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現実-幻惑

「ねえ見て!ほらあの子!可愛い!」


ティーミスが試行錯誤の末に選んだ服装は、変な意味で目立ってしまっていた。


モコモコの部屋着をフードまで被り。

下は敢えて、部屋着に隠れるホットパンツのまま。

片足にだけ桃色と白の縞模様のロングソックスを履き。

靴は桃色のスニーカー。


これが限られた手持ちの中でティーミスが考え出した、普通の格好だった。


「ねえちょっと君。パパとママは何処かな?」


ティーミスは、警察に声を掛けられる。


「もしかして迷子なのかな。だったら一回、おじさんと一緒に署まで…」


不意にティーミスは、警察官の顔を見上げる。

その瞳は桃色だった。


「…なんなりとご」


(ストップ。)


ティーミスは、心の中で隷属に命令する。

すると隷属の、魅了完了時の決まり文句は中断された。


「結界の発生装置まで行きたいんです。連れてってくれませんか?」

(この質問には、“はい、分かりました”って答えて。)


「はい、分かりました。」


警察はそう言うと、ティーミスの手を掴む。

少し湿ったゴツゴツの手に、ティーミスの小さな手は握り潰される。

一瞬だけ、ティーミスの背筋に悪寒が走る。


(…此処は、我慢。)


ティーミスは自身にそう言い聞かせ、心を無理矢理鎮める。


「行きましょう。」


警察は歩き始める。

その歩調には一切の思いやりは感じられず、機械的である。


「ま…待って下さい…腕、ちぎれちゃう…」


「命令スロットに追加しました。静止後、ご主人様の腕をちぎります。」


「にゃ!?」


警察官は立ち止まり、手を掴んでいない左手でティーミスの肩を抑え、ティーミスの腕を引っ張り始める。

それも、普通の人間には到底出せる筈の無い怪力で。


「い…痛いです…離して下さい…!」


今のティーミスは、服の影響で大幅に弱体化している。

このまま行けば、本当に千切れてしまう可能性がある。


「かしこまりました。」


ティーミスは、漸く警官の拘束から解放される。

ティーミスは警官と共に行動する事でカモフラージュを図るつもりだったが、実際は全くの逆効果な結果になってしまった。


(はぁ…この服を着ると、なんだが運が悪くなる気がする…)


否。

ティーミスに降り掛かる苦難の度合いはいつも大体同じ。

変わったのは、その厄災を払えるか否かだけである。


「おいおいどうした?」

「警官が女の子の手を引っ張ったの!それも千切れそうなくらい!」


街中と言う事もあり、ティーミスと警官の周囲には野次馬が群がり始める。

警官は微動だにしなかったが、ティーミスは大慌てだった。

こんなの、警官に対する名誉毀損なんて物では済まない。


「あ…えっと…その…」


ティーミスはたじろぎつつ、頭をフル回転させ打開案を打ち出そうとする。

そしてティーミスは、一つの苦肉の策を思い付いた。


「も…もおパパ。お外でまでふざけちゃ駄目でしょ。パパは警察官なんだから。」

(これに対する貴方の返答はこうです。“お、そうだな。すまんすまん。”)


「お、そうだな。すまんすまん。」


2人のやり取りを見た野次馬たちは、ほっと胸を撫で下ろしたり、有事を期待していた物は期待外れだと肩を落としたりしながら、各々の進行方向へと散って行った。


「…はぁ…」


ティーミスは、疲労の篭ったため息を吐く。

秒毎の疲労度で言えば、戦闘の10倍程だろうか。


(やっぱり横着は駄目だ。この手は諦めよう。)

「元に戻って良いですよ。」


ティーミスはそう言い残し、警官が目覚める前に足早にその場を去って行った。


「ん…あれ?俺、何してたんだっけ…」



〜〜〜



「やっぱり、結界の発生装置はこの建物で間違い無いみたいですね。」


ティーミスは、ビルを目の前にして呟く。

先程までは賑やかな都会の風景だった筈が、ビルが近付く毎にその活気は薄れて行き、周囲の風景は最後、出入り口も窓も無い、鉄塔の様な無人ビルの立ち並ぶビル街になっていた。

一応はビルまで道路は繋がっているが、3重もの鉄柵によってその道は厳重に封じられている。


「…無機質な街…寂しい風…」


機械音が響く。

プロペラの音が集まってくる。


「まるで此処は…【怠惰の摩天楼】みたいですね。」


ティーミスの体が、一瞬だけ黒い炎に包まれる。

炎の中から出てきたティーミスは、服装がいつも通りに戻っていた。


「現実から目を背けゆっくりと休むのも、時には必要な事だと思います。ですが、」


“空”から3体の《獣戦士》が降ってくる。

獣戦士達はそれぞれ、ドローンを一機づつ踏み潰しながら、地鳴りと共に着地した。


「いつかは、前に進まなければいけないんです。いつかは腰を上げて、辛い現実と向き合わなきゃいけないんです。」


獣戦士の頭の上に1体ずつ、《弓兵》が出現する。

《弓兵》は弓と頭が出来上がるや否や、《獣戦士》の射程外の敵を次々と射抜き始めた。


“カチャカチャ…ギュイイイイイン…”


周囲にあった無人ビルが、変形を始める。

無人ビルは二足或いは四足歩行の、巨大なロボットに変わって行った。


「此処は貴方方に任せました。私は先に行きます。」


ロボットと戦士の戦いを尻目に、ティーミスはひとっ飛びで、30mはあろうかと言う鉄柵を飛び越える。

途中、鉄柵の真上付近で電磁フィールドの様な物がティーミスを阻もうとしたが、そんな物は今のティーミスには微風にも等しかった。


“トタッ”


柵の向こう側で軽やかな着地を決めると、ティーミスは再びビルへと歩み出そうとして、


「やぁ。咎人。」


スーツ姿の男に、前を阻まれた。


「…他人の空似の可能性もあるので一応聞きますが、誰ですか?」


「ウーログ。」


「…」


短い黒髪。

背には長刀。

しかしその顔立ちは、ティーミスの知っているウーログのそれとは大分駆け離れている。


「…御久し振りです。学者様。」


ティーミスの背後、ウーログの前で、ロボット達がスクラップに変わっていき、赤黒の兵士達が半液に変わっていく。


「はは、嬉しいねぇ。ギズルの氷の中で100年も眠ってたのに、僕みたいな小物の事を覚えていてくれたなんて。」


「今此処で、私とこうして話している時点で、貴方は小物なんかではありませんよ。」


ティーミスの右腕が、ボコボコと変形を始める。

それを見たウーログは、背負っていた長刀をゆっくりと引き抜く。


風が、まるで何かから逃げるかのように二人の間を走り抜ける。


「【兵法:奥義ー蜃気楼ー】」


微かな靴音と共に、ウーログの姿がその場から消える。


「…兵法…ですか…」


【兵法】。

人類のみが手に入れる事の出来る、後天習得専用のスキル。

特徴としては、繰り出されるスキルの全てが肉体の持つ力のみを原動力としている事。

習得に際して才は一切の影響を及ぼさず、ただ純朴な努力によってのみ鍛え上げられる。


「!」


次の瞬間ティーミスは、姿勢を変えていないにも関わらず視界がずれていっている事に気が付く。

ティーミスの首は、堕とされていた。


「何故此処に来た。咎人。」


ティーミスの横には、切り払いを終えた姿勢のウーログが居る。

ウーログはそのまま、落ちゆくティーミスの頭を両断せんと刀を構えなおす。


「無くした物を、取り戻す為です。」


不意に、立ったままのティーミスの身体が動き出し、ウーログを思い切り蹴り上げる。


「!?」


ウーログは吹っ飛ばされる。

ティーミスの頭は地面に落ちるが、直ぐに顎腕に咥えられ、飲み込まれる。

ティーミスの首の切り口から赤黒色の半液体が沸き立ち、半液はやがてティーミスの頭になった。


「…どうやったら死ぬか、聞いても良いかね?」


「案外、愛と希望の力で倒せるかもしれませんよ。」


腹を抱えてしゃがみこんでいたウーログが、よろよろと立ち上がる。

鋼の歪む、美しくも耳障りな音と共に、鉄塔が一本倒れる。

空が、青色から鈍い灰色に変わる。


「…ごめんなさい。嘘です。」


そう言うと、ティーミスの顎腕が天を仰ぎ口を開ける。

顎腕の喉の奥から、長方形の大きな箱が、黒いタール状の液体と共に出てくる。


「貴方の目的があの建物の防衛なのであれば、貴方に勝ち目はありません。」


顎腕の向く角度が、空からビルの方へと変わる。

零れ落ちたタールが、赤色の光を伴って燃焼し始める。

顎腕の喉の奥から、赤い光が放たれ始める。

赤い光は、次第に強まっていく。


「仮に此処で私が死んでも、私が負ける事はありません。」


箱は、ビル目掛けて射出された。

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