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死に損ないの夢

地面に、光り輝く魔法陣が展開される。

魔法陣の中心に、車椅子の老人が出現する。

老人は首を僅かに動かし、大きな穴の空いた空を一瞬だけ眺める。


(もう修復が始まっているとは。氷牢龍炉心の魔力、これほどの物とは。)


老人はその顔を、今度は目の前に転がる二人の死に損ない共に向ける。

ティーミスとピスティナである。


『貴女が、咎人ですか?』


電動車椅子が前進する。

老人は、持っていた杖でティーミスの顔をつつく。


「…初めまして。お爺さん。私がティーミスです。」


『そうか。それは結構。』


車椅子が後退する。

ティーミスは、仰向けに寝転がったまま。


『初めまして、咎人よ。早速だけど、君に私の願いを聞いて欲しい。』


空に空いた穴が塞がっていく。

結界内全体に、ティーミスのよく知る気配が充満している。


『氷牢龍炉心を、暫しの間貸して欲しいんだ。

君は私やこの国とは違い、炉心が無くとも永遠を生きられる存在。君にとって炉心を取り戻すのは、この国が滅んでからでも遅くは無いと思うんだよ。』


「…貴方方が“ろしん”と呼んでいるそれが一体何なのか、貴方は知っていますか?」


『勿論だとも。膨大なエネルギーを秘めた天然の魔導エンジン。私もこの目で見るまでは、絵空事の中の産物かと思っていたよ。』


「…分かりました。もう良いです。」


ティーミスは地面の中に沈むように消えて行く。


『交渉決裂ですか。』


空に、無数の魔法陣が展開される。

一度に無数の魔法を起動する事が出来る老人のスキル、【並列魔導師】である。


『ん?』


老人の脳天目掛けて、ティーミスのかかと落としが繰り出される。

しかしその攻撃は、老人の頭の上に展開された魔法陣によって阻まれた。


「カーディスガンドさんを殺してしまったのは私です。カーディスガンドさんは私の罪です。誰にも貸すつもりはありません。」


『カーディスガンド?妙な言葉ですね。まるで龍の名前の様だ。』


「ええ。名前ですよ。」


防御用の魔法陣に亀裂が入る。


「それが、貴方がエンジンと呼んでいる物の名前です!」


防御用魔法陣が砕かれ、ティーミスの華奢で引き締まった足が振り下ろされる。

再出現したティーミスは、五体満足の状態だった。

しかし攻撃が当たる瞬間に、老人の姿は蜃気楼の様に消えてしまった。


「……」


『氷牢龍炉心。まさかそのままの意味だったとはね。』


老人はティーミスの目の前に居た。


『この防御魔法は、破壊された際に術者を短距離瞬間移動させる様になっているんですよ。最も、この機能を発動させたのは貴女が初めてですけどね。』


天空に展開された魔法陣が、一斉に起動し魔弾を放ち始める。

ティーミスは最初の数発は避けたが、直ぐに避け切る事は不可能だと悟り次の手に移る。

右腕を顎腕に変形させ、左手にブラッドプラスチックを纏わせる。


「貴方に私は殺させません。私が、貴方を倒す方法を見つけるまでは。」


ティーミスに向かって来る筈だった魔弾の雨は、その軌道を顎腕の口の中へと変更する。


『貴方の力の原動力。どうやら魔力などと言う生易しい代物でも無い様ですね。ならば。』


老人の両側に、魔法陣が一枚づつ展開する。

魔法陣からは、騎士が一人ずつ召喚された。


老人の計画はこうだ。

騎士を2体直進させ、捕食されるなり交戦状態に入るなりし、顎腕に近付けさせる。

そこで、騎士の“魔弾としての性質”を発現させ、一先ず顎腕に痛手を負わせようと言う算段である。

しかしこの計画は、思わぬ形で老人にアドバンテージを齎す。


「…!」


騎士の襲来に気付いたティーミスは、直ぐ様自身の真下に空間の歪みを発生させその中に消える。

次にティーミスは、魔弾の雨を喰らいぐちゃぐちゃになったピスティナから湧き上がる様に再出現する。

そんなティーミスの挙動を見て、老人は最初疑問を抱いた。


(何故兵士型魔弾を吸い込まなかった?流石に読まれていたか。いや、爆発力向上の術式は隠してあった筈だ。)


天空に展開されていた魔法陣が、その色と形を変える。

先程まで弾幕は多色多彩だったが、変更後は魔法陣達は鋭利な三角形型の赤色の物だけを放つ様になった

速度と殺傷性が優れた魔弾である。

消費魔力の高さ故に通常は決めの一手などに使われる攻撃魔法だったが、老人は今回、それを文字通り雨あられ降らせる事にした。

追従性皆無故にティーミスには当たりずらくなるが、その分引力の影響も少なくて済む。


“ダン!ダン!ダダダン!”


魔弾を浴びた地面が、次第に壊れてゆく。

この戦法の欠点としては、地形を必要以上に破壊してしまう点にある。

ただでさえ機動力に乏しいこの老人は、こうなればいよいよ瞬間移動主体の移動に切り替えなければならない。


『これで、この戦場にはもう貴方の逃げ場はありませんよ。』


「そうみたいですね。」


ティーミスは顎腕を真上に向け、傘のようにさしている。

その間もう片方の腕は、引力を発生させる為に《欲望(キャプチャー)》状態にしている為使えない。

両手が塞がってしまうと、ティーミスの使えるスキルも限られて行く。


『先程から魅了攻撃を掛けている様ですが、あいにく僕には効かない様ですね。』


「…そうみたいですね。」


老人は、今の数秒で確信した。

ティーミスのスキルの殆どは手を核として発動していると言う事を。

両手を塞ぎさえすれば、ティーミスの行使できる能力は大幅に低減すると言う事を。


(片腕は怪物に変形していて、もう片方の腕も何かしらの理由で使えない様だ。今決めに入るべきか。いや、まだ情報が少な過ぎる。此処はやはり、向こうの動きに合わせるべきか…)


不意に、ティーミスの顔の前に真紅のエネルギー球が出現する。


「《血閃(レッドレイ)》」


エネルギー球は直ぐに膨張した後に、老人に向けて真紅の光線として放たれる。

光と同じ速さの光線のその軌道は、確実に老人を捉えている。


『成る程。魔力を放射線状にして放つ事で、防御を困難にしていると言う訳ですか。中々興味深い技ですね。』


ティーミスの背後から、そんな電子音声が聞こえる。

ティーミスは、ゆっくりと振り返る。

そこには、頭上に5枚の赤い魔法陣を展開した車椅子の老人が居た。

血閃は、ただ何も無い所を通過していくのみだった。


『研究出来ないのが、実に残念だ。』


魔法陣はその文様をゆっくりと回転させながら、ティーミスに狙いを定めている。


『こちらも防御不能の攻撃ですが、貴女の物とは少しだけロジックが違います。』


二枚の魔法陣の放つ光が、より強い物に変わる。

そのタイミングで、ティーミスはある事に気付く。


(…薄くなってる。)


弾幕の雨が、ほんの少し弱まったのだ。

常人ならばほとんど気付かないレベルで、ほんの少しだけ。


『この魔法は、対象者の精神へと攻撃を仕掛ける物です。どんなに屈強な戦士であろうともこの魔法を受ければ最後。たちまち、自我を破壊され意思無き人形となります。』


魔法陣が更に三つ点灯する。

弾幕が、更にほんの少しだけ弱まる。

老人とて人間。

【並列魔導師】とてただのスキル。

必ず限界が存在する。


(…あの方は、魔法を魔法陣単位で展開して行使しているみたい。そして、一度に展開できる魔法陣には限界がある。…そう言う事でしょうか。)


奇しくも、ティーミスの思いついた攻略法は、老人の思いついたそれと酷似していた。

どちらも、相手の限界を引き出した上で崩すと言う結論に至った。

その答えに行き着く場合は本来、自身の全力が相手よりも上回っていると言う確信がある時だけである。

ただ今回の場合は、両者とも少し勝手が違った。


『腕は切れても再生しますが、腕を増やす事は出来ない様ですね。』


「貴方の方こそ、どうして雨を薄くしたんですか?」


『ふふふ。』


「…ふふ。」


ティーミスは微かに笑う。

老人の顔は少しも動かなかったが、心なしかその表情は、ほんの少しだけ微笑んでいる様に見えた。

そんな間が、一瞬だけ生まれて消えた。


『これで決着です。さようなら。中身の無くなった貴女の身体は、末永く利用させて頂きましょう。』


ティーミスは、老人の上に展開された5つの赤い魔法陣を見上げる。

その瞬間、魔法陣は一斉に光を放つ。


「っ…!」


ティーミスの視界は、一瞬だけ赤い光で染め上げられる。


『な…ガガ…ぜ…』


「…貴方の言う通り…決着…つきましたね…」


光が晴れ次にティーミスが見た物は、ピスティナの短刀を握り締める自身の右手と、老人の首を深々と突き刺す自身の持つ短刀と、老人とティーミスを取り囲む様に展開された無数の防御用魔法陣。

全ての防御魔法陣の中心には、ピスティナの短刀が突き立てられている。


『見事ですな。』


ティーミスの手を、老人の血が伝う。

その血は不自然な程サラサラである。


「…ごめんなさい。私には、此処で奴隷をやってる時間なんて無いんです。」


老人とティーミスを取り囲んでいた魔法陣は、崩れる様に消えていく。

ティーミスは、老人の首から短刀を引き抜く。

水の様にサラサラな血液は、そのまま蛇口の水の様に流れ続ける。


『初動は魔法の発動直後に繰り出された全方位攻撃。次いで、防御網の内側に侵入させた短刀が貴女に置き換わる事による急接近。そこから繰り出された本命の一撃は、急所を的確に狙った短刀の一刺し。

我が魔法の隙を見事に突いた、見事な攻撃でした。』


陶器にヒビが入っていく様に、黒い空に白い亀裂が入る。

この国を包んでいた巨大結界は、この老人の魔法が数多の機器により増幅されただけの物だった。


『正直、163年は流石に長生きし過ぎたと思っていた所です。そろそろ休むべき時なのでしょう。僕も、僕よりもずっと長く生きた、人類と言うこの種も。』


結界が、頂点から散る様に消えて行く。


『貴女の友人なら、このビルの最上階に居ます。勝手にとってしまって申し訳ない。』


「………」


ティーミスはいつもの無表情のまま、首に傷があること以外は先程と全く様子の変わらない老人を見つめる。


「…分かりました。ありがとうございます。」


ティーミスは老人に背を向け、先程ピスティナを突っ込ませたビルを見上げる。


「…悔いは無いんですか?大統領。」


『ガ…特に無いですね。強いて言えば。』


空から、完全に結界が消え去る。


『ガガ…貴女の作った…ジジ…世界に…いきたかった…です…ね…』


老人の気配が消え、ティーミスは振り返る。

そこには車椅子と、車椅子に座る白骨と、水溜りがあるだけだった。


「…きっと…貴方も連れて行ってあげますよ…大統領さん。」


分厚い靴底の靴音が聞こえる。

ティーミスの傍に、先程老人に陽動攻撃を仕掛けたピスティナが現れる。


「がう。」


「…ピスティナちゃん。もし私が目的を全て果たして、もう戦う必要が無くなったら、ピスティナちゃんも天国に行っちゃうんですかね。」


「…が?」


「…何でも無いです。では、そろそろ行きますよ。」


3人目の従属者を、取り戻しに。

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