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イヌと狼

追え。

辿れ。

見付け出せ。

探せ。

走れ。

奪い返せ。


「あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あああああああああぁぁぁぁぁぁぁ!」


今のピスティナを支配していたのはそんな、胸の内で燃え盛る、焔の様な純朴な本能。

懐かしい匂いを辿り、ピスティナは疾走する。

自身を50年もの間閉じ込めていた氷の臭い。

それと焼けた蛇革の様な、ドラゴニュートの後輩の匂い。


嗅覚なんて無い筈の鼻を動かしながら、白い廊下を赤く染めながら、ピスティナは走った。

そうしたらいつの間にか、ピスティナは上を目指していた。

この国を生かしている、結界の維持装置のある、上へと。


「…ぁ…」


少ししてピスティナは、漸く自分の目指す場所を自覚する。

短刀が一本、ピスティナの真上にやってくる。

短刀は天井を突き刺すと、そのまま四角く切り抜いた。


“ガコンッ!”


豆腐の様に切断された分厚い天井が、ピスティナの頭上に落下する。

常人ならば脳震盪を起こすだろうが、ピスティナは通常でも人でも無かった。

その頃にはもう、周囲に人は誰も居なかった。


「…ぃた…」


ピスティナはそう言うと短刀を二本構え、そのまま真上に跳躍する。

穴を開けた天井を擦り抜けるが、直ぐに次の天井が迫ってくる。


“シャキキン!”


しかし天井は、ピスティナが頭をぶつけるよりも数瞬だけ前に木っ端微塵になった。

そうしてピスティナは、直通で最上階に辿り着いた。


「…あ?」


大理石の柱。

赤いカーペット。

立ち並ぶは、英傑や女神を模した石膏の像。

そこはまるで、栄華を極めた城のホールの様な場所だった。

結界の維持装置はまだ、何処にも見えない。


『よく来て下さいました。咎人よ。』


電子音が、ピスティナに声を掛けてくる。

ピスティナは声のする方を振り返る。

そこには車椅子に座り、機械と点滴のチューブにつながれた、しわがれた老人が居た。

老人は、城の出入り口(を模した装飾)の前に居る。


『これは失礼。人違いでしたか。』


「…あ…ああ…?」


何処からどう見ても、人生の殆どの時間を使い切った老人。

しかしピスティナの本能は、“危険”と警告を出し続けていた。


『お初にお目に掛かります。私の名前はまあ些細な事でしょう。折角ですので大統領とでもお呼び下さい。』


老人はピクリとも動かなかったが、車椅子は独りでに前進する。


『正直なところ、どうしてセガネが滅んでしまったのか今まで疑問でした。しかし今の貴女を見て、その疑問も直ぐに晴れました。』


車椅子の前進に合わせて、ピスティナは後退する。


『主君の為ならば、命を賭してでもその役目を全うしようとするその姿には、一国の主人としていささか関心を覚えまする。そんな貴女に敬意を払い、私は、』


老人の頭上に、十数基にも及ぶ紫色の魔法陣が出現する。


『この国を殺さんとする貴女を、全力を持って迎え撃ちましょう。』


魔法陣の内の二つから、攻撃魔法が繰り出される。

拡散する連射型と、一点を狙う光線型の二種類である。


「ぐ…が…!」


連打により動きを制限されたピスティナに、光線銃が襲い掛かる。

弾幕を掻い潜り、なんとかピスティナは光線銃を避ける。


『貴女の機動力は大体判りました。此処からが本番です。』


更に二つの魔法陣から、それぞれ一本づつ、悪魔の大腕が召喚される。

腕は弾幕を無視してピスティナに掴みかかって来たり、掌から炎を出したりして更にピスティナを追い込む。


『まだまだ魔法陣はありますよ。』


更に二枚が起動し、今度は2人の騎士が現れる。

銀色のフルプレートに身を包み、赤いマントと長剣を持った、騎士と言われて誰もが思い浮かべる様な物が2体。

騎士達はそのまま、ピスティナに向けて走って行く。

騎士にも当然弾幕は降り掛かったが、魔弾は騎士の体をすり抜け地面に当たった。

魔法陣が起動する度、ピスティナへの弾幕はより苛烈になっていった。


「ぐるる…がぁう!」


そんな中ピスティナの方から、3本の短刀が老人に向かって放たれる。

老人はその場から動こうとすらしない。


“ビシュビシュビシュンッ!”


短刀は老人の前に展開された一際大きな魔法陣に触れた瞬間、黒い煤の様になり朽ち消えた。


『飛翔する短刀。ケーリレンデ帝国の幹部が良く使うスキルですな。良く知っていますとも。強みも、短所も。』


老人の魔法陣が起動し、そこから無数の短刀が出現する。

装飾品や刃の形が若干違えど、それはピスティナの物とほぼ同じだった。


『分類としては実体魔弾に入りますが、威力と速度にその性能の殆どを割いてる分、実体魔弾最大の強みたる耐久性は大きく損なわれている。』


短刀が老人の整列し、その刃を一斉にピスティナに向ける。


『よってこの弾の正しい使い方は一つ。』


短刀が、一斉にピスティナに発射される。


『他の魔法と共に、弾幕の一部とする事です。』


更に弾幕は濃くなる。

ピスティナの周囲には自身の短刀が飛び回り始めるが、防御用の短刀は魔弾を1〜2発食らっただけで直ぐに消滅していった。


『氷牢龍炉心を使い切った日、この国は滅び行くでしょう。しかし、使い切るまでは生き続ける事が出来る。者々達は皆、少し長い間夢の続きを見る事が出来る。』


ピスティナの真上と真下に、巨大な魔法陣が展開される。


『咎人の眷属よ。暫しの別れだ。汝が死せども死さずとも、又直ぐ会えますとも。』


次の瞬間、魔法陣同士が筒状に接続され、そうして出来た筒状の空間にピスティナは、悪魔の腕や騎士諸共閉じ込められる。


『【ノヴァ・アンド・ロケーション】』。


筒の中の空間が、音も無く白色に発光する。

対象を素粒子レベルで分解する程の威力の爆発魔法と、衝撃が結界の外部に漏れ出る前に全てを空間ごと転移させる中規模転送魔法が合わさった、複合呪文である。


『これはどうやら、生きている間にまた会う事になりそうですね。』



〜〜〜



「はい、リニアちゃんもこれを。」


カレボはそう言いながら、壁に設置されている箱から漁り出してきた物をリニアに手渡す。


「これって、ガスマスク?でもどうして…」


「さあね。判らない。」


「え…判らない?それってどう言う…」


「判らないから持っていくんだ。」


この施設では、危険なガスが出る様な事は決して行わない。

にも関わらず、何故かこの施設には無数にガスマスクが設置されている。

その点がこの施設の、否、この国の不自然な所だった。


「不自然な物には必ず理由がある。これはウーログさんの言葉だよ。」


カレボはそう言いながら、ガスマスクを自分の首に掛ける。


「…そろそろ行こう。リニアちゃん。玄関を出れば直ぐ外だ。」


カレボはそう言って、外へと繋がる自動ドアに歩いていく。


「ねえカレボ。外に出た後は、どうするの?」


「…」


カレボは立ち止まる。

施設から脱出するとは言った物の、そこから先の事は殆ど何のプランも無かった。

外が中よりも安全かどうかも分からないし、ウーログと戦っている侵入者の正体も分からない。


「…ん?」


不意にカレボの頭の中に、侵入者と言う単語がピン止めされる。

侵入者が現れるには、絶対に"外"が存在する筈。

そうなると、教科書で再三教わった"結界の外には何も無い"と言う常識と矛盾が生じる。


「外に出たらこのまま、この国の外に行くよ。」


「は?貴方何言ってるの?そんな事出来る訳…」


「施設の中に来た女。少なくとも僕は、あんな女見たこと無い。君は?」


「えっと、無いけど…」


「ああ。こんな狭い結界の中で5年も暮らしていれば、この国に住む人の顔くらい大体は一回は見た事あるようになる。でも僕は、あんな人の事は見た事も聞いたことも無い。」


無から生まれる物が、あれ程しゃんとした形を持つ訳がない。

絶対に、あれがやって来た場所がある筈だ。

それがカレボの見立てだった。


「だから、今度は僕らが奴らの元に行く。」


「待ってよ!そんなの危険すぎる!」


「此処に居たら絶対に死ぬ。…言ったでしょ。君を死なせたりしないって。」


「…」


カレボの紡ぐ言葉の確証なんて、何処にもない。

嫌ならば此処で別れればいい話だ。

それでもリニアは、カレボに付いて行く事にした。

信じたいと、思ったからだ。



〜〜〜



黒い空。

黒い草。

黒い大地。

そんな死土を、2人の旅者が歩いていた。


「…ねえガムちゃん…」


愛らしいハスキーボイス。

茶色いローブ。

背には大きな銃。

髪は艶やかな黒髪で、ショートボブ。

背は随分と低い。

名は、キーヤ・ナーマと言う。


「いいや!絶対に迷ってなんかない!」


もう1人は、大人の女性としての魅力を帯びた低めの声。

腰まで伸びた長くサラサラな金髪。

上は獣の皮をジャケットの様に纏っている。

下は、実戦によって本物のダメージの入ったぴったり目のジーンズ。

背中には大剣を背負っている。

名は、ガム・テレサと言う。


「仕方無いよ。どこもおんなじ様な景色だし。灰のせいで、ガムちゃんの鼻も使えないし。」


「何言ってる!あたしにはこの野生の勘って奴があるんだ。見てろよ?」


そう言うとガムは、目を閉じる。


「見える…感じるぞ…木々が、花々が、あたし達を導こうとしている。」


「そんなもの何処にも無いよ。」


「うるせえ!見えるったら見えるんだ!…見つけた、こっちだ!」


ガムがそう言うと、ガムの体が一瞬だけ黒緑色の靄に包まれる。

靄が晴れて現れたガムは、四足歩行の大きな狼の姿になっていた。


「乗れ。キーヤ。飛ばすぞ。」


「はいはい。」


キーヤは渋々、ガムの背の大剣の上に座る。

キーヤの袖口からワイヤーが一本づつ射出され、ガムの腹のあたりで二本は接続される。


「はい。これでガムちゃんがどんなに頑張っても、私は離れないから。」


「そいつは心強い。よし、行くぞ!」


そう言うとガムは、駆け出した。

その速度は雷光に勝るとも劣らなかった。



〜〜〜



「ねえガムちゃん。これなんだろうね。」


「…」


「黒くて大きな、ドームかな?」


「……」


「取り敢えず、私達の目指してる場所じゃ無い事は確かだね。」


「………」


キーヤの体をガムに固定していたワイヤーが外される。

キーヤは下馬、否、下狼する。

ガムも人間の姿に戻る。


「おっかしいなぁ…確かにどでかい負の力を感じたんだけどなぁ。」


ガムはぽりぽりと頭を掻きながら、結界を恨めしそうに眺める。


「はいはい。あんたの第六感の凄さは充分わかったから。ほら、行くよ。」


呆れた調子で、キーヤはガムの脇腹をひっぱる。


「…待て、キーヤ。」


「ん?」


「なんか臭うぞ。」


「何。あんた、鼻に灰でも詰まってるんじゃ無い?」


「人間だ。」


そう言うとガムは、にやりと笑う。


「いっぱい居るぞ…十…百…万…こりゃ喰いきれねえな!ふひひひはははは!」


ガムは、再び狼の姿に成る。

その目は赤く輝いており、歯をむき出しに興奮した様子で唸っている。


「お前の言う通り、野生の勘なんて所詮こんなもんさ!んじゃ言ってくるわ!」


「あ、ちょい!これ以上遅れちゃぬらりひょん様に…あー…行っちゃった。」

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