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非常用電灯でほの赤く染まった、薄暗い廊下。

冷たい靴音を立てながら、ティーミスは一人、その廊下を歩く。

此処はとても静かだった。

もうこの施設には誰も居ない。

じきにこの国からも誰も居なくなるだろう。


「…」


ティーミスは、一本道の突き当たりで立ち止まる。

ティーミスの目の前には、大きな鉄製の二枚扉があった。

扉は固く閉ざされており、その横の壁には解錠端末と思しきものが備えられている。

ティーミスは、薄暗い世界で一際輝いているその端末の前に立つ。


『ピピピッ。入室権限を確認できませんでした。入室許可証を提示して下さい。』


「…分かりました。」


ティーミスは拳を作る。


『ピピピピピッ!対象に攻撃性を発見!警備部への自動通た“バキィ!”


ティーミスの拳がめり込んだ端末は、呆気無くその光を失った。

しかし、扉は開かない。

ティーミスは、扉から数歩後退する。


「…これが私の」


ティーミスは駆け出し、扉の少し前でジャンプし、そのまま扉に盛大にドロップキックを喰らわせる。

ティーミスは扉を貫通し、見事にダイナミック入室を果たす。


「通行許可証です。」


警報が鳴る。

しかし、警報を聞く者は居ない。


「…これは…」


部屋の中には、珍妙な光景が広がっていた。

鉱石の塊。精巧に細工の施された宝石類。神秘的な文様が刻まれた武具や装飾品。奇妙な姿をした魔導植物。多数の魔導師のミイラ。

そういった物品の数々が、それぞれ大小様々な水槽に沈められていた。

水槽からは配線が伸びており、配線は部屋の中心にある巨大な円形の台座に接続されている。

かつてはこの台座に、結界を形成する為の魔法陣が存在していた。


「…生きようと、必死だったんですね。」


その無数のチューブが入り乱れる様は、先程倒した老人を彷彿とさせた。

雑多な物品に紛れ、ティーミスのお目当ての物はあった。


「…遅くなってごめんなさい。カーディスガンドさん。」


太い円柱形の水槽の中。

澄んだ氷の中。

カーディスガンドは、胎児の様に体を折り曲げ眠っていた。

ティーミスは右人差し指で水槽に触れる。


“ピキキキキッ”


指が当てられた場所を中心に、水槽全体に亀裂が入る。


“カシャアアアアン…”


水槽は粉々に砕け、中の液体が解き放たれる。


(かかったところが何だかすーすーする。水じゃ無いのかな。)


氷が外界の空気と触れ、部屋の気温はみるみる下がって行く。

ティーミスの服の上で先程のアルコール性薬物が一瞬で凍りつき、霜になった。


「…おかえりなさい。カーディスガンドさん。」


ティーミスは、氷にそっと触れる。

その瞬間、氷の中のカーディスガンドが目を見開く。

カーディスガンドの体が橙色に輝き出す。

光は、氷の中を満たしていく。

光が氷全体を覆った瞬間、


“ドオオオオオオオン…”


氷は砕け散り、輝きながら水と水蒸気を撒き散らす無数の氷片となった。

その衝撃で他の水槽も一斉に砕け散る。

漏れ出したアルコール性薬物によって、部屋の床に、ティーミスのくるぶしほどの高さの液体の層が出来た。


「…カッテニ…シエキシテ…オイテ…コレハ…ナイ…オソイ…」


そう言いつつ、カーディスガンドの尾は(カーディスガンドにしては)とても早く揺れていた。


「…ごめんなさい。次から気を付けます。」


「ハンセイ…シテル…ナラ…」


カーディスガンドは、ティーミスに向けてタックルの様な姿勢をとる。


「ツギヲ…ツクルナ…」


カーディスガンドはティーミスに突進し、そのままティーミスの体から兵舎の中へと消えていった。

兵舎の中には今、ピスティナとカーディスガンドが居る。


「……」


ティーミスは、自身の腹をさする。

別にティーミスの体内に兵舎があるわけでは無いが、ティーミスは改めて、自分の中に別な存在が宿るかの様な、不思議な感覚に至る。


「…次は…そうですね…」


ティーミスはブラッドプラスチックを右手の人差し指と中指で少し捏ねる。

ブラッドプラスチックは、小さな紅い黄金虫に変わる。

黄金虫はティーミスの指を抜け出すと、天井の通気口の中へと消えて行った。


「…これが、此処でやる事の最後ですね。」


ティーミスは、床に向けて後ろに倒れる。

倒れる直前、床に大きな空間の穴が空き、ティーミスはその歪みの中へと消える。


「……」


次の瞬間には、ティーミスは施設の屋上に立っていた。

黒い空には茶色い雲が渦巻き、黒い灰が雪の様に降りしきっている。

屋上は広いが、外縁を囲う背の低い壁以外は何も無い。


「…まるで、空が喪服を着ているみたいですね。」


ティーミスは、灰の織る闇の向こうに声を掛ける。


「まさかとは思ったけど、貴女やっぱり人間ね?」


闇の向こうから、一体の妖怪が現れる。

車輪付きの、木製の一本足。

名は、キーヤと言う。


「…だったら何ですか。案山子さん。」


「いやぁね、これ程の惨事を引き起こせるなんて、一体どんなモンスターなんだろうなぁって、来て見ただけよ。本当にそれだけ。」


大統領と闘っている最中からティーミスは、こちらに何かが来る気配は感じていた。

自分から逃げない者は、最早ティーミスにとってはある種の異常存在だった。


「私はキーヤ。見ての通りのかわいい案山子ちゃん!貴女は?」


「…ティーミスって言います。」


「ティーミス?ああ、貴女があの噂の…」


不意にキーヤは、自身の肩を思い切り叩く。

キーヤが手を離すとそこには、潰れた紅い黄金虫があった。


「変な虫。この世界に適応したのかな。」


キーヤは肩から正面に視線を戻す。

もうティーミスは、そこには居なかった。


「“噂の”は、流石に失礼だっかな。」


キーヤは半回転する。

基本的にその挙動は人間の少女の様だったが、時々その動きは不気味な程滑らかて、人工物らしさが垣間見えた。


「また会いに来るよ。貴女が、決着をつけた後あたりに。」


そう言うとキーヤは、灰の作る闇の中に溶けていった。



〜〜〜



「ゲホッゲホッ…誰か…誰か居ないのか…」


闇の中、男が一人蹲っている。

その目は灰によって爛れ、肺ももう長くは持たない。


「…誰か…」


“ん?お前、大丈夫か!”


「…!」


男は、声のする方向を向く。


「ああ!神よ!貴方の御加護に感謝


男の腕が噛み潰される。


「ぎゃああああ!ゲホッゲホッ…何だ!?」


“…神だぁ?そいつの為に、あたしらみたいな存在が今までどんな仕打ちを受けてきたか、お前らに分かるか。”


人は、妖は邪な物と言うレッテルを貼り、正義の名の下に幼子すら容赦なく殺した。

今まで、人間に怯え日陰の中で震えながら暮らしてきた妖怪達は、殆どの場合は人間に並々ならぬ憎悪を抱いていた。

人間に両親と二人の妹を殺されたガムも、その例には漏れない。


“少しからかってやろうと思ったが、気が変わった。”


「ま…待て!何なんだお前

ガリリィ!”


男は頭を噛み潰され、絶命した。


“…にしてもキーヤの奴、一体どこ行ったんだ?”


その時、ガムの鼻を匂いが触る。


“人二人。子供か。ちょいど良い。”


既にガムの食欲は満たされていた。

しかしガムは、人を襲う事を止めなかった。



〜〜〜



眠る巨龍の頭の上に、リテが座っている。

リテは特に何をする訳でも無く、ただ黒に染まった地平線を眺めていた。


「おかえりなさい。ティーミスさん。」


リテは、視線を移す事なくそう言う。


「…ただいま。」


数秒前まではリテしか居なかった筈が、今リテの隣にはティーミスが体育座りで座っている。


「どうでした?合衆国は。」


「…とても、“平和っぽい”場所でした。」


「考え事は、どうでした?」


「………」


ティーミスは、天と平行になる様に掌を広げる。

灰は直ぐに積もる。

ティーミスは、手に積った灰を一舐め。

その舌を、そのままベロリと出す。

舌先からは、精巧な装飾品がぶら下がる。


「ティーミスさん。それは?」


「………」


その装飾品の、本来は木と草原の風景が描かれている場所は、今は黒一色で塗り潰されている。

辛うじて闇とは別に判別できる木は、枯れ木だった。


「…ひーほあいへむ(チートアイテム)…れす…」


ティーミスの瞳が、水色に変わる。

装飾品の風景が、青空と、目一杯葉を茂らせた一本の木と、風を受け靡く草原の風景に変わる。

黒い空に、大穴が開く。

穴は急速に広がっていき、穴の向こうには青空があった。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 人物の描写や戦闘場面の描写も丁寧でわかりやすくて読みやすいです! [気になる点] 誤字…お気を付けください… [一言] いつも読んでいます。これからも頑張ってください!
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