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背ける道

「いいかいティーミス。この扉の奥には地下倉庫があるが、すごく危険なんだ。決して近付かないと約束してくれるかい?」


「勿論です、お父様。」


「お前は本当に素直なだな。…ずっと、良い子でいておくれ。可愛い我が娘よ。」


………


………


………


ティーミスは倒壊した塔の上に腰掛けていた。

帝国の作業員達や兵士達は一人残らず逃げ去っていき、代わりにこのアトゥを守る騎士団全員が、本土から派遣された帝国の騎士達が、ティーミスを包囲していた。


(…泉の洞窟とかつての我が家の地下倉庫が繋がっていたなんて…)


父の言いつけの真相を、ティーミスは思わぬ所で知る。

もしも言いつけを厳守していれば、決して知ることの無かった真相だ。


(…ごめんなさい、お父様…)


今更気にすることも無いと割り切りながらも、仄かに影を落とす後ろめたさを、ティーミスはゆっくりと味わう。

胸と喉にじわりと熱が広がるような、苦くて甘い、蜂蜜の様な罪の味。


海の凪の様に落ち着き静まり返るティーミスの心とは対照的に、ティーミスを包囲する騎士団は完全に動揺しきっていた。


「あ…あり得ん…あんな子供が…!」


補助系魔法使いが、ティーミスの頭上を指して叫ぶ。

そこには魔法により映し出された、可視化されたティーミスの生命力があった。紫色の、長い長い体力バーがあった。


本来、人間含めほぼ全ての生物のHPバーは、肩幅ほどの大きさの赤いものだ。

3メートル程の大きさのHPバーは、普通は文字通り山の様な巨体を持つ、ドラゴンや深海系モンスターが持つ物。

そして赤色で無いのは、その種での本来の体力を超過している為、枠に収まり切らないものが下に隠れている場合に起こりうる。

鍛錬を積んだ一流の戦士や、団体で行動するモンスターのリーダー、ダンジョンの最深部で待ち構えるボスなどに見られるが、多くても3重、緑色のバーだ。


ティーミスの物は大型で、なおかつ紫色の8重の体力バー。

この世界の摂理から外れた、本来なら絶対に有り得ない、無尽の生命力。


「…ギフテッド…」


老齢の斧使いが、ふと記憶の奥底に眠っていた言葉を呟く。


ギフテッド。授かりし者。

数世紀に一度あるかどうかの特異現象。

生物の種類問わず魔力を持っていれば、ごく稀に何かの拍子で途方も無い力に目覚める事があるのだ。

まるで、天から何かを授かるかのように。


「おい、マジかよ…」


「それ以外に何がある…奴が…俺たちの…隊長を…」


最も新しいギフテッドの例は、役500年前のドラゴンの掃討作戦時に発生した。

巣穴に残された最後の一匹の子龍が突如変異し、世界中に強酸の雨を降らす災厄龍へと変貌したのだ。

作物は枯れ、生命は焼けただれ、討伐されるひと月の間にその大陸は一度、草一本生えぬ不毛の大地へと変わったと文献は伝えている。


「ロードめ、何という置き土産を…!」


アトゥ公国侵略戦に参加していた騎士が、ポツリとそんな事を呟く。

これが死の間際までアトゥと泉を渡そうとしなかった、ロード・エルゴ・ルミネアの、ルミネア家の意思だというのか。

はたまた、家族と故郷を奪われた少女の、世界への復讐譜だと言うのか。


否、ティーミスが授かったのはギフトでは無く、パッシブスキルによるパラメーターの超強化だった。基礎能力値をレベル分乗算していくと言う、文字通りの壊れスキル。

更に言えば、ティーミスの体力は他の能力値と比べればかなり現実的な値だが、その圧倒的すぎる能力差によって体力ゲージがレイドボス様の物になったと言うのが真相だ。


ティーミスはもう、戦略と勇気と運によって困難を切り抜けるヒロインでは無い。

ティーミスこそが世界への試練。世界に対する困難そのものに成り果てた。


ティーミスは心を決めて、周囲を取り囲む騎士団に向けて呼びかける。


「アトゥ植民区の現領主を出して下さい。そうすれば私も手荒な真似はしません。」


(これ、すっごい悪役っぽいセリフでしたね。ふふふ。)


ティーミスの美しくも冷たいトパーズアイが、周囲を取り囲む騎士達をぐるりと見回す。

重戦士、アサシン、スナイパー、魔法使い、僧侶、アーチャー、ヴァンガード、ソードマン、役職はとりどりあるが、グラハムやそのパーティに匹敵する様な猛者は見当たらない。


「お言葉ですがルミネア殿、アトゥ植民区領主であるル…」


「もう一度言います。植民区の領主を出してください。」


騎士の9割はティーミスに対し、こいつはいかれていると鼻で笑う。

残りの1割は、ティーミスに最高機密を握られていると悟り、焦燥や戸惑いを見せる。

偽領主の存在を知られていようが、頭がいかれているだけだろうが、人間のギフテッドの出現と言うそれだけで、世界を根本から揺るがす一大事だった。

ましてやそれが、ケーリレンデ帝国に敵対すると来た。


「…現領主ビクター殿は、今朝付で退職なさった。今、この土地に領主など居ない。」


「…!」


このアトゥ公国のシステムくらい、ティーミスも熟知している。

貴族家による共有領土として治め、たとえ生まれたばかりの赤子ですら土地の所有権を得る。ティーミスの祖父により築かれた、法の砦。ゆえに帝国は、アトゥを物理的に占有した。

公国の貴族を、一人残らず無力化できたと言う前提で。


しかし、ティーミスは生きている。今ここで、心臓を動かし、呼吸をし、血の通った肉体と、世界最後のアトゥ公国の土地の所有権も持っている。

自らに刃を向けた騎士の殺害も、自領土で行われようとしていた()()な採掘行為の阻止も、全て正当な行いだ。法に判断を仰いだ場合、裁かれるのは間違い無く帝国側だろう。


騎士達に、帝国に、突きつけられた選択は二つ。

全ての罪を認め、ティーミスにアトゥを返還する。

今ここでティーミスを討ち倒し、全てを揉み消す。


否、最早そこに選択など無かった。


「総員戦闘態勢に入れ!タンクは最前列に!レンジ部隊は後列に移動!アサシン、ソードマン、ファイターは小隊を組み、各自小隊長の指示に従え!」


この場所に派遣された帝国の騎士達は総勢231名。

顔面蒼白で全ての財産の返還を申告したアトゥ植民区領主ビクターに、旧アトゥ収容所からの脱走者、アトゥの防衛に当たっていた騎士団の最高戦力はたった一晩で敗れた。そして、泉の採掘計画を阻止すべく現れた、収容所からの脱走者。

騎士団長の仇を討つ為、泉を真に手に入れる為、己が正義の為、これ程の騎士がティーミスを討たんと集結していた。


「隊長!総員配置につきました!」


ティーミスが小柄だろうと、人間だろうと、少女だろうと関係無い。

騎士団の取るその陣は、対超大型レイドモンスターのそれであった。


「よし、レンジ部隊!帝国にあだなす諸悪へ…アトゥ公国の最後の貴族へ…ロードの娘へ、攻撃を開始せよ!」


光り輝く矢や魔弾が、雨あられとティーミスに向かって放たれる。


「…なんで…そうなるんですか…」


最早ティーミスは、それを正義とは呼べなかった。

罪から背を向ける道。罪を隠し、向き合わない道。まさか正義の騎士団がそちらを選ぶとは思わなかったのだ。


ティーミスは相変わらず崩れた塔に腰掛けながら、右手で宙をふわりと払う。


ーーーーーーーーーー


スキルポイントを消費しました

42→33


ーーーーーーーーーー


「《接収狼魂(コンフィスカーション)》」


ティーミスの背後から、赤黒色で殴り描かれた油絵を思わせる無数の霊魂が飛び出してくる。

頭より下は幽霊の様に尾を引く霧状で、牙を剥き威嚇する狼の頭部の姿をしている。大挙して空を駆ける様は、怨霊の類を連想させた。

霊魂は、ティーミスに降りかかろうとしている飛翔物に次々と空でかぶりつき、そのまま飛翔物もろとも黒い霧となって消えて行く。


と、今度は矢や魔弾の合間を縫う様に進んでいた近接小隊がティーミスの元に辿り着き、剣や槍を構えティーミスに飛び掛かる。

ティーミスは立ち上がり黒い炎の魔剣を持ち、小隊を凪ぎ払わんと魔剣を半円を描く様に振るおうとする。


「…?」


水がそのまま剣の形に切り出されたかの様な物によって、ティーミスの黒炎の魔剣は受け止められる。

アクアソード。代表的な水属性の属性剣だ。


「やはり炎属性を使うか。」


グラハムとティーミスが最初に合間見えた時に、グラハムが投げ捨てた溶解した剣。

偶然それが発見され、騎士団にはそんな仮説がもたらされていた。


ジュワリジュワリと音を立てながら、ティーミスの魔剣を包む黒い炎が弱まっていく。


「そいやあ!」


アクアソードの剣士と鍔迫り合いをしているティーミスに、他の近接、中距離系騎士達が次々と攻撃を加え続ける。

本来この量の攻撃を喰らえば、体力の高い魔物の典型であるサイクロプスすらも1分と持たないだろう。


「…!痛いです…」


ティーミスの紫色の体力ゲージがほんの少し削れ、その下から藍色のゲージが微かに顔を出す。

無敵に近い防御力だが、ティーミス自身が攻撃を受けていると言う事実は変わらない。切られたり殴られたりされれば痛いし、痛ければ涙も出る。

ティーミスは魔剣を手にしたまま、その脚で近接兵の一人を蹴り、はるか後方まで弾き飛ばす。


「はあ…?クソ!マジでレイドモンスターかよ!」


「一旦引くぞ!」


紫色のゲージが一割削れたか削れないかの所で、その近接小隊は一度ティーミスから距離を置く。

ティーミスの事を知っている者も知らない者も、等しくティーミスを殺そうと刃を向ける。

皆が等しく、ティーミスの死を望む。

まさにティーミスが夜闇の如く恐怖を抱いていた状況だった。


実際、ティーミスは怖かった。

見渡す限りの敵、敵、敵。

強者ぶり、自分を奮い立たせるにも限度はある。


でも、それでも、ティーミスは挫けなかった。ティーミスの心は折れなかった。

ティーミスは今。祖父や父と同じ物を守ろうとしている。

その事実が、ティーミスの心に突き刺さり、そして、新たな芯として働いていた。

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