジェクトを抱えた状態の私闘にしては、あまりにも損害が大き過ぎる。


「天界も魔界も無い今となっては、わたくし達が戦う理由などもうありませんわ。」


「何!天界が!?…いやここは、やはりと言うべきか。」


かつて天界を治めていたらしい存在が目の前にいる。

今のリテにとっては間違い無く衝撃的な事象だったが、リテはどうにも話が頭に入らなかった。

その上リテは、喉などを痛め体調も崩しかけていた。

その理由だけはリテも知っていた。


「あの、ティターニアさん。」


リテは袖を口に当てながら、慎重に発声する。

ティターニアの纏っていた、云年分の土埃を吸い込まない様に。


「この様な場所での長話も何なので、一先ず私の船に来ませんか?服やお風呂を用意しますよ。」


「何?」


リテに言われて、ティターニアは初めて自身の有様に気が付く。

服は何も無く、代わりに埃や土の混合物が身体中に張り付いていた。

その様子はまるで、長年一切手入れされずに放置されたアンティーク人形の様だった。


「ひやああああああああ!」


ティターニアは何かに弾かれた様に、積み荷の後ろに一目散に隠れて行ってしまった。


「どうなっている…何故こんなにも小さくなっている!これでは威厳の欠片も無いではないか!」


ティターニアは、積み荷の後ろで頭を抱えながらうずくまっている。


「ゴホッゴホッ…」


そんなティターニアが急に動き回るので、リテの体調はますます悪化した。

そこで漸く、ティターニアはリテの提案の真意を察する事が出来た。


「あ!す…済まない!名も知れぬナチュレクトカトプレパスよ!直ぐに…」


ティターニアは物陰から出てこようとして、


「あた!」


足を滑らせ転倒する。

その衝撃で積んであった箱が倒れ、ティターニアはその下敷きになった。


「………」


場は、暫しの沈黙で満たされる。


「で、リテ。どうしますのこの子。」

「この子!?」


「そうですね。お風呂に入れてあげて下さい。私の事を抜きにしても、汚れっぱなしでは可愛い女の子が台無しです。」

「可愛い!?」


「了解しましたの♪衣服は、わたくしが適当に見繕っておきますね。」

「わわわ!気安く触るな持ち上げるなー!」



〜〜〜



かつては、発展した大都会だったのだろう。

経年劣化し薄汚れてはいるものの、立ち並ぶ高層ビル群からは、確かにかつての栄華を垣間見る事が出来た。


「嫌な臭いですわね…」


路上にカーペットを敷いて物乞いする老婆と、その腕の中で眠る赤子。

身ぐるみを剥がされたまま放置された死体の数々。

先程のティターニアとも引けを取らないほど痩せ細った人々。

充満するのは死と病と、それから酒と薬の臭いだった。

あちこちからは喧嘩の音も聞こえる。


「情報収集と言って飛び込んだはいいものの…これでは何の利益も出せそうにありませんわ。」


シュレアは帰る為、蝙蝠型の大きな翼を広げる。


「分体達は此処に残しておきましょう。“抜ければ”ただの死体ですので。」


ハエの羽音そっくりな騒音と共に、6体のヒルがシュレアの元に戻ってくる。

その背からは小さな羽が生えており、それを使って虫の様に飛んでいた。


「いつかティーミス様が救って下さる事を祈って、今は醜く生きなさい。」


シュレアの舌が一瞬だけ鞭の様に伸び、周囲を飛ぶ6体のヒルを全て捕らえ、一飲みにした。



〜〜〜



すっかり香も抜けた、リテの船の寝室。

通常ならば三日寝込むレベルの疲労を溜めていた筈のティーミスは、まるで生まれ変ったかの様な清々しい目覚めを経験する。


「…」


ティーミスは少し考えた後虚空に手を突っ込み、中からボロボロの黒いシャツと、黒と赤のストライプ模様のパーカー、それからミニスカートとサンダルを引っ張り出す。

シャツ以外は、ティーミスが普段着ているものだった。


「…天界の長…ですか…」


ティーミスは布団から出ようとして、当の自分が何も着ていない事に気付き慌てて引っ込む。


「……」


ティーミスは布団の中に完全に隠れた後、空気を胸一杯に吸い込み、その身を一瞬だけ虚空に、アイテムボックスに沈める。

アイテムボックスの中には空気が無い為、生身の人間が入るには適さない。

ただ、同時に選択すると同時に出て来ると言う特性は、応用すれば便利なものでもあった。


「…ぷはっ…初めて上手く行きました…」


赤と黒のストライプの、ダボっとしたズボン。腰には同じ柄の上着をベルト代わりに巻いている。胸には黒い細身のベルト。

ティーミスにとっては、かなり懐かしい格好である。


「……」


ティーミスは漸く布団から這い出る。


「…あ…」


船の床を裸足で踏み締め、ティーミスは初めて、リテの船の床が仄かに暖かい事を知る。

ティーミスは一歩歩き、床が僅かに自分の足から剥がれていく様な、そんな感触を覚える。

今までサンダル越しでしか歩いてこなかった床は、暖かくて柔らかい材質だった。


「……」


こんな些細な事にさえ気付ける程度には、ティーミスのコンディションは抜群だった。


「…あ。」


そんな冴えた頭が、ティーミスにとあるアイデアを齎す。

その瞬間、地面から二つの棺が出現する。

一つ目の蓋が開かれ、中からはカーディスガンドが現れる。

二つ目は棺の底にあたる部分が蹴破られ、そこからピスティナ出て来る。


「がう。」

「………」


従属者達はティーミスと思考の一部を共有しており、既に3人にはティーミスの計画は伝わっていた。



〜〜〜



「キィ?…そうでしたの…あのお方に隠し事は不可能でしたの…」


リテの船の風呂場。

船に戻ってきたシュレアの本体は泡まみれになりながら、ティターニアを泡まみれにしている最中だった。


「これは暖かい雨を降らせる機構か?成る程、シャンディーエラフの奇跡を再現する物だな。沐浴場も小さいが丈夫だ。湯を入れ替えれる作りなのも素晴らしい。しかも、若干だが声が反響する。祈りの言葉も唱え易…うわ目に泡が!ぎゃあああああ!何だこれは痛すぎ…うぷ…ペッペッ…おまけに苦いぞ!」


「お風呂で動いたり喋ったりしまくるからですの。」


シュレアはそう言いながら、ティターニアの体をヘチマで洗う。

リテが育てたヘチマはとても泡立ちが良く、柔らかく、おまけに丈夫だった。

石鹸もシャンプーもリンスも全て自然由来100%の物で、質も良かった。


「キィ?このシャンプーハット、よく見たら大きな葉っぱに穴を開けただけじゃないですの!何処にこんな丈夫な葉っぱがあるんですの…?」


便利にすべき物はとことん便利に。

実際に肌に触れる物はとことん優しく。

リテの船の中でこの風呂場が一番、リテらしさが詰まっている部屋だった。


「おい魔族。どうして湯に切り分けた果実や花が浮いているのだ?」


「さあ。きっと意味があるのでしょうけれど、わたくしには分かりませんわ。」



〜〜〜



「では、行ってきます。数日後に、また。」


ケーリレンデへと進むリテの船の上。

ティーミスはカーディスガンドとピスティナに手を振ると、そのまま飛び降りていった。


「がうがう!」

「セイゼイ…ユダン…スルナ…マエ…ミタイニナ…」


重力に従い落下するティーミスは、先ず自身の直下にナンディンを出現させる。

ナンディンの角を掴み一度逆立ち状態になった後、ティーミスはナンディンに跨る。


「《盗人の礼法》」


次いでティーミスは、自身とナンディンをこの世界から隠す。

その後ティーミスは、ナンディンを急加速させた。

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