道なりの旅
ティーミスとリテは、セガネ本土を貫く様に伸びる大通りを道なりに歩いている。
灰が無に帰した為、死体は何処にも無かった。
その生命の跡形すら無い廃墟の光景に、ティーミスは芸術性を見出し、静かに酔っていた。
「…リテさん…」
「はい、何でしょうか。」
「私は、どうすれば良かったと思いますか?」
「………」
極めて抽象的な質問だったが、リテにはその意味が痛い程良く分かった。
ふとリテの脳内に、ティーミスの手によって死んでいった者達と、それを嘆く沢山の者達の姿が浮かんでくる。
報われる事の無い死。
何の意味も持たない破壊。
ティーミスが振りまく破壊と死は、いつもそんな物だった。
「…ティーミスさん。貴女が今までどんな思いで誰かを殺め続けたか。私には想像する事すら出来ません。ですので私ではその答えは出しかねます。」
「…そうですよね。変な事を聞いてしまってすみませんでした。」
「いえいえ。…ただ、私でも一つ分かる事があるとすれば。」
リテとティーミスは、市街地エリアに繋がる階段の一段目を踏む。
「今の貴女がすべきなのは、今まで貴女が起こした破壊や殺戮に、意味を持たせる事だと思います。」
「………」
「物も命も、生まれたその日から傷付き弱り始め、いつかは壊れて消えてしまいます。ですが、その物や命が齎した“意味”は、そう簡単には消えません。」
リテはティーミスと共に階段を登りながら、自身の目の前で右手を開く。
リテの右手に小さな双葉が芽吹き、双葉は急速に成長し草となり、桃色の花をつけた瞬間から急激に枯れて、リテの手には枯れ草だけが残った。
「全ての物に、生まれ出で滅びる事に意味がある世界。私はいつか、そう言う世界が訪れたらなと、願っています。」
リテは、右手を握りしめる。
枯れ草の砕ける、“クシャッ”と言う音がする。
リテが再び掌を開くとそこにあったのは、今まで枯れた皮に閉じられていた7粒の花の種だった。
「花はその滅びに種を残すと言う意味がある。種はその身に、花を咲かせると言う意味を持っている。」
リテは、その7粒の種を背後へと、階段の下へと放り投げた。
「種の落ちた土には、種に養分を分け与えると言う意味が生まれる。照らす太陽の光には、降る雨の雨粒には、その花を育てると言う意味が新たに生まれる。…意味が巡れば巡るだけ、世界はほんの少しだけ美しくなれる。私はそう信じています。」
「………」
神無き聖女。
ティーミスには、リテがそう見えた。
階段を登り切ると、そこには先程よりも更に幻想的で、退廃的な光景が広がっていた。
立ち並ぶビル群はその形を保ったまま機能を停止している。
時間ごと止まった様に道に並ぶ車は、今にも動き出しそうである。
物音は相変わらず何一つしない。
「ティーミスさん。」
「ん?何でしょうか?」
「貴女にはもう、この現象を巻き起こした存在が判っているのでしょう?」
「ええ。きっとこれはピ…」
次の瞬間、ティーミスとリテは同時に動きを止める。
遠くの方から、明らかに自然の物では無い物音がする。
何かが唸る様な、洞窟で風が鳴く様な、そんな音だ。
「…あっちですね。」
ティーミスはそう言うと唐突に、自身の倍ほどの背丈のリテを背負う。
「ひゃ!てぃ…ティーミスさん?これは一体…」
「リテさん。捕まってて下さい。」
ティーミスはそう言うと、地面を思い切り蹴り上げ、跳躍する。
「ひゃああああああああ!」
叫ぶリテ。
ティーミスはそんなリテを背負ったまま、自身の足のある方に1体の兵士を生成する。
そしてティーミスは、まだ完成しきっていない兵士を蹴り、空中加速をやってのけた。
ティーミスの眼下で、市街地が流れて行く。
“ドスッ!”
ティーミスが着陸したのは、市街地の更に一層上。
貴族街だった。
「うおおおおおおお…うあああああああああ…」
道の真ん中で、ピスティナが泣いている。
天を仰ぎ、黒くてサラサラな涙を流しながら。
ティーミスは、ピスティナの元へと歩いて行き、5m程の距離で止まる。
ピスティナの泣き顔は、ティーミスが今まで見てきたどんな【戦風】よりも、ピスティナらしい物だった。
「ピスティナちゃん。」
ティーミスは、その名前を呼ぶ。
「うああああああ………あ?」
うっすらと目を開けたピスティナはそこで、140年振りに主人の顔を見る。
「あ”…あ”あ”…」
僅かに痙攣しながら、ピスティナは顔に当てていた手を離す。
ピスティナの零した黒い涙は、時間と共に揮発していった。
「遅くなって、ごめんなさい。」
「う”う”う”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あぁぁぁぁぁぁぁ!」
暴風を巻き起こしながら、ピスティナは思い切りティーミスに飛び付いた。
衝撃によりティーミスは遥か後方までノックバックする。
バックが丁度止まったところには、丁度リテが居た。
ティーミスの前進した距離は、ピスティナが抱きついてくる衝撃に合わせられていた。
「ハッ!ハッ!ハッ!ハッ!ハッ!」
ピスティナは、犬の呼吸の様に喉を鳴らす。
「よしよし。おーよしよし。」
ティーミスは、普段通り抑揚の極端に少ない声でピスティナをあやした。
ピスティナについて詳しく知らないリテにとって、その光景はいささ奇妙に写った。
「あの…ティーミスさん…その…久々の再会なのは解りますが、その…」
ピスティナは体重をかけていき、そのままティーミスを押し倒す。
「えっと…お邪魔でしょうし私…その、どっか行ってますね。」
「…大丈夫です。リテさん。」
ティーミスはピスティナを押し戻すと、そのまま地べたに体育座りをする。
「…早速ですがピスティナちゃん。いくつか聞きたい事があります。」
「がう。」
「この辺で、カーディスガンドさんを見ませんでしたか?」
ティーミスのその質問を聞いた瞬間。
「うう…うあああああああああああ!」
ピスティナは再び泣き出してしまった。
「にゃ!…え…えっと…」
ティーミスは今ある情報をフル活用し、今のこの状況を何とか分析しようとする。
「えっと…その…先ず、ピスティナちゃんはカーディスガンドさんを追って此処にきたんですか?」
「あうあう…」
ピスティナは、泣きながら首を縦に振る。
「そうですか…で、結局見つかりましたか?」
「うう…」
ピスティナは、首を横に振る。
「それは、当てが外れたと言う意味ですか?」
ピスティナは首を横に振る。
「では、有ったはずの気配が突然消えたと言うことですか?」
「がうがう!」
ピスティナは全力で肯定した。
「成る程…リテさん。どう思いますか?」
「はい。恐らくですが、ニルヴァネ合衆国の仕業かと思われます。」
「帝国の可能性は?」
「無い事もないですが、あの国が火事場から魔導エンジン一個だけを持ち出す可能性は、正直かなり低いです。もし帝国が手を付けた場所なら、こんなに沢山の物は残っていないと思います。」
「成る程…」
ティーミスはピスティナの頭をポンポンと撫でながら、もう片方の手は顎に当てて次の行動を考えていた。
「解りました。では次は合衆国に行きます。出来れば今直ぐ出発したいのですが、リテさんはどうしますか?」
「お伴しますよ。何処までも。」
ティーミスはリテに微笑みを返すと、そのまま立ち上がる。
「おいで、ピスティナちゃん。」
「がう!」
ピスティナは再びティーミスの胸に飛び込む。
しかし今度は、そのままティーミスの中へと沈み込む様に吸収されていった。
「!」
「別にどうと言う事でもありません。アイテムインベントリと同じですよ。」
「???」




