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出発

ニルヴァネ合衆国首都、ラルデ。

“果ての要塞”地下。


「ただ今戻りました。閣下。」


氷を背に老魔導師は言う。

老魔導師の目の前には、車椅子に座る一人のしおれた老人が居た。


「……っ……」


老人の喉が僅かに鳴る。

すると、車椅子に付いているスピーカーに電源が入った。


『40年間。ご苦労であった。歳月を超えた我が国への忠誠心。幾多の時の中にて一瞬の隙を見出すその判断力。貴殿は“国家英雄賞”に相応しい。』


セガネ大連盟で“氷牢龍炉心”の管理を任されていたこの老魔導師一行は、ニルヴァネ合衆国が40年前に送り込んだスパイだった。

炉心を手に入れると言う任務は、幾多の歳月を経て今、此処に完遂された。


「勿体無きお言葉で…ございます。」


老魔導師は一言、噛み潰すように言う。

その目元は、感涙で湿っている。


セガネが滅んだ原因が何なのかも知らずに。



〜〜〜



突き刺さった短刀から、赤黒い半液が湧き出してくる。

半液は形を成し、有象無象の兵士を生み出して行く。

そうして生まれた赤黒色の兵団は、セガネ本土の蹂躙を始めた。


“シュウウウウウウ…“


黒いローブを纏った老婆の様な姿の兵士が3体、主要な街道を練り歩いている。

背中には大きな赤いタンク。

その手には、タンクから伸びるシャワーノズルが構えられている。

シャワーからは、黒い霧状の物が散布され続けている。


「ゴホッ…がホッ!?」


それを一呼吸分でも吸い込んだ者はたちまち吐血し、胸元を掻き毟り、血走った目を見開きながら赤い泡を吹いて絶命した。


「クソ…何なんだこいつら!」

「例の陥落現象だ!まさかここまで苛烈だとは…」


防護服に身を纏ったセガネの兵士達が、毒撒く老婆を打倒せんと出動する。


「死ね!悪魔共め!」


セガネ兵の一人が、老婆の前に立ち塞がる。


“ダダダダダダダダアダダダダダダ!”


セガネ兵の持っているミニガンが連射を始める。

3体の老婆はよたよたと移動しようとしたが、その内の2体は瞬く間にぐちゃぐちゃのミンチとなり、半液に還った。

残りの一体は、遮蔽物伝いに逃げ延びた。


「クソ!待て!」


ミニガン持ちは取りこぼしの追跡をしようとするが、避難誘導を終えた仲間によって止められる。


「何だ!」


「今すぐ逃げろ!早く!」」


かつて二体の老婆だった物が次第に気化していき、その中から別な物体が顔を出し始める。

それは老婆の背負っていたタンクだったが、膨張している。


「!」


ミニガン持ちも漸くその状況を理解し、重い武器を捨てて仲間と共に逃走を始める。

少しして、残された二つのタンクは爆発した。


爆心地を中心に、街は黒い霧に覆われる。

しかし空気より若干軽い黒霧は次第に上昇していき、空に黒霧の塊を形成するに至った。



〜〜〜



「既に炉心の輸送は完了した。今我々のすべき事は、一刻も早く付近の防衛専門基地に生きて辿り着くことだ。」


セガネ大連盟本拠地内。

ガスマスクを被った兵士達が、必要最低限の荷物を持って続々と退避していく。


「…伍長、何かこっちに来てませんか?」


新兵の一人が、不安げに窓を指差す。

作業を見ていた伍長は、指された窓に視線を移す。


「《防壁展開》!」


伍長は叫ぶ。

伍長の前に、カーボン製の盾が出現する。

壁を破り部屋に突っ込んできたガーゴイルが、見事に伍長の盾に阻まれる。


“……カコ”


ガーゴイルの口が開く。

そこから、黒い煙が放たれる。

先程の爆発で生まれた黒霧と同じ物だった。


「退避ーーーーーー!」


ガスマスク越しの筈なのに、付近にあった物が揺れる程の大音量で伍長が叫ぶ。

新兵達はそのままの状態で、弾かれる様に退避する。

黒いガーゴイルから放たれた毒の霧が、次第に部屋に、そして通気口を通して他の部屋にも広がり始める。

何らかの事情でマスクを外していた物は、死滅した。


毒霧の塊の内側から、沢山のガーゴイルが現れる。

腹にたっぷりと毒ガスを吸い込んだガーゴイルによる特攻攻撃は、絶大な威力を発揮した。



〜〜〜



“ガリリリリリリ…ガリリリリ…”


壊れゆく街を歩きながら、ピスティナは歯ぎしりをしていた。

目的のブツを完全に見失ったからである。


「……なぃ……ないなぃ…なああああああああああい!!!」


ピスティナは失敗した。

状況に応じて柔軟かつ的確に変化する襲撃スタイルには何の問題も無かった。

敗因としては、あまりにも派手に動き過ぎた事だった。



〜〜〜



「あ…り…得ない…」


スラム。

テントの中。


エルの番。

エルは封殺された自陣の盤面を見つめながら、両手の指をピクピクさせて呟く。

一方、対局の様子を見つめるリテは相変わらずニコニコ。

そしてティーミスは、自分の手で組み上げた盤面を興味津々な様子で見つめていた。


「い…いい一体全体どうなってんのよこれぇ!」


エルは小さな頭を、もっと小さな頭でかきむしりながら必死に状況を認識しようとする。

しかしエルがどんな手を打とうとも、次の番でティーミスの勝利が確定していた。


「おかしい…さっきまでは確実に優勢だった筈なのに…もしかしてリテ、貴女が何か…」


「今のティーミスさんに、私から教えて差し上げられる事は何も無いですよ。」


エルはティーミスに、ティーミスの負け試合を通して色々教えるつもりだった。

しかし、“歩兵は盾に。弱点は別な駒で補完”と言うエルの言葉だけで、ティーミスは加速度的に上達していった。


「くぅ…じゃあ、此処に騎士を…」


「では、右端の歩兵を一歩前へ。」


「…はぁ…良か…」


ティーミスは自分のターンをパスしたものだと、エルは一瞬だけそう思っていた。


「…あ…」


次の瞬間エルは、そのパスにも等しい一手が、このゲームを終わらせる決めの一手だと気付いた。


「…ドラゴンを…前に…」


「では歩兵をそのまま進めて、そちらの近衛騎士を倒します。」


「…弓使いで…歩兵を…」


「名も無き、顔も知らない歩兵さんの犠牲は無駄にはしません。では、後退した弓使いの前に暗殺者を。」


「…!!」


エルの駒が、次々と無力化されていく。


「では、暗殺者で大将を。」


「ぐぅ…きっとこれはまぐれよ!もっかい!」


結局エルは、


「ではドラゴンで近衛兵ごと大将を焼きます。」


「もっかい!」


最後の小休止以降、


「では弓使いで、大将を直接狙います。」


「もっかいもっかいもっかい!」


12連敗した。


「はぁ…はぁ…ああ…」


エルは、盤面の上にうつ伏せで気絶した。


「…ゲームと言っても、やっぱり戦いは好きになれませんね…」


ティーミスはエルの代わりにボードや駒を綺麗に片付けると、エルごとベッドの下にしまった。


「ごめんなさいね。ティーミスさん。エルさんの遊びに付き合わせてしまって。」


「いえいえ。楽しかったですよ。」


「それでティーミスさん。これから何処に行きましょうか。セガネにしますか?ニルヴァネにしますか?それとも、帝国から攻め落としますか?」


「………」


経緯不明の軽い地震が起こり、部屋の隅に立ててあった酒瓶が倒れる。

残っていた酒が溢れ、その量が僅かであったにも関わらず、テントの中に酒の匂いが充満した。


「確かカーディスガンドさんは、セガネに居るのでしたよね。」


「はい。きっと、無尽蔵の魔力を炉心として利用されているのだと思います。」


「そこに行きます。そしてカーディスガンドさんを連れて帰ります。」


「判りました。では、」


ティーミスの目の前に、空間の歪みが出現する。

リテは懐から、魔法陣が刺繍された小さなお守りを取り出す。


「船に戻りましょう。道案内は私がしますね。ティーミスさん。」


「よろしくお願いします。」

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