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本末転倒

灰色の空が点滅する。

その空を人工物とも知らぬ人々は、ただ怯えた目で天を仰ぐのみ。


灰色の空がとうとう光を失い、漆黒に染まる。

街は、建物の光だけで照らされる。

唐突に訪れた、夜よりも暗い夜。

とうとう、その夜が明ける事は無かった。



~~~



背の高い木に囲まれた林道。

緑あふれる静かなこの場所は、昼間は気分転換に最適な散歩道だった。


「な…何…?」


真っ暗な林道の真ん中で、一人の女性が、突然の夜にたじろいでいた。

大きな白い帽子に、白のワンピース。しっかりとめかし込んだ、長い黒髪が目を惹く20そこらの女性である。


(…一先ず、家に帰りましょう。大丈夫。道は覚えているわ。)


女性は深呼吸をすると、帰路につこうと踵を返す。


“バリッ…バリッ…バリッ…クッチャクッチャクッチャ…”


「……?」


女性は道の真ん中に、黒い塊を見つける。

塊は僅かに蠢きながら、グロテスクな音を立てている。


女性は目を凝らし、塊を観察する。

女性の目が次第に暗闇に慣れていき、塊の特徴を少しづつ捉えていく。

長くごわごわとしていて、所々が不自然に湿った毛。雨も無しに出来た水溜り。闇世で妖しく輝く、二つの紅い光。


「…あ…ああ…」


塊は二つあった。

一つは、今しがた自身をフったボーイフレンド。

もう一つは、それの屍肉を食い荒らす狼。


“…ああ?”


「いやああああああああ!」


女性は叫び、帰路とは逆方向に走り出す。


「はぁ…はぁ…何あれ…!一体…何が!?」


トス。


女性は、正面から押し倒される。

狼の、二本の前足によって。


「…!?」


倒れた女性に、狼がのしかかる。

先程まで女性の背後に居た筈の狼が、女性の正面から襲いかかってきた。


「嫌ああああ!誰かああああ!助け…」


助けを求めて周囲を見回して、女性は気が付いた。

この林道全体に、無数の“湿った塊”が散乱している事に。


「嘘…そんな…」


ザラザラとした舌が、首を(ひと)舐め。


“…おっえ!?”


狼はすぐさま女性から離れる。


“まっず!なんじゃこりゃ!香水か!?おええええ!”


鼻を掻き毟りながら悶える狼。

今を好機と判断した女性は、体制を立て直し、そのまま林道を駆けて行った。


“げほっげほっ…クソッ、鼻がいかれちまった…チクショウこれだから変に発展した文明は…”


ふと狼は、背後に車輪の回る音を聞く。

狼が振り返るとそこには、一人でにこちらに移動してくる案山子が一体。


“…キーヤ?お前どうして。”


「あなたが心配だからに決まってるでしょ。ガムちゃん。」


ぱっと見は黒髪の美少女。

しかしその足は一本の棒で、先に車輪がはめこまれている。

キーヤの種族は案山子(スケアクロウ)

かなりの希少種ではあるが、れっきとした妖怪だ。


「ねえガムちゃん。知ってると思うけど、人は日の光の元暮らす生き物よ。」


“あ?それがどうかして…”


「此処、人が暮らすにしては暗過ぎるんだよ。貴女は夜目が効くから気付かないと思うけど。」


不意に、キーヤは一瞬だけピクリと痙攣し、すぐ様一方向を見つめる。

ガムも、同じ方向を向く。


「ガムちゃん。感じる?」


“ああ。クソでけえ負の力だ。ぬらりひょんのアニキよりでかいかも知れない。”


ガムの腹にワイヤーが巻きつく。

ガムに、キーヤがくっつく。


「いざとなったら、私の思念を乗せた伝書鴉がぬらりひょん様の元に行く様にしたよ。」


“…てことはお前、最初から場所知ってたな?”


「たまには二人旅も良いかなって。へへ。」


“なっ…おま…はぁ、行くぞ。”


ガムは駆け出す。

5秒程時速200km程で助走した後、その身は雷光のようになり空を駆けた。



〜〜〜



「はぁ…はぁ…はぁ…ぐっ…」


傷だらけになったウーログは、とうとうティーミスの前に跪く。

顎腕は3回ほど倒されたが、ティーミスにとっては大した痛手では無かった。

ブラッドプラスチックの武器など、はなから大量生産大量消費の為の物だからだ。


「何故俺を殺さない。」


「?」


ティーミスは首を傾げる。


「多種多様なスキルや特殊能力が、貴様の強みの筈だろう。何故、腕を化け物に変える技しか使わない。そして何故、この状況で俺を食い殺さない。」


「…その必要が無いからです。」


顎腕が、でろでろに崩れていく。

怪物の中から、ティーミスの細く白い腕が出てくる。


「私には、貴方を殺す理由がありません。それだけの事ですよ、学者様。」


「…ああ。そうか。そうだよな。」


ウーログの脳裏に、ティーミスと初めて出会った日の情景が浮かぶ。

廃墟の街の中、自分を追っ払おうと、必死に脅かそうとしていた小さな小さな女の子。

見た目だけは、あの日からさほど変わっていなかった。

そう、見た目だけは。


「外見はともかく、お前はもう立派な大人なんだよな。ティーミス。」


「…」


ティーミスは少し目を細めると、ウーログに背を向ける。


「イヤミですか?“老”学者様。」


「…いや、どちらかと言うと、時間稼ぎだ。」


「…?」


地面が輝き出す。

光はウーログもティーミスも、建物も結界関係の装置群も全てを包み込んでいく。


「これだけは覚えておけ。ティーミス。」


ウーログの体が次第に茶色く変色していき、土塊の様に崩れていく。


「俺はまた戻ってくる。俺が口を聞ける歳になるまでは生きててくれよ。咎人よ。」


「!?」


ーーーーーーーーーー


【変若水】

使用した対象は恒久的に、以下の特殊効果を得ます。


・《月と蛇》

死亡時、転生します。在存する世界線に同種族が存在しない場合、異種族転生に、適合する生命種、擬似生命種が存在しない場合、異世界転生に変更されます。


・《名称性副作用》

蘇生系アイテム、蘇生系効果を受けた際、ランダムな年齢(16〜21)まで若返る。


ーーーーーーーーーー


“パリ…”


ウーログが消え去ってから少ししてティーミスは、自身の指先もウーログと同様に崩れ初めている事に気付く。


(これってもしかして…魔力中毒…?)


ティーミスは慌てて地面から飛ぶ。

その瞬間光の上に魔法陣が展開され、魔法陣はそのまま爆発へと変わった。



〜〜〜



「ん?」

“あ?”


国の中心部から天空に向けて、光の柱が出現する。

甘を掛けるガムとそれに乗るキーヤは、コンマ2秒程の間それが何なのか分からなかった。


“キーヤ!”

「《陰隠れ》!」


キーヤ達は先ず、ガムの撒き散らしていた死の灰を利用し霧散状態に入る。

次いで二人は光を無くし常夜となったこの場所の闇に溶け、間一髪で魔力の大爆発を回避した。

次の瞬間には、光の柱が国を昼間の様に照らした。

本当に間一髪だった。


「ぷっは!い…今の何?」


キーヤは、路地裏の陰から顔を出し周囲を伺う。

周囲が安全だと把握したキーヤは、そのままスキルを解きガムと共に陰から出る。


“わかんねえ。でっけえ魔法だって事は確かだが…”


「こんなに慌てたの、ぬらりひょん様が酔っ払って暴れ出した時以来だよ…全く。」


“まーしかし、これではっきりしたな。”


結界の中心に大穴が空き、外から黒い煙が降り始める。

その様はまさに、世界の終わりの様だった。


“飯の時間だ。灰が全部を持ってっちまう前にな!”


「そうだね。あそこにはきっと物凄いものが…って、今なんて?」


そう言うとガムは、キーヤをくっつけたまま街に繰り出していった。



〜〜〜



「…ケホッ…コホッ…」


手足が消失したティーミスが、うつ伏せで地面に這いつくばっている。

身体欠損はデバフ扱い。

最大体力そのものが減少している状態なので、ただの回復では意味が無い。


「ぐる…ぐるる…」


胴体と頭と右腕だけになったピスティナが、ティーミス目指して地面を這っている。

ピスティナの身体には、ぐずぐずに崩れてはいるものの土塊の様になる症状は見られなかった。


「…何があったんですか…ピスティナちゃん…」


「じぃつに…きうりょょくな…まどぅし…だった…」


「…その様ですね…」


ティーミスはごろりと転がり、仰向けになる。

大きな穴の空いた空から、黒い綿ぼこりの様な灰が雪の様に降り注いでいる。


「…此処が一瞬でも…本当の楽園になり得るかもと思った私が…馬鹿でした。」



〜〜〜



「い…今の何!?」


「落ち着いて。大統領の魔法だよ。きっとウーログさんを援護したんだと思うよ。」


リニアとカレボの二人は、闇に沈んだ街道の歩道を小走りで進んでいた。

二人とも口にはガスマスクを付け、背には大きなバッグを背負っている。

目指す先は世界の端。

この国の外だ。


「ねえカレボ。ウーログさん、大丈夫かな…?」


「大丈夫さ。あの人は強い。それにあっちには大統領も居るんだ。負けっこないさ。」


「だったら何で私たち、逃げてるの?」


「…一時避難ってやつさ。お二方の戦いの近くに居ても危険なだけだし、足手まといにもなってかえって迷惑だろ?」


「そっか…そうだよね。」


結界の中は狭いと言っても、人が一生を飽きずに過ごせる程度には広い。

中心から徒歩で端までたどり着くと言うのは、少々無謀な計画ではあった。


「ねえ…カレボ…どうして歩いて行くの?無免許で運転したって、誰も裁きっこないよ。」


「リニア、横を見てみて。」


二人の横を、沢山の車が通過して行っている。

一台として、法定速度を守っている物は無い。


「こんな状況で、免許も持ってない僕等が乗り物なんて乗ったら事故死確定だよ。それに、この国の道路は結界内で完結している。危険を冒してまで若干のショートカットをするよりは、この方が絶対に安全だよ。」


そう話す二人の横で、車が正面衝突した。

爆発音が鳴り響き、闇夜をほんの少しだけ炎が照らし、出来た陰から、狼が顔を覗かせていた。

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